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02-寮母

 習慣というものは身体に染み付いているもので、異世界召喚された翌日にもかかわらず朝日が昇る前に目が覚めてしまった。  実は昨日の出来事は夢で起きたらいつもの景色が広がることを祈っていたが、現実はそう甘くないらしい。大きなベッドは御城の身体を優しく包みこんでいる。普段はベッドは使わずに畳の上に布団を直引きして寝ているからか、硬さが恋しくなってくる。  ベッドから起き上がり、窓へ近づき外の空気を吸うために戸を開く。  季節は元いた世界と同じなのだろうか。日が昇る前の気温は若干の肌寒さを覚え、まだ眠たい目を擦らずとも自然と目が開いていく。大きく深呼吸をすると、肺いっぱいに冷たい空気が入ってくる。暗くて外の様子はよく見えないが、なにか柑橘系の果物の香りがする。空気が美味しく感じられたのはこれのおかげだろうか。  昨夜ヴァニタスに「迎えに来るまで部屋にいろ」と言われたためそれを忠実に守るように、窓際に座り込む。  このまま日が昇るのを見届けようかと思ったとき、外で掛け声のようなものが聞こえてきた。その声は徐々に大きくなっていく。つまり近づいているということだ。  暗くてよく見えないが、数十名が隊列を組んで走っているのがわかった。  (そうか、騎士団か。この世界でも朝練とかあるんだな。  ヴァニタスのやつ、近衛騎士とか言ってたな。  近衛騎士って王族とかを守る騎士のことじゃないのか?王子が近衛騎士ってどういうことだ?)  そんなことを考えながら、走り込みをしている騎士団を目で追った。  徐々に日が昇り、騎士団の顔が見えるくらいには明るくなったころ、隊列の先頭にいたヴァニタスと目があった。  ヴァニタスはすぐに目をそらすのかと思ったが、軽く右手を上げ御城に合図を送った。突然の出来事だったこともあり、更に昨日まで悪態をついていたやつが急に挨拶なんてしないだろと思い、窓から身を乗り出し他の窓に向けて挨拶をしたのではないかと考えあたりを見渡すが、朝が早いのか殆どの部屋のカーテンはしまったままだった。  つまりヴァニタスは御城に合図を送ったことになる。  それに気が付き、急に恥ずかしくなった御城はおどおどしながらも左手を軽く上げ合図をし返す。それをみたヴァニタスは満足したのか正面を向き直し、そのまま見えなくなるくないまで走っていってしまった。  (な、なんだったんだ...  でも昨日浴場でみたヴァニタスの身体はよく鍛えられていた。  俺も体力づくりくらいはしたほうがいいのか?)  男性なら誰しもが思う、筋肉への憧れ。御城は昨日見たヴァニタスの筋肉に羨ましさを覚え、少しは鍛えたほうがいいのかもしれないと感じ始めていた。  とはいえ和菓子を作り続けていたため、運動なんてここ数十年経験がない。お菓子作りには意外と力のいる仕事ではあるが、それでも一般的なものだ。  御城は細い自分の腕を眺めながら「ま、この世界に慣れてきたら考えるか」と若干遠い目をした。  窓際にいたからか、徐々に体が冷えてきた。ベッドに戻ろうか思った矢先ノック音が部屋中に響き渡った。  「あ、はい!どうぞ。」  「起きていらしてましたか。  おはようございます、聖人様。朝食をお持ちしました。」  ノックの正体はルルーナであった。  昨日同様ワゴンいっぱいの食事と共に部屋へと入ってきたルルーナはどこか上機嫌のように思えた。  昨日とは明らかに違う足取りで御城の前に料理を並べる。  「今日もありがとうございます。  それで、えっと...何かありましたか?」  「え?」  「あ、いえ、他意はないんですけど、なにか良いことでもあったのかなと思いまして。」  「気づかれてしまいましたか。  実はですね、騎士団の朝練を見ることができたんですよ!」  「あぁ!朝、走り込みされてましたね。  俺も見ましたよ!」  「流石は聖人様。運が良いですね!  騎士団は毎日朝練されてるみたいなんですけど、王宮周辺を走ることって滅多にないんですよ。  王宮周辺を走らないこともないのですが、近道になるとかで訓練は厳しくがモットーの騎士団長のヴァニタス様がそれを許さないとか。  騎士団はイケメン揃いで人気がありますからね、私含め他の侍女も朝から騎士団の皆様が見えて上機嫌なんですよ!」  