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Drop.024『 The STAR:U〈Ⅲ〉』

      「――法雨(みのり)さん」  ふと、(あずま)に呼ばれた法雨は、小首を傾げながら、変わらぬ笑顔で応じた。      ― Drop.024『 The STAR:U〈Ⅲ〉』―     「――はい」  そんな法雨に、雷は、しばし考える様にしながら、慎重に続ける。 「――……その、――俺も、ひとつ、――法雨さんにお伺いしたい事があるのですが」 「アラ。――なんでしょうか?」  雷は、穏やかに応じた法雨の――その透き通った金色(こんじき)の瞳を見据えると、言った。 「――……先ほど、――事務所で、お伺いし損ねてしまった事なのですが……」 「――まぁ。――“事務所で”……?」 「はい……」  雷の言葉を不思議そうに()る法雨に、ゆっくりと頷き、雷は続ける。 「――事務所で、お話しさせて頂いていた時、――法雨さんは、俺に恋をされた人は嬉しく思うはず、と――、仰ってくださいましたよね」  その雷が続けた言葉に、法雨は、ほろりとした酔いがはたと醒めるのを感じながら、ひとつ間を置いて応じる。 「――……はい」  事務所では、難なく頷けていた問いに、今の法雨は、ぎこちなく応じる事しかできなくなっていた。  再三の無礼を働き、強引に雷を引き留める様な真似をしてまででも、法雨が聞きたかった“続き”を、ようやっと聞ける時がきたと云うのに――。  そんな法雨の胸元で打ち鳴らされる鼓動は、その一つ一つが酷く重く、その心も、すっかりと緊張感に満たされていた。  ひとつ返事をするにも、息が詰まりそうになっている法雨に、雷は、ゆっくりと、問いを重ねる。 「――では……、その、“恋をされた相手は嬉しく思う”――と、法雨さんが仰ってくださったのは……、――………………、――……恋を、されているのが、――“自分ではない”、と……、――お思いだから、でしょうか……」  その“続き”にどのような言葉が続くのか、そんな事は分かりきっていたはずだった。  だが、その先の言葉を聞いて、自分はどうするつもりだったのかは、正直、分からない――。  だが、それでも、何故だか、その先を聞かなければならない気がした――。  だから、それを聞くためだけに、あんなにも強引に雷を招き入れ、こんなにも雷に世話をかけたのだ――。  そうであると云うのに――。 「――………………」 「――………………」  いざ、目当ての“続き”をすべて聞き遂げられたと云うのに、法雨は、そのしんと透き通った海色の双眸に射られたまま、言葉を紡ぐどころか、彼と交わり続けている視線すら、動かせなくなっていた。  数時間ほど前、駐車場で動揺を隠しきれず、幾度となく白旗を振った、あの大柄な愛らしいオオカミは何処に行ってしまったのか――。  いつだって穏やかに笑いかけてくれた、あの優しげな声の漆黒のオオカミは、一体何処へ行ってしまったのか――。  法雨が知っている“彼”の面影などどこにも視えない――眼前の彼の海色の双眸は、今、法雨をその場に捕えるためだけにある。  その海色に射られ続け、法雨は、小さく眩暈を覚える。  その中、法雨は、沈黙にも耐えられなくなり、雷の問いへ――、  ――“雷に恋をされた相手は、その事を嬉しく思う”。  ――法雨が、そう言ったのは、“雷が恋をした相手が、自分ではないと思っているから”か。  と問うている、雷へ――、ようやっとの二音を紡ぐ。 「――……いえ……」 「――………………」  その法雨の二音に対し、雷はしばしの沈黙で応じると、さらに問う。 「――という事は……、つまり……、――法雨さんも、“それを嬉しく思う”――と、解釈してもよろしいですか」  その問いは、法雨の鼓動を一際大きく打ち鳴らさせた。 (――いつから……だったの……。――いつから……、アタシは……)  いつからか、法雨は、雷の事となると、雷の事ばかりを考えて、自分の事などすっかりと考えられなくなる日々を送っていた――。 (――だって、雷さんの事を考えるので忙しかったんだもの……。――雷さんの悩みを、なんとしてでも解決したかったから……。――だから……、――そんな中で……、――自分の事を考える暇なんてなかったんだから……、――“自分の気持ち”になんて、尚の事、気付けるはずないじゃない……。――なのに………………、――こんな急に“自覚させる”なんて、意地悪が過ぎるわよ……)  法雨は、頭が熱くなるのを感じながら、心の内で弱音を連ねるが――、目の前の現実は、容赦なく時を刻み続ける。  その現実を前にした今、“自覚”を経た法雨が選ぶべき選択肢は、ただひとつしかなかった。 (――でも、もう……、――もう、絶対に、この人への後悔だけは、したくない……)  ――“雷に恋をされたら”、――“法雨も”、――“嬉しく思う”のか。  久方ぶりの激しい焦燥に、腑抜けそうになる己の心を鼓舞すると、その問いに、法雨は、返答を紡ぐ。 「――はい……」  その返答に、雷はゆっくりと視線を反らすと、また思案の沈黙を置いたが、意を決したようにして再び法雨の視線を捕え直すと、言った。 「――では、法雨さん。――今から俺がお伝えする事に、どうか、正直なお気持ちをお聞かせ頂きたいのですが……、――よろしいでしょうか」 「――……は……、はい……」  その言葉に、法雨が頷くと、雷は、その低く落ち着いた声で、ゆっくりと紡いだ。 「――法雨さん。――俺が恋をしたのは……、――貴方です。――俺は……、――貴方の事が好きです。――……法雨さん。