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第1話 獣王のツガイ
「――貴殿には、我が獣王アルヴァルド・ヴァルガス陛下のツガイとなっていただきます」
突然のことに、凛士《りんじ》は呆然と立ち尽くした。
つい数秒前まで、彼はゲイバーのカウンターでグラスを傾けていた。隣にはまあまあ好みの男がいて、口説きながら今日はどんなプレイで鳴かせようかと頭の片隅で考えていた時だった。
「神殿付き高位神官、レオニスと申します」
正面に立つ白いローブ姿の男が深く一礼する。その男の白髪の頭に、犬のような耳がついているのを見て、凛士は「ええ?」と間抜けな声を出した。
「召喚の儀が成功しましたこと、まずはお祝い申し上げます」
レオニスと名乗った男が視線を伏せる。釣られて自分の足元を見た凛士は、淡く光る複雑な紋様の上に立っていることに気づき、思わず後ずさった。しかしその背を、別の者の手で押し留められる。
周囲を見ると、紋章を取り囲むように、複数の男たちが立っていた。その全員が、レオニスと同じ獣人だ。
「魂もお体も健康なご様子。大変結構でございます」
耳に入るのは流暢な――やや整いすぎた感もある日本語だ。
だが、言葉はわかるが意味はわからない。
こちらが困惑しているのは表情を見れば一目瞭然だろうに、全く意にも介さない態度に、凛士は段々と腹が立ってきた。
「ここどこだよ。俺、今さっきまで——」
「異なる世界におられましたね」
文句をぶつけてやろうと思った矢先に遮られ、しかも『異なる世界』ときた。
異世界召喚――どこかで聞いたような気もする単語が、頭の片隅に浮かぶ。
「ここは王都神殿。貴殿は儀式により、対なる魂として召喚されました」
「……魂?」
嫌な予感が、背中をなぞる。
レオニスは淡々と続けた。
「我が王は、次代へ血と契約を継ぐ存在を必要とされております。そして、貴殿の魂は——」
一拍、置かれた。
「王のものと、完全に合致した」
――逃げなければ。
凛士は直感した。自分は生贄にされるのだ。血だの何だのと回りくどいことを言っているが、要するに命を捧げろという話なのだろう。
咄嗟に周囲を見回す。円形の広間、広い天井、石造り回廊――どこかに退路はないか。
「儀式はすでに成立しております。あとは、契りを結ぶのみ」
周囲を探っていた凛士は、レオニスの言葉に動きを止めた。
「……契りを、結ぶ?」
「はい。選ばれた者だけに授けられた、至高のお役目でございます」
「……つまり、ヤればいいってことか?」
「左様でございます。王のツガイとは、王と交わるのが最大のお役目」
突然のことで動転していたが、そういえば最初に『ツガイ』と言っていた気もする。
命の危険がないと知り、凛士はひとまず安堵した。途端に、相手に興味が湧いた。王の名前はなんといったか――。
「……王様って、キレイ?」
とりあえず、今まで相手を決める時に一番重要視していたことを尋ねてみる。
顔は美人系が好みだ。体は締まっているのがいい。性格は――まあどうでもいいか。
「この世に、あの方以上に美しい存在を、私は知りません」
背後の男が、白い布を凛士の肩に掛けた。促され、歩き出す。
「念のため聞くけど、王様って男だよな」
「もちろんでございます」
男で美人。それなら勃たないことはないだろう。
レオニスの審美眼は不明だが、犬のような耳が生えている以外は、人間と然程違いはないようだ。四つ足の獣だった場合は――さてどうしようか。思案していた凛士は、レオニスに「こちらに」と言われ足を止めた。
「こちらで身支度を」
案内された部屋は、まるで生活感がなかった。
広い室内の中央には、やたらと装飾された豪奢な湯船がひとつ。その脇にあるのは、布の掛かった椅子、小ぶりのテーブルと、その上に置かれた複数の瓶――それと、木製の器具。
「……待て」
凛士は、震える指で器具を――見覚えのある形をしたそれを指差した。
「あれは?」
「ツガイの儀に先立ち、受け身となる側の準備を行うための道具でございます」
――受け身。
言葉が、頭の中で一度弾かれた。
「もしかして……俺が抱かれる側?」
レオニスが、怪訝そうな顔で凛士を見る。
「貴殿は召喚者。王に抱かれ、精を注がれるのが役目です」
何を当たり前のことを言っているのだ、と言わんばかりの口調だった。
「……いや。いやいやいやそれはない」
ゲイに生まれて26年。男を抱いたことは数あれど、抱かれたことも、抱かれたいと思ったこともない。過去に恋人から懇願された時は、それを理由に別れたこともあったほどだ。
抱かれるくらいなら、四つ足の獣を抱けと言われる方がマシだ。
「それはない、とは?」
「俺は今まで一度も“そっち”になったことないし、なるつもりもない」
沈黙が流れる。
しばらくしてから、レオニスが「なるほど」と小さく呟いた。
「この世界では、魂の位階によって役割が定まります」
静かな声で、まるで子どもを諭すように説明される。
「貴殿は、王に受け入れられる器として召喚されました。他の選択肢はございません」
器。その単語が、腹の底に冷たいものを落とした。
「あ……あんたらは男でも子どもが産めるかもしれないけど、俺はそういう体じゃないんだって」
レオニスが一瞬だけ目を丸くし、それからふっと笑みを浮かべた。
「ご心配には及びません。王が貴殿に精を注がれることで、魂に核が宿ります。そもそも、王の血を宿すのは魂の役目。肉体の性は問題にならないのです」
心配したから言ったんじゃない。断る口実を探しているんだ。
凛士の内心を知ってか知らずか、レオニスは一礼すると、周囲の男たちに目配せをした。
「準備は、我々がすべて整えます」
その声を合図に、四方から手が伸びてくる。
逃げようと身を捻る凛士の鼻先に、何かが吹きかけられる。途端に体は力を失い、凛士はその場に崩れ落ちた。
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