「な、なるほど...」  実際に見えているわけではないが、ルルーナのまわりには華が待っているかのように思えるくらい上機嫌だ。騎士団が人気があるというのは本当なのだろう。  と、いうことはルルーナの想い人が騎士団にいるということだろうか?なんて思ったがそんなことを出会って2日の女性に聞くのはセクハラでもなんでもない。  とりあえず目の前に置かれた豪華な食事を眺め、心を落ち着かせることにした。  「...こんなに豪華な食事をご用意いただいて大変恐縮ではあるんですが、いいんですか?  俺まだこの国に来て何もしてないんですけど。」  「聖人様はこの世界に来てくださっただけで恩恵があるとされております。  ですので、何もしてないなんてことはないんですよ。  では、温かいうちに召し上がってください。私はこの後別のお仕事があるので失礼させていただきますが、食べ終わった後の食器はそのままにしていただいて結構です。  食べ終わる頃くらいだとは思うのですが、本日ヴァニタス様がいらしてくれるとのことでしたので、何かあればヴァニタス様か近くの侍女に申し付けください。」  そういうと彼女は「それでは」と一言置き、部屋から出て行ってしまった。  (聖人様って言うの辞めてほしいって伝えるの忘れてた。)  そんなことを考えながら、冷えた身体を温めるためスープからいただく。その後パンにサラダに肉と残さず食べる。  美味しいのだが、この広い部屋で一人で食べるとやはりどこか寂しい。  食べ終えた食器をワゴンに戻し、ルルーナが戻ってきたとき取りやすいように扉の近くの壁に寄せておいた。その後また窓際へと赴き腰を掛ける。  (今何時なんだろ。  いつもならこれくらいの時間には白玉用の団子茹でていることだろうか。  こんなにもゆったりした朝を過ごしたのは久しぶりかもしれないな。)  窓の外を眺めながら思い出に耽っているとまたノック音が部屋中に響き渡った。御城の返事も聞かないまま開かれたその扉にはやはりヴァニタスが立っていた。  ヴァニタスは壁に寄せていたワゴンを見て、「もう食べたのか」と一言。その手にはパンの入った袋を抱えていた。  もしかして一緒に食べたかったのだろうか?そんなことを考えたがそんなわけがないと首を振る。  「はい、先程ルルーナさんが持ってきてくださって、美味しくいただきました。」  「ルルーナ?あぁお前に付けた侍女のことか。  その侍女はどこへ行った?」  「別の仕事があるとかでもう行ってしまいました。」  「そうか、それはすまない。」  侍女の行方を聞くとヴァニタスは謝罪をしてきた。戸惑う御城にヴァニタスは続けてこういった。  「本来召喚者には侍女を付きっきりにさせて不自由ない生活を送っていただくのだが、昨日も行った通りお前が男だったがために体制変更が追いついていなくてだな。  ちなみに今日からは騎士団寮に住むことになると思うが問題ないか?  昨日のうちに掃除などは終わらせたようだが。」  「いえ、常に付けていただかなくて大丈夫です。  むしろ付けられると監視されているみたいで、ちょっと...  はい、今日から騎士団寮で問題ございません。荷物もありませんのですぐに移動もできます。」  「わかった。では今から案内する。」  ヴァニタスは付いてこいと言わんばかりに、視線で合図をする。御城はヴァニタスの後を追いかけるように歩く。  「これやる」とヴァニタスは抱えていたパンの入った袋を差し出してきた。  昨日一緒に風呂に入ってからヴァニタスが優しい気がする。今朝の朝練も手を振ってくれたし、今だってパンをくれる。  「え、こんなに食べきれないですよ。  あとで一緒に食べましょ。」  御城は遠慮しながらも、ヴァニタスの気持ちを無下にするわけにもいけないので、受け取りつつも一緒に食べる提案をする。  食べきれないというのは事実だが、正直な話、食事時に一人は少し寂しさを覚え始めていたため、誰かと食事を共にしたかったというのが本音だ。  ヴァニタスは振り向いたりせずぶっきらぼうに「おう」と一言。そんなヴァニタスの横顔は少し嬉しそうであった。 ■  ■  ■  ■  ■  王宮を出てしばらく歩いたところで騎士団寮が見えてきた。騎士団寮といえば合宿部屋のような木造建築をイメージしていたが、王宮と変わらないほど豪華なものであった。  