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第13話 刻印のツガイ(最終話)
「……あのさぁ、レトは、あいつに叱られなかった?」
昼下がり、食後のお茶を出していたヴァレトが、動きを止めて凛士を見た。
あれから数日が経ち、平穏な暮らしの中で、凛士にはどうしても気になることがあった。
アルヴァルドがレオニスに怒りをぶつけたとき、「誰も凛士に触れさせないと命じた」ようなことを言っていた。
だが、ヴァレトは凛士に触れている。
今は入浴時もアルヴァルドと一緒なので以前ほどではないが、ヴァレトは凛士のほぼ全身に触れていたし、なにより凛士の刻印が暴れた時は、強く抱きしめられた。
あの時のアルヴァルドの怒りを思うと、ヴァレトだけ例外なのは、彼が専属の従者だとしても腑に落ちない。
「いえ、特には」
「そうなのか? レオニスはしばらく謹慎だって聞いたぜ?」
凛士は、カウチソファに背中を預けながら、首を傾げた。
考える仕草をしていたヴァレトが、ふと扉の方を見る。
「ご本人に聞いてみてはどうですか」
凛士が視線を向けると、アルヴァルドが立っていた。
「なんの話だ?」
「あー……」
凛士は口篭った。アルヴァルドに聞かなかったのは、本当になんの咎めもなかった場合、話題に出すことで怒りを蒸し返したくなかったからだ。
あの時のアルヴァルドの冷たい怒りを、凛士はもう二度と味わいたくなかった。
「リンジ様は、私が罰を受けないのを不思議がっているようです」
「お、おいレト!」
アルヴァルドがわずかに目を丸め、それから面白そうに、慌てる凛士へと視線を向けた。
凛士の横に腰掛け、「なぜか知りたいか?」と笑みを含んで言う。
「知りたい……けど」
凛士はちらりとヴァレトを見た。
「レトを叱らないなら」
言い足すと、足を組んだアルヴァルドが「ああ」と頷いた。
「こやつは我の一部だからな」
「……え?」
言葉の意味がわからず、凛士は聞き返した。
「我が直接創った。でなければ、お前の従者になどさせられん」
「え? ええ? レトとあんたは同じってこと?」
「それは少し違うな。例えば、お前の、この美しい黒髪を切り――」
そう言いながら、アルヴァルドが凛士の髪先に触れる。
「落ちたそれはお前の一部と言えるが、お前の意思はそこにはないだろう」
つまり、意識は別個体だが、元は同じ、ということだろうか。
時折姿や仕草が重なって見えたのも、匂いが同じなのも――。
考える凛士の唇を、アルヴァルドが親指で撫でた。
完全に理解はしていないが、ヴァレトが罰を受けないとわかり、凛士は胸を撫で下ろした。
「良かったな、レト――」
視線を向けたが、いつの間に部屋を出ていったのか、ヴァレトの姿はなかった。
「リンジ」
耳に、アルヴァルドの吐息がかかる。
「ヴァレトに向ける優しさの半分でも、俺に向けてくれないか」
「え?」
アルヴァルドは凛士の唇を弄りながら、どこか拗ねた口調で言う。
「お前はあやつをレトと呼ぶのに、俺は名前すら滅多に呼ばれぬ」
「それは……」
幾度となく体を繋げた今でもまだ、気恥ずかしさが先に立ってしまうからだ。
けれど、それを正直に言えず、凛士はつい顔を逸らした。
アルヴァルドは、応えようとしない凛士をしばらく眺めたあと、ふっと息を吐いた。
「では、強制的に呼んでもらうとしよう」
声とともに押し倒される。
腰に、アルヴァルドの手が触れた。
「お前は伽の時は、よく俺の名を呼ぶからな」
「なっ……!」
ひと撫でされ、それだけで凛士の体は反応しそうになる。しかし同時に体は疲労を訴えていた。ほんの数時間前まで、散々繋がり、精を吐き出したばかりだった。
「あ、あのさ、刻印って、いつになったら消えるんだ」
素直に名前を呼べば済むのに、この期に及んで凛士はまだ粘ろうと、別の話題を出す。
「魂の核ってのもまだよくわかんねーし、それについても知りたいな」
手を離したアルヴァルドが、凛士を見下ろしながら、笑みを浮かべた。
「定着した核は、精を受けじっくりと育まれる。やがて俺の魂が尽きる時、それは刻印から離れ、新たな王を生むだろう」
「え……」
途端に不安になった凛士は、思わずアルヴァルドの服を掴んだ。
なぜツガイが必要なのか、次世代を求める意味を、凛士は理解していなかった。
「アルヴァルド……死ぬのか?」
「命はいずれ尽きる。 俺も、お前も」
凛士の指の力が強くなる。アルヴァルドはそこにそっと手を添え、微笑んだ。
「……だが、あと千年は続くだろうな」
「は?」
唖然とする凛士に、アルヴァルドが意地悪な笑みを向けた。
「そしてツガイとなったお前も同じ時を生きる。魂に核が定着した時から変わらぬ姿で」
アルヴァルドが凛士の唇を軽く喰んだ。
「リンジ……俺と共に生き、共に尽きような」
まるでプロポーズのようだと凛士は思ったが、口には出さなかった。
「じゃあ俺は、あと千年もこの刻印に付き合うってことかよ」
湧き上がる気持ちを誤魔化すように言う。
頷いたアルヴァルドが、今度は凛士の胸元に唇を寄せた。
「――その時がくる瞬間まで、愛し続けよう」
千年。途方もない年月だが、アルヴァルドと一緒なら、そんな人生も悪くない気がした。
凛士の体に愛おしそうに触れるアルヴァルドから、あたたかな温もりが流れてくる。
「途中で枯れるなよ」
そんな軽口をたたきながら、凛士はアルヴァルドの体に腕を回した――。
〈完〉
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