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03-属性

 御城はバタバタと廊下を走る音で目が覚めた。  まだ日が昇っておらず、外は昨日目が覚めたときよりも暗い。そんな早い時間からでも活発に行動するとは流石は騎士団だ、なんて思いながら御城は顔を洗うために洗面台に向かう。  廊下ですれ違う騎士たちは元気よく「ゴジョー様!おはようございます。」と声をかけてくれる。それに答えるように御城も軽い会釈をしながら挨拶を返す。  御城はまたヴァニタス含め、オスカーとルーク以外の騎士の名前を知らない。そのため名前を呼ばれて挨拶されてもまだちゃんと返せないでいた。  顔を軽く洗い、騎士団の朝食を作るためにキッチンへと向かう。  他の騎士たちは朝練に出たのか、騎士団寮はすでに静かであった。  「あ!ヴァニタス居ないと火使えないじゃん...」  朝練が終わって戻ってくるころには朝食を全員分用意して食堂に並べておこうかと思ったが、これでは騎士たちを満足させられる朝食が作れない。  「どうしよう...」  ただ悩んでも仕方がない。今の俺にできることをしよう。  そう思い、両手で両頬を叩き、気合を入れる。  火を使わずに食べられる食材を探し準備を進める。それと同時にヴァニタスが戻ってきてすぐ火を付けてくれると信じて、火を通す用の料理の食材も刻んでいく。  御城の朝食といえば、魚を中心とした白米にたまご焼きと味噌汁といった一般的な日本食なのだが、ヴェルドニア王国は内陸国なのか昨日街に出た際に魚は手に入らなかった。  そのため火を使わないものとしてサンドイッチを大量に用意した。  ただすでにサンドイッチとして作るのではなく、少しでも時間を稼ぐためにパンだけと食材だけで分け、騎士たちに自分の好きなサンドイッチを作ってもらうことにした。  こうすれば火を使う料理まで時間を稼げるし、減った食材を見れば何が好きなのかを把握することができると考えたのだ。  「サラダが新鮮でよかった。  冷蔵庫なんてないと思ってたけど、これも魔法なのかな?」  キッチンには冷蔵庫までとはいかないが、それに準ずる棚が置いてありその中は多くの食材が保管されており、温度が涼しく一定に保たれていた。  魔法のある世界であることに感動しつつ、火を通す料理を考える。  「やっぱりスープだよな。  味噌汁が本当はいいけど、味噌は手に入らなかったから別物にしないと。  豚こまがあるから豚汁も良かったけど、あれも味噌使うしな。  あ、玉ねぎがある。オニオンスープにするか。」  棚から玉ねぎを取り出し、慣れた手つきで皮を剥き、大小さまざまな大きさに玉ねぎを刻み、鍋に放り込んでいく。  玉ねぎだけでは味気ないだろうと思い、人参を細切りにしてそれも加える。  (あ、そうだ。あれも準備しておかないと。)  だいぶ準備が進んだ頃、時間にして2時間ほど経過したくらいだろうか。外が明るくなった頃にヴァニタスたち騎士団が寮に帰ってきた。  「飯が用意されてる!」「腹減って動けねーよ。」  など出来上がっているサンドイッチを眺めながら騎士たちは今にもよだれをこぼしそうな勢いでそういった。それを微笑ましいなと御城は思いながら「手を洗ってきてください」と騎士たちに告げる。  御城は数ある騎士たちの中からヴァニタスを見つけると手を大きく振り「ヴァニタス!朝練直後申し訳ないが火の手伝いをお願いしてもいい?」と言うと、ヴァニタスは満足そうに「構わない」と一言。  それを見ていた他の騎士たちは今までにないほどの目配せを行い、二人の邪魔をしないようにそそくさと手を洗いに向かった。  「疲れてるのにごめん。  火をこの2箇所に付けてほしいんだけど...」  「付けたぞ。他に手伝う事はあるか?」  「大丈夫だよ。ありがと。  そうだ!他の騎士たちに見つかる前にこれ食べて。  おにぎり食べたいって言ってたでしょ。実は昨日2個隠してたんだ。  カツ入のおにぎりだよ。」  そう言って御城はヴァニタスにおにぎりを手渡す。  この世界には先程の冷蔵庫のようなものに加え、ラップの概念があるらしく、昨日夜勤の騎士たちにおにぎりを渡しに行ったときもラップで包んで持っていったのだ。  