流石に王宮ほど天井が高い訳では無いが、掃除が行き届いており、何不自由なく過ごすことができるだろう。  騎士団寮の中に入ると、多くの騎士が居た。  騎士団寮は入ってすぐのところが食事場になっており、ちょうど幾人かの騎士が食事を取っている最中であった。御城が入ってきたからなのか、騎士団長であるヴァニタスが入ってきたからなのかはわからないが、食事の手を止め椅子から一斉に立ち上がり、腕を後ろに回しいわゆる休めの姿勢を取った。  あまりにも統率のとれた行動に驚きつつも、息のあった騎士団に感動を覚えた。  どうしたらよいかがわからないでいると、ヴァニタスが説明をするために口を開いてくれた。  「こいつは昨日召喚された聖女。もとい聖人のゴジョーだ。  今日からこの騎士団寮で俺達と一緒に住むことになった。わからないことも多いだろうからサポートしてやってほしい。」  そう言い終えると、ヴァニタスは御城の背中を軽く叩いた。  これは挨拶しろという合図だ。  「はじめまして。カエデ ゴジョーです。  本日からお世話になります。よろしくお願いします。」  その勢いで深々と頭を下げる。  数秒間の沈黙の後、騎士たちは声を上げた。  「え、聖人様もここに住むんスカ?」「黒髪だ!俺初めてみた!」「見慣れない服だな」「あぁ昨日掃除したのって聖人様の部屋だったのか」「おれ聖人様とお話したいっす!」  歓迎されていないわけではないのだろう。御城は胸を撫で下ろす。ヴァニタスの方を見ると「心配するな」と言わんばかりに若干のドヤ顔をしていた。  それを見た他の騎士たちはザワザワと動揺していた。  「コ゚ホンッ。騒ぐな。  こいつは今日から魔法の訓練を行うことになる。お前たちにも協力を要請する可能性もある。  また食事についてだが、今後はこいつが作ることになった。」  「え?そうなんですか?」  「昨日陛下がそんなことを言っていただろ。  覚えてないのか?」  そう言われるとそんなことも言っていたような気がするが、あれは和菓子を食べてみたいという意味ではないのだろうか?  だが食事をつくるということはキッチンを自由に使ってもよいということだ。  それはかなり嬉しい。  そんなことを思っていると、騎士たちから歓声があがった。  「え、どうしたんですか?」  「騎士団の食事は当番制で自分たちで作っている。  それを任せられるのが嬉しいんだろ。」  「自分たちで作ってるんですか?  近衛騎士なんですよね?侍女さんとかいらっしゃらないんですか?」  そういうとヴァニタス含め、騎士たちは苦い顔をした。  御城はハテナで頭がいっぱいになったが、その理由を目の前にいた騎士が教えてくれた。  「その、何ていうんですかね。  俺たち近衛騎士は自分たちで言うのもおかしな話ですが、女性にはそれなりに人気があるんです。  募集をかければ給仕係や洗濯係はすぐに見つかるでしょうが...その...見つかるだけなんです。  ちゃんと仕事をするかと言われればするでしょうが、洗濯物は盗まれる可能性があるし、食事に関しては何を入れられるかたまったもんじゃないんです。  あとは侍女同士のイザコザですかね。」  「あぁ、なるほど。  (確かにルルーナさんも朝練を見れただけで嬉しそうにしていたな。  人気があるというのも大変なんだな...)  それなら、洗濯も俺がしましょうか?  食事についても問題ありませんが、俺は召喚者なので皆さんの好みの味かどうかはわかりませんが、それでも良ければ。」  それを聞いた騎士たちからは大歓声が上がった。  大歓声を聞きつけた他の騎士たちも集まり、召喚者である聖人様が食事も洗濯もしてくれるとのことで湧き上がっていた。  そんな様子をみてヴァニタスは御城にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。  「大丈夫なのか?」  「はい、住まわせてもらえるのですからこれくらいの協力はできればと。」  「そうか、無理はするなよ。」  そう言い終えると「お前たち騒いでないで持ち場にもどれ!」と一喝。その流れで御城の手を取り「こっちだ」と部屋へ案内してくれた。  やはりやたらと優しい気がする。昨日とは別人と思えるほどに。  