13 / 13

第13話 刻印のツガイ(最終話)

「……あのさぁ、レトは、あいつに叱られなかった?」  昼下がり、食後のお茶を出していたヴァレトが、動きを止めて凛士を見た。  あれから数日が経ち、平穏な暮らしの中で、凛士にはどうしても気になることがあった。  アルヴァルドがレオニスに怒りをぶつけたとき、「誰も凛士に触れさせないと命じた」ようなことを言っていた。  だが、ヴァレトは凛士に触れている。  今は入浴時もアルヴァルドと一緒なので以前ほどではないが、ヴァレトは凛士のほぼ全身に触れていたし、なにより凛士の刻印が暴れた時は、強く抱きしめられた。  あの時のアルヴァルドの怒りを思うと、ヴァレトだけ例外なのは、彼が専属の従者だとしても腑に落ちない。 「いえ、特には」 「そうなのか? レオニスはしばらく謹慎だって聞いたぜ?」  凛士は、カウチソファに背中を預けながら、首を傾げた。  考える仕草をしていたヴァレトが、ふと扉の方を見る。 「ご本人に聞いてみてはどうですか」  凛士が視線を向けると、アルヴァルドが立っていた。 「なんの話だ?」 「あー……」  凛士は口篭った。アルヴァルドに聞かなかったのは、本当になんの咎めもなかった場合、話題に出すことで怒りを蒸し返したくなかったからだ。  あの時のアルヴァルドの冷たい怒りを、凛士はもう二度と味わいたくなかった。 「リンジ様は、私が罰を受けないのを不思議がっているようです」 「お、おいレト!」  アルヴァルドがわずかに目を丸め、それから面白そうに、慌てる凛士へと視線を向けた。  凛士の横に腰掛け、「なぜか知りたいか?」と笑みを含んで言う。 「知りたい……けど」  凛士はちらりとヴァレトを見た。 「レトを叱らないなら」  言い足すと、足を組んだアルヴァルドが「ああ」と頷いた。 「こやつは我の一部だからな」 「……え?」  言葉の意味がわからず、凛士は聞き返した。 「我が直接創った。でなければ、お前の従者になどさせられん」 「え? ええ? レトとあんたは同じってこと?」 「それは少し違うな。例えば、お前の、この美しい黒髪を切り――」  そう言いながら、アルヴァルドが凛士の髪先に触れる。 「落ちたそれはお前の一部と言えるが、お前の意思はそこにはないだろう」  つまり、意識は別個体だが、元は同じ、ということだろうか。  時折姿や仕草が重なって見えたのも、匂いが同じなのも――。  考える凛士の唇を、アルヴァルドが親指で撫でた。  完全に理解はしていないが、ヴァレトが罰を受けないとわかり、凛士は胸を撫で下ろした。 「良かったな、レト――」  視線を向けたが、いつの間に部屋を出ていったのか、ヴァレトの姿はなかった。 「リンジ」  耳に、アルヴァルドの吐息がかかる。 「ヴァレトに向ける優しさの半分でも、俺に向けてくれないか」 「え?」  アルヴァルドは凛士の唇を弄りながら、どこか拗ねた口調で言う。 「お前はあやつをレトと呼ぶのに、俺は名前すら滅多に呼ばれぬ」 「それは……」  幾度となく体を繋げた今でもまだ、気恥ずかしさが先に立ってしまうからだ。  けれど、それを正直に言えず、凛士はつい顔を逸らした。  アルヴァルドは、応えようとしない凛士をしばらく眺めたあと、ふっと息を吐いた。 「では、強制的に呼んでもらうとしよう」  声とともに押し倒される。  腰に、アルヴァルドの手が触れた。 「お前は伽の時は、よく俺の名を呼ぶからな」 「なっ……!」  ひと撫でされ、それだけで凛士の体は反応しそうになる。しかし同時に体は疲労を訴えていた。ほんの数時間前まで、散々繋がり、精を吐き出したばかりだった。 「あ、あのさ、刻印って、いつになったら消えるんだ」  素直に名前を呼べば済むのに、この期に及んで凛士はまだ粘ろうと、別の話題を出す。 「魂の核ってのもまだよくわかんねーし、それについても知りたいな」  手を離したアルヴァルドが、凛士を見下ろしながら、笑みを浮かべた。 「定着した核は、精を受けじっくりと育まれる。やがて俺の魂が尽きる時、それは刻印から離れ、新たな王を生むだろう」 「え……」  途端に不安になった凛士は、思わずアルヴァルドの服を掴んだ。  なぜツガイが必要なのか、次世代を求める意味を、凛士は理解していなかった。 「アルヴァルド……死ぬのか?」 「命はいずれ尽きる。 俺も、お前も」  凛士の指の力が強くなる。アルヴァルドはそこにそっと手を添え、微笑んだ。 「……だが、あと千年は続くだろうな」 「は?」  唖然とする凛士に、アルヴァルドが意地悪な笑みを向けた。 「そしてツガイとなったお前も同じ時を生きる。魂に核が定着した時から変わらぬ姿で」  アルヴァルドが凛士の唇を軽く喰んだ。 「リンジ……俺と共に生き、共に尽きような」  まるでプロポーズのようだと凛士は思ったが、口には出さなかった。 「じゃあ俺は、あと千年もこの刻印に付き合うってことかよ」  湧き上がる気持ちを誤魔化すように言う。  頷いたアルヴァルドが、今度は凛士の胸元に唇を寄せた。 「――その時がくる瞬間まで、愛し続けよう」  千年。途方もない年月だが、アルヴァルドと一緒なら、そんな人生も悪くない気がした。  凛士の体に愛おしそうに触れるアルヴァルドから、あたたかな温もりが流れてくる。 「途中で枯れるなよ」  そんな軽口をたたきながら、凛士はアルヴァルドの体に腕を回した――。 〈完〉

ともだちにシェアしよう!