そのラップに包んだおにぎりは昨日少し多めに作っていたので、その残りをヴァニタスへと渡したのであった。  「昨日特別って言っただろ。」  と二カッと笑う御城を見て、ヴァニタスは御城を抱き寄せた。そして御城の耳元で「嬉しいよ」と囁く。御城は突然の出来事に何もできないでいたが、徐々に恥ずかしいことをされていると思い、耳だけじゃなく顔を真っ赤に染めていた。  その時手を洗い終えた他の騎士が食堂に戻って来る足音が聞こえた。  それを聞いて二人は少し距離を取り、ヴァニタスは急いでおにぎりを頬張った。  ヴァニタスの表情は満足げであった。  「この朝食はどうやって食べるんですかー?」  戻ってきた騎士が御城へと問いかける。  「これは具材を自分で選んでつくるサンドイッチです!  たくさん用意したので食べたい分だけ取って自分好みのサンドイッチを作ってください。  ソーセージとかたまごとかも今作っているので、先に挟むサラダを取ってくださいね。  あとオニオンスープも用意してるので、サンドイッチと一緒に食べてください。」  そう聞くと騎士たちはきれいに整列し、自分好みのサンドイッチを作っていった。  ーおまえソーセージばっかり取ってるじゃねーか!  ー取りすぎだろ!他のやつのこと考えろ!  などと喧嘩が始まろうとしているが、その都度新しく作り、食材の補充をしていく。より温かいものを食べてもらいためこのスタイルになったが正解だったようだ。  喧嘩もなくなり、皆美味しそうに自分好みに作ったサンドイッチを頬張る。  朝練直後で皆お腹が空いているのか、大量に用意していたパンが底を尽きた。  「ゴジョー様!パンがなくなってしまったのですが、在庫はありますか?」  皆2周はしたと思うのだが、まだ食べたいらしい。  流石は騎士と言うべきなのだろうか。  「パンはもうなくなってしまったので、レタスで包んでみるのはどうでしょうか?  こうやってレタスを手のひらに置いて、好きな食材を置いて包んで食べる!  シャキシャキ感が癖になって、パンとは別の美味しさが味わえますよ。」  と言った瞬間だった。  食べ終えたはずの騎士たちが一斉に立ち上がり、次はレタスのサンドイッチを作るべくきれいに整列し始めた。  それがおかしくて御城は笑ってしまった。  レタスのサンドイッチの効果もあってか、すべての食材がなくなった。完売感謝状態である。オニオンスープも人気で鍋はすっからかんである。  食べ終わったので、食器洗いをするかと思ったが騎士たちは一行に立ち上がろうとしない。もしかして足りなかったのだろうか?と不安になる御城であったが、騎士たちは別の理由があったようだ。  「ゴジョー様!ありがとうございます。  腹いっぱいっすよ!  それで、ちょっと噂を聞きまして...その...あるんすか?」  「噂?ある?  何のことですか?」  騎士たちは目配せを行い、お前が言えよ状態だ。  その戦いにルークが負けたようで、言いにくそうに御城の質問をした。  「...夜勤組から弁当的なものをもらったと聞きまして。  その、日中組もほしいなぁ、なんて...」  聞いたところ朝練時に夜勤組から夜食としておにぎりという、とんかつの入った三角の米をもらったという話が話題に無ったらしく、夜勤組からかなり自慢げに味の感想を述べられたためルーク含め、他の騎士もおにぎりを食べたくなったようだ。  「大丈夫。ちゃんと用意する予定でしたよ。  夜勤組と同じものじゃないけど、それなりのものを作る予定でした。」  それを聞いた騎士は歓喜の声をあげた。弁当がそんなに嬉しいのだろうか?  すこし考えているとヴァニタスが教えてくれた。  「昨日も言ったが基本的に職務中は持ち場を離れることはできないんだ。  だからお前のおにぎりのような持ち場を離れずに食べれるものは俺達にとってかなり嬉しいものなんだよ。」  「なるほど...  ヴァニタスもほしい?」  「...あぁ。お前の作るものなら食べたい。」  それを聞いて、御城はまた耳を赤くする。  ヴァニタスはそれをみて垂れ目になった。  ーおい、あそこだけ空気が違うぞ。  ーバカ!黙っとけ!ありゃ互いに気づいてないんだ  ーは?あれでか?  ー団長がもっとこう...な!グイグイ行けばすぐに落とせそうなんだがな。  