案内された部屋は昨日使わせてもらった部屋よりは狭いが、それでも十分に広い。聞いた話によると本来四人部屋のところを御城専用の部屋に改良したとのことで、実質四人が生活する空間を独り占めできるのだ。そりゃ広いはずだ。  「となりは俺の部屋になっている。  何かあれば入ってきてもらって構わない。」  広さに驚いていると、ヴァニタスはそう御城に告げた。  「え、王子もここに住んでるんですか?  昨日は王宮に居たのでてっきり王子は王宮に住んでるんだと思ってました。」  「王宮にも寮にもどちらにも俺の部屋はあるが、基本的には寮で過ごすことが多い。  昨日はお前が居たから向こうにいたまでだ。  ところで必要なものはあるか。見ての通りこの部屋は殺風景だ。  ベッドは午後に運び入れる予定だが、それ以外の手配がまだできていない。書斎用のテーブルとイスは用意するつもりだが、他に必要な物があれば遠慮せずに言ってくれて構わない。」  「必要なもの...。あ、下着ですかね。」  「たしかにそうか。今日は午後から魔法の訓練の予定だったが、先にそういった生活必需品を買いに行ったほうがいいな。  よし。午後は街に出るか。」  「いいんですか?」  「構わない。  俺も一緒に行くが、あと一人か二人つけるとしよう。  こちらで選定してしまって問題ないか?」  「はい、大丈夫です。  あの、なんか今日優しくないですか?」  「やはり冷たいほうが好みだったか?」  「そうじゃないです!」  「冗談だ。昨日の取った態度を改めようと思ったまでだ。  それから”王子”って言うのやめろ。好きじゃないんだ。」  (自分はお前呼びするくせに、自分のことは王子呼びやめろってどういうことだよ。  ま、お前呼びでいいって言ったのは俺だけど...)  少し考えた後「ヴァニタス...様?」と言ったのだがヴァニタスは昨日のような冷ややかな視線へと変わった。  ヴァニタスもなにか考え事をしているのか数秒間黙り込んだ後、口を開いた。  「...様は不要だ。呼び捨てで構わん。  お、お前のことはできる限り名前で呼ぶように努力する。」  「じゃあ、ヴァニタス。」  呼び捨てに満足したのかヴァニタスは軽く微笑んだ。  それからヴァニタスは騎士団寮の中を案内した。浴場。お手洗い。キッチン。洗濯場。会議室。応接室。娯楽室。治療室など、午前中のすべてを使ってヴァニタスは隅々まで教えてくれた。  昼食の時間になり、ヴァニタスは「昼にしようか」という提案を受けて食事場へ戻るとそこには多くの騎士たちが待っていた。  「団長遅いっすよ。俺たち食わずに待ってたんすからね!」  「そうですよ!それに聖人様独り占めしてるし!  寮の案内なら俺たちでもできるんで任せてくださよ。」  「聖人様!俺たちともお話しましょうよ!」  御城が驚いていると、ヴァニタスは「うるさいぞ」と一喝。それでも笑っている騎士たちを見るとその関係性を理解する。  王子とか関係なく団長としての距離感だ。よっぽど信頼されているんだろう。  「いいな」と誰にも聞こえないくらいの声で御城は呟く。  それに対して「なにか言ったか?と御城の耳元で囁く。それを「なんでもないよ」の一言で返す。  「すみません。俺御飯作るんでしたよね?  何もできてなくて。」  「いいんすよ!初日っすよ?  しかも昨日召喚されたばかりっすよね?いきなりは厳しいですって!」  「そうですよ!  あ、俺オスカーっていいます!  聖人様俺のとなりに来てくださいよ!一緒食べましょ。」  「オスカーずりーぞ!  聖人様、俺の横空いてますよ!俺ルークっていいます!どっすか?」  「ったく、うるさいぞ!  これからほぼ毎日一緒に過ごすんだ。焦るな。  こいつは今日俺と食べるから、邪魔すんなよ!」  焦るなというヴァニタスからでた言葉は、ゆっくり距離を縮めていきたいという風にも受け取れる。もしかして本当に召喚されたのが俺で良かったと思っているのだろうかと御城は悩んだ。  ヴァニタスは何を考えているかわからない。  「オスカーとルークは午後非番だったな?  予定がなければ、こいつと午後街に出るから護衛を任せたいのだがどうだ?」  ヴァニタスはそういえばのような表情をしながらオスカーとルークに対して問いかけを行った。それを聞いた他の騎士からは野次が飛んでいたが、それに負けじとオスカーとルークは行きますの一言。  