――法雨さんは、この事を知っても、まだ、“嬉しく思う”と、――そう、仰ってくださいますか……」  法雨は、小さく深呼吸をすると、その雷の問いに、ゆっくりと答えを紡ぐ。 「――………………はい。――……もちろんです。――……アタシも、――嬉しいです……」  “好き”という言葉は――。  “恋をしてしまった”と告げられる事は――。  こんなにも心臓を締め付け、こんなにも胸を満たしてくれるものであっただろうか――。 (――もう、心臓が壊れそう……)  そんな――“初めて”とも思えるほどに激しい感覚に呑まれそうになっている法雨に、雷は、安堵したようにして言った。 「――そうですか……。――良かった……」  そして、そう言い、ゆっくりと席を立った雷は、次いで、向かいに座る法雨のもとへと歩み寄り、改めての礼を告げようとした――のだが、 「あっ、ちょっ、――ちょっと、――ちょっと待ってくださいっ。――今は、あの、その」  法雨は、何故かその雷に随分と動揺した様子を見せると、突然と顔を伏せては、雷を制する様にして言った。 「――……? どうしました?」  突然の様子を案じ、座ったまま顔を伏せている法雨の横で片膝をつくと、雷は、その法雨の伏せた顔を見上げるようにして、容態を問おうとした。 「――どこか、具合でも……」  だが、そうして見上げた法雨の顔を見るなり、しばし目を見開いた雷は、言葉の先を仕舞う事にした。  そして、ふ、と愛おしげに笑むと、優しげな声で言った。 「――……まさか、――法雨さんのそんな可愛らしいお顔を見られるとは、思いませんでした」  すると、片方の手で口元を隠すようにしていた法雨は、小さく言った。 「――ア、アタシも……、――こんな顔を見られる事になるなんて……、――思っても、みませんでした……」  そして、その長くしながやかな尾を忙しなく動かしては、赤く染まった頬と身体の火照りを鎮めるに努めながら、法雨は、不満げに言った。 「――ずるいですよ……」 「え?」  そんな法雨の様子を愛おしげに眺めていた雷が、その不満げな声に首を傾げると、法雨は視線を反らしたまま続けた。 「――……あ、雷さんは、平然としていらっしゃるのに……、――なんで、アタシばっかり……、こんな取り乱してるんですか……」  雷は、それに楽しげに笑う。 「ははは。――俺だってずっと緊張してましたよ。――今だってそうです。――こんなに近くで法雨さんの事を見られるとは、夢にも思っていませんでしたから」 「……嘘ばっかり」  穏やかに言う雷に、法雨が小さく言うと、雷はまた笑う。 「本当ですよ」  とは言うものの――、法雨がやっとの思いで雷の顔を見れば、やはり彼は穏やかに微笑むばかりで、余裕であるとしか思えなかった。  そんな雷は、続ける。 「――今日だって、――法雨さんがあまりにも積極的にお誘いくださるので、心臓に悪い時間を過ごしました」 「――……そ、それも、――絶対嘘です……」 (――だって、どう考えても、“ただ動揺してた”だけだったもの……。――心臓に悪いなんて、そこまでの感じじゃ、絶対になかったわ……) 「ははは。――今はいかにしても、信じて頂けませんね」  その日の日中に、気まぐれな天を見上げていた時の様に、心なしか不満げなその横顔を愛おしげに見ると、雷は、愛しき彼の名を優しく呼ぶ。 「法雨さん」  しかし、呼ばれた法雨は、未だ、いかにしても音を紡ぐ事はできないようであった。  そんな法雨が、視線でそれに応じると、雷は続ける。 「――法雨さんは……、――貴方の事を好きだと言う俺の事を、――どのように想ってくださいますか」 「――………………」  その問いに対し、視線を合わせながらも、法雨は沈黙で応じた。  今の法雨に、音を紡ぐことはまだ難しかったのだ。  だが、それでも法雨は、なんとしてでも、彼へ返事を贈りたかった。  そんな法雨は、一向に静まらない火照りのせいか、滲み始める視界の中に雷を捉え直し、ひとつ短く深呼吸をすると――、言葉でも、音でもない返事を、雷に贈った。  そうして――、不意に贈られた“返事”に少しばかり目を見開いた雷は、咄嗟に、右の手を床につき自身の身を支えると、残った左の腕では、法雨の身体を支え――、言った。 「――……ほら……、――やっぱり……、――法雨さんの方が心臓に悪いですよ……」  そんな雷の声を、これまでで最も近い距離で聴きながらしばし俯いた法雨は、初めて触れ合わせた口元をそっと隠すようにして、弱弱しく言った。 「だって……、――声が出なかったから……」  雷は、そんな法雨に、また愛おしげに笑うと、そっと額を合わせるようにして言った。 「また、そんな可愛いらしい事を……」  法雨は、それに、すっかりと赤らんだ顔を上げ、熱で潤んだ瞳で雷を見つめると、懇願する様にして言った。 「――これじゃ、駄目ですか……? ――今、雷さんへの気持ちを、言葉にしたら……、――アタシ……、多分……、失神します……」  雷は、その言葉にしばし眉を上げ、その大ぶりな漆黒の尾をはたりとさせると、楽しげに笑って言った。 「ははは。――それは、無理をさせてはいけませんね。――分かりました。――大丈夫です。――今ので、十分伝わりましたから」 「――……よ、良かったです……」  そして、そんな雷の“認可”を得た法雨は、安堵した様子でそう言うと、その身をゆっくりと預けるようにしながら、雷の肩口に顔を埋めた。           Next → Drop.025『 The STAR:U〈Ⅳ〉』  

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