なんだかんだで食事が運ばれてきた、この世界に来て初めて誰かと共に食事をする。  元の世界でも一人で食事をすることが多かったが、やはり誰かと食事を取るというのは良いものだ。より一層ご飯が美味しく感じる。  昼食は騎士たちが作ったものなのだろうが、十分に美味しかった。献立はパンとビーフシチューとサラダ。男が作るのだから勝手にサラダなどは出てこないと思っていたが、良い意味で予想を裏切られた。  ふと周りを見ると騎士たちは食事をするというよりかは会話をしているようだった。横に座っているヴァニタスに目を向けると会話こそしていないが、食が進んでいないようだった。  御城はヴァニタスの耳元で他の誰にも聞こえないように「苦手なものでもありましたか?」と囁く。それに対して若干目を泳がせながら「そんなものはない。」と囁き返された。  (たぶん嘘なんだろうな。  減ってないのはサラダか...トマトかな?)  そう思い、御城はヴァニタスのサラダからトマトを取り、そっと自分の口に運んだ。  「なっ...」  ヴァニタスは驚いていたが、御城の予想は当たっていたようで、小声で「すまん」と呟いていた。それに対して御城は耳元で「謝るんじゃなくて、お礼でいいんですよ。」と呟く。  「あぁー!団長と聖人様がイチャついてるぞ!」  おそらく見ていたのであろう他の騎士に茶化される。それに対しヴァニタスは「うるさい」と先程までの威勢はどこへやらといった声量で言い放った。  「質問なんですけど、騎士の皆様はあんまり食べないんですか?」  御城は騎士たちのビーフシチューの減りが遅いことに疑問を覚え、全体に質問を投げかける。  騎士たちは目配せを行いながら嫌々ながらに「もう飽きたんですよね」とルークが呟く。それに便乗するように他の騎士からも「もういいかなって」のようなことが聞こえる。  なら他の料理を作ればいいのではと考えたが、一度に大量のご飯を作る場合こういったビーフシチューなどが楽だからというのを聞いて納得してしまった。  それは今日の夕食から頑張らないといけないと自身を鼓舞する。  食べ終わり、食器を片付けると、ヴァニタスから「いくぞ」と言われ、オスカーとルークと四人で街へと出かける。 ■  ■  ■  ■  ■  街は思っている以上に活気溢れていた。  石畳で舗装された道は下駄で歩くと良い音を奏でる。そのカランカランという音につられてなのか御城の和服が珍しいのか、はたまたイケメン騎士を3人も連れてあるているからなのか街ではいろんな人の視線を浴びていた。  「聖人様のその靴は聖人様のいた世界ではメジャーなものなんですか?」  「昔はそれなりにメジャーと言うかほとんどの人が履いていたんですけど、今では履いてる人は少ないですね。下駄って言うんですけど、歩くたびに音が出るので、それを嫌がる人も少なからずいるって感じでしょうか?  あ、もしかしてうるさかったですか?」  「いえ、うるさいなんて思ってないですよ!  やっぱり世界が違うと服も靴も違うんだなって感動したんですよ。」  「そうなんですね。  あ、そういえばなんですけど、その聖人様って辞めてもらうことってできますか?  俺別にそんなたいそうな者じゃないんで、フツーに名前で呼んでもらいたいです。」  御城はちょうどいいタイミングだと思い、これを気に聖人様呼びを辞めてもらうように言った。横に居たヴァニタスは何故か不機嫌そうだが、気にせずオスカーとルークにお願いする。  「それじゃあカエデ様ですかね!」  「ゴジョーだ。」  ルークがカエデ呼びをしたその瞬間ヴァニタスは訂正しろをと言わんばかりに視線だけで人を殺せそうなほどの眼力でルークを睨みつける。  ルークは声にならない声で怯える。  そんなことお構い無しにオスカーと御城は仲良くなっていた。  「あれなんですか?」  「あれは劇場っすね。  今はやってないですけど、来月くらいには新公演が始まるらしいっすよ。  その時一緒行きますか?」  「劇場!いいですね。  俺実は見たことないんですよ。楽しみにしておきますね。」  「お前は聖人だろ。護衛は多いほうがいい。俺も行こう。」  いつから聞いていたのかわからないが、ヴァニタスがオスカーと御城の間に割って入って、会話を進めた。ルークはオスカーの首を掴み、互いに目配せをして大きなため息をついた。  街ではまず最初に欲しかった下着を含め服を見に行った。  御城が一番気になっていた部分である、この世界にボクサーパンツがあるのかということ。この世界はどこか中世のような建物が目立つ。そのためボクサーパンツは存在していないのではないかと思っていたが、その心配は店に入った瞬間杞憂に終わる。  「よかった。あるんですね。」  「デザインか?  この辺は騎士や執事も買いに来るからな。そういったものもあるぞ。」  「安心しました。  あ、俺お金持ってないです!」  「は?お前が払う必要はない。  お前はこの国の聖人様だろ。金は国が出すから気にするな。」  「いや、そういうわけには...」  「いやいや、カエ...ゴジョー様は騎士団の料理とか洗濯とかやってくれるんですよね。  それじゃそれが労働ってことで、今回は給与の前払いってことでいいんじゃないっすか?」  「ルークもこういっている。  大人しく奢られてろ。」  「そ、そういうことなら...」  御城はヴァニタスの圧に負け、買ってもらうことになった。  オスカーとルークはなぜか御城のパンツを真剣に選ぶヴァニタスを見て、大きなため息をついている。  なんだかんだで御城は5着ほど新しいボクサーパンツを入手し、店を後にする。服も買う予定だったのだが、ヴァニタスが着物を特注ですでに発注しているとのことだったので、それを着させてもらうことになり購入は見送りとなった。  「買えたっすね!  このあとどうします?」  オスカーが他の三人に聞くと、御城は勇気を振り絞ったように手を上げた。  「あの、夕食用に食材を買いたいんですけど付き合っていただけますか?」  ヴァニタスはそれに答えることなく「こっちだ」と道案内する。それに対しても二人はため息をつく。  こっちの世界のスーパーのようなところに着き、四人で物色する。御城は三人に食べたいものを聞いたがヴァニタスは「なんでも」他の二人は「御城の世界の食べ物」ということだった。ビーフシチューとか見る限り、食べ物に大きな違いはないのではないかと思ったが、ずっとパンが主食として出ていたことを思い出し、和食が食べたいと考えた。  米はないのかと聞き、意外にもこの世界に米があることがわかり即購入。  その後も必要なものを続々と購入し、大の大人四人の両手が塞がるほどの大荷物になった。  騎士団寮に帰り着くころには日が沈みかけ、茜色の空模様が映える。  騎士団寮の食堂には、すでに多くの騎士たちが集まっていた。  「あ、やっと帰ってきた!」「腹減ったっすよ!」  などみんな御城を待っていたのか、多くの騎士が御城のまわりに集まり、抱えていた荷物を取り上げ和気藹々と会話が弾む。  ヴァニタスが「コ゚ホンッ」と一回咳き込むと、騎士たちは何かを察したのか徐々にフェードアウトしていき、きれいに席に座っていく。  「まだ魔法は使えないだろ?  何を作るかわからないが、火は魔法でつけるんだ。俺が手伝う。」  ヴァニタスは御城にそう話しかけると、他の騎士に取り上げられた荷物を回収してキッチンへと持っていく。それを追いかけるように御城は小走りで向かう。  御城は袖に入れていた紐でたすき掛けを行い、料理スタイルへと変える。  「なるほど、袖が邪魔になると思っていたがそうやって解決するのか」  ヴァニタスは納得したかのように頷きながら御城のことを眺めた。  「ヴァニタスも今度着てみますか?  ヴァニタスはかっこいいから似合うと思いますよ。」  御城がヴァニタスを褒める。  ナチュラルに褒められ、ヴァニタスは驚きの表情へと変わる。その後耳だけを赤くした。  「ゴホンッ。それで何を作るんだ?」  「親子丼ですかねー。  親子丼って言うのは、鶏肉を卵でとじたものを米の上に載せた丼物です!」  「オヤコドン?それはお前の世界の食べ物なのか?」  「そうですね。割とメジャーな食べ物だと思いますよ。  おぉ、このキッチンすごいですね。6口コンロだ。  それじゃこの3箇所に火を付けてもらえますか?」  御城とその手伝いでヴァニタスが料理をしている中、食堂に集まった騎士たちは小声と目配せで会議を行っていた。  ーあの二人距離近くないか?  ー聖人様って団長のこと呼び捨てなんだ...  ー俺強すぎて呼び捨てとかできねーよ  ーおいオスカーとルーク、街に一緒に行ったんだろ?どうだったんだよ。  ー聖人様は聖人様って呼ばれるのが嫌らしい  ーじゃあなんて呼べばいいんだ?  ーゴジョー様って呼べばいいらしい。間違ってもカエデ様って呼ぶなよ。  ーなんでだよ。  ー団長に殺される。  ーはい?  ー俺もわかんねーよ  ーてか、いい匂いだ  ーわかる。  ー俺もう待ちきれねーよ  騎士たちが呼び方の謎に頭を悩ませながら、いつの間にか良い香りに脳がシフトしていった。時間にして1時間だった頃だろうか。ようやく全員分の親子丼が出来上がり、騎士たちの前に運ばれた。  騎士たちが生唾を飲み込む音が聞こえてくる。  全員に配膳が完了したことを確認した御城は「召し上がれ」と一言。  それを合図に騎士たちは一斉に親子丼を口へと運ぶ。  「うっっっま!」  「米って調理が難しいって聞くからめったに食わないけど、これはうめぇ!」  「ゴジョー様おかわりありますか?」  「おまえずりーぞ!ゴジョー様俺もおかわり欲しいです!」  「はい、多めに作ってますのでおかわりありますよ。」  御城は微笑みながらおかわりに並ぶ列を捌いていった。  和菓子じゃないけど、俺の作ったものを美味しいって言ってもらえるのはやっぱり嬉しいな。そんなことを考えていると、ヴァニタスが口を開いた。  「お前らおかわりは自分でやれ。コイツが食べれないだろ。  お前も早く自分の分をよそって座れ。食うぞ。」  「すみません、ゴジョー様。  あまりの美味しさにゴジョー様が食べていないのが見えてませんでした。」  「いえ、大丈夫ですよ!  ありがとうございます。」  そう言うと御城は自分の分をよそってヴァニタスの横に座った。  そしてヴァニタスにだけ聞こえるように「ヴァニタス、ありがと」と告げる。  それに満足したようにヴァニタスは親子丼を頬張る。  ヴァニタス含めほぼ全員がおかわりをし、相当な量を作ったはずの親子丼と米は1時間もしないうちに空になっていた。  御城はヴァニタスもおかわりしてくれたことが嬉しく、終始満面の笑みであった。  御城も食べ終え、食器を洗おうとしたところ騎士たちが止めに入り、洗い物は騎士がやってくれるとのことだった。  食器洗いは若干の戦争になり、我先にと俺が洗う。俺も洗うと大騒ぎになった。  食器洗い戦争も一段落した頃、食堂にさらに騎士が入ってきた。  「え?」  「あ、忘れてた。」  「お前らもしかして全部食べたのか?」  「いやぁ、あまりの美味しさにだな...」  「はぁふざけんなよ!こっちは今警備が終わって帰ってきたところなんだぞ!」  騎士もシフト制らしく、夕方の警備を終え騎士団寮に戻ってきたようだ。  あまりの美味しさに後先考えずに全てを食べ尽くしてしまった騎士たちは助けを求めるように御城へと視線を送る。  ヴァニタスも忘れていたようで、耳元で「すまん」と小さく謝罪をした。  それが少し可愛く思えて御城は笑ってしまった。  ふとヴァニタスを見ると「やはりお前は笑ったほうがいいぞ」と言われ、初めて御城の耳が赤くなった。  その恥ずかしさを紛らわすように席を立つ。  「だだだだだだ大丈夫です!  何人くらいですか?作りますよ!」  「ゴジョー様大丈夫ですか?  顔真っ赤ですよ?」  「大丈夫です!」  「だ、大丈夫なら...  えっと戻ってきた騎士は...20人ですかね。」  「20ですね。  わかりました。親子丼はもう鶏肉がないので作れないので、別の作りますね。」  御城は帰ってきた20人分の料理を何にしようか悩む。   (シフト制ってことは、夜勤もあるのか?  夜勤って今から行くのかな?  日中シフトの人ってどこでご飯食べてるんだ?)  「あの質問です。  夜勤ってあるんですか?」  「夜勤組ならもう行ってるよ。  持ち場を空にするわけにはいかないからね。交代する形でやってるよ。  夜勤組はさっきのオヤコドンをかきこんで、急いで持ち場に向かってったぞ。」  「なるほど...  シフト中って休憩あるんですか?」  「基本はないね。  用を足すために一瞬だけ離れることはあるかもしれないけど、持ち場は二人一組なんだ。  だから必ず一人は持ち場にいるね。」  「ありがとうございます。  では作るものも決めたので、すでに食べた人はお風呂に入ってください。  帰ってきた20人は手を洗ってきてください。  ヴァニタス。ごめんなさい。また火の手伝いをお願いできますか?」  「構わない。」  御城は異世界召喚されて二日目とは思えないほどの適応能力を見せつけ、すでにこの騎士団寮の寮母のような立ち位置になっていた。  1時間ほどして完成したのは、カツ丼であった。  購入していた卵と米が大量に残っていて助かった。流石に20人前のカツを揚げるのは大変だったが、もっと大変だったのは手伝ってくれているヴァニタスが耳元で「俺も食べたい」としきりに伝えてくることだった。  結局30枚カツを揚げ、そのうち1つをヴァニタス用として作った。  (さっき親子丼2杯食べたのに、カツ丼入るのか?)  だが、その心配は杞憂に終わる。  ヴァニタス用のものは少なめに作っていたため、秒で皿底が見える勢いで食べていた。  他の騎士たちも親子丼のときと同様「うまい」「おいしい」とすぐに無くなりおかわりを求める声が多く上がった。  流石にカツのおかわりはないので、お茶漬けを作りそれもすぐに完売した。  「おい、カツがまだ残ってるじゃないか。  それはどうするんだ?」  「これはね、夜勤組におにぎりでも作ろうかと。」  「おにぎり?」  「そ、俺のいた世界のソウルフードだよ。  本来はカツとかは入れないんだけど、騎士は体力使うだろ?  エネルギーになるものにしたいからカツを入れようかと。」  「ほう、俺のは?」  「ヴァニタスは散々食べただろ!  また明日作ってやるから。」  今日1日中御城はヴァニタスと共に過ごしていたからか互いに口調が砕けていっている。特にヴァニタスは昨日とはうって変わり、かなり優しい。  騎士団にいる騎士たちはヴァニタスがここまで御城にべったりしているのを見て、若干の違和感を覚えていた。  ヴァニタスといえば第一王子兼近衛騎士騎士団長であり、かなりモテるが未だに婚約者がいないとのことで有名だ。その王族で婚約者がいないと言うことはかなりの問題で、噂では聖女と結婚するのが確定していたから特定の相手を作らないなんて言われていたほど仕事一筋で真面目。そして冷酷であると言われている。  そんなヴァニタスが異世界召喚者。ましてや男と一日中共に過ごしているのが騎士たちには違和感でしかないのだ。  「よし、おにぎりできたぞ。  これを今夜勤に出てる騎士たちに配りたいんだけど、ヴァニタス一緒に来てくれる?」  「一緒に行ったら、俺にもくれるか?」  「...明日のご飯はヴァニタスの分だけちょっと特別にしてやるからそれで手を売ってくれ。それに今日は食べ過ぎだ!」  「...わかった。」  ヴァニタスは渋々従い、御城と一緒に夜勤に出ている騎士たちへ夜食を届けに行った。  警備中の騎士たちは夜食に感謝し、もらったその瞬間におにぎりを食べてしまったらしい。  ヴァニタスはそのまま王宮で寝泊まりするのかと思ったが、御城と一緒に騎士団寮に戻ってきて、そのまま二人で風呂へ入った。  二人並んで湯船に浸かりながら二人は話し始めた。  「今日はありがとう。」  「当然のことをしたまでだ。」  「明日からする魔法の訓練ってどんなことするんだ?」  「詳しくは明日説明するが、まずは自分の得意な魔法属性を調べるところから始まるな。これは専用の機械があるから緊張する必要はない。」  「そうか。わかった。  あとさ、なにか食べたいものないの?」  「なんでもいいと言っただろ。」  「作り手が一番困るんだぞ、その回答。」  「ならワガシ。  ワガシ職人なんだろ。甘味は滅多に食べないが、お前の作るものなら食べたい。」  御城は湯当たりしたのか、顔が真っ赤になっていった。  恥ずかしさをこらえながら御城は「任せろ」とヴァニタスに言う。  風呂から上がり二人は部屋まで移動した。  各々の部屋の扉の前で互いに「おやすみ」と言い合い、異世界での二日目を終えた。  「わ、ほんとにベッドが届いてる。ふかふかだ。  今日は俺の作ったもので笑顔になってくれたな。  次は和菓子で笑顔にしよう。  また食材を買いに連れてってもらわないと...」  今日も静かに寝息を立てながら、御城は夢の中に入っていった。

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