ー付き合う前が一番楽しいってやつだろ  ー俺等は見守ることしかできねーよ。  ーてか、あの団長がねぇ  ーそうなんだよな。ていうか団長って誘い方とか知ってんのか?  ーえ?  ーえ?  ーいや団長は第一王子だろ。マナー教育とかあったみたいだし流石に...  ーだよな。流石にな...  騎士たちの目配せはしばらく続いたらしいが、それを御城とヴァニタスは知らないでいた。  昨日と同様洗い物は騎士たちが行ってくれた。御城はその間洗濯物をしようとしていたが、騎士たちが頼りっぱなしは良くないと言う事で御城から仕事を取り上げた。  「俺がするって言ったんですから、洗濯しますよ?」  「いやぁ、ほらご飯も作ってもらってますし。  ほらゴジョー様は魔法の訓練もあるみたいじゃないですか。  流石に全部は大丈夫ですよ!  ちなみにご飯も毎回でなくて大丈夫ですよ!大変でしょうから。俺たちと交互にやりませんか?」  「そ、そう?  でも手伝えることがあったら言ってね。」  「はい。そのときはお願いします。  (いや団長がいるのに他の男の下着を洗わせるわけにはいかない。なんて言えないだろ。)」  御城には騎士たちの考えは届いていないようだが、ヴァニタスは若干騎士たちの行動に気づき始めているようで「余計なことをするな」と騎士たちに呟いた。それを聞いた騎士たちはニヤけていたらしい。 ■  ■  ■  ■  ■  御城はヴァニタスと共に騎士団寮に併設された訓練所に来ていた。  訓練所には何人かの騎士たちが自主練をしており、腹筋などの筋力をつける者や木刀で模擬戦をする騎士の姿があった。  騎士たちの邪魔にならないように訓練所の端で魔法の訓練が始まった。  「昨日も言ったようにまずはお前の得意な魔法属性を調べる。  基本的にはこの機械に触れて魔力を流すことで属性を判別できるのだが、お前はまだ魔力をどう流すのかという段階だろ?」  「まぁそうですね。」  「だからお前に俺の魔力を流す。  まずはそれで魔力というものを感じ取ってもらう。」  「なるほど...」  「では、いくぞ。」  そう言ってヴァニタスは御城の手を取り、魔力を流し始めた。  その感覚はヴァニタスに強く抱きしめられるようなものであった。出そうとしていないのに御城の口から勝手に声がこぼれる。  「んっ...あ...あっぁ...んふぅ」  「どんな感じだ?魔力を感じ取れるか?」  「んぐっ...はい...ゔぁ、ヴァニタスに抱きしめられるような、そんな感覚です。」  「いい子だ。いまお前は魔力を全身で捉えている感じている状態だ。  それを身体に風を纏っているように感じろ。」  「まっ...て...んっ...一回とめ...て」  そういうとヴァニタスに抱きしめられている感覚は薄れていった。  たった数秒ヴァニタスから魔力を流されただけで体が火照っている。それをみたヴァニタスは御城の顔を撫でた。  「...え?」  覇気のない御城の声に「気持ちよかったか?」とヴァニタスは問いかける。それに御城は声に出して答えることはなく、俯きながら頷いた。  「そうか。もう一回やるぞ。」  「...うん」  ヴァニタスはもう一度御城に魔力を流した。魔力を流された御城の口呼吸に変わり、目はタレ目になり目尻には涙を浮かべていた。その感覚に耐えきれなくなったのか、御城は足に力が入らなくなりヴァニタスの胸に倒れ込む形で意識を手放した。  数分後御城が目を覚ますと、ヴァニタスはベンチに座りその上に抱えられる形で御城は座っていた。  「ご、ごめんなさい。」  「気にするな。このまま魔力を流し込む。」  「え?まって...あぁ...んっ...んぐっ」  この体制ではヴァニタスは常に御城の耳元で話す形となり、御城はその恥ずかしさと魔力の気持ちよさに溺れていった。  二日目の朝ルルーナが言っていた訓練は厳しくがモットーというのは本当なんだろう。この体制になってから休まず1時間以上ヴァニタスから魔力を流され続けた。  1時間もすれば流石の御城も多少は慣れを覚え、徐々にではあるが御城は魔力を感じ取れるようになっていた。  「ま、待って。」  「そうだな、少し休憩するか?」  「その、ヴァニタスは大丈夫なのか?  1時間は魔力を流し続けてるだろ。魔力切れとかにならないの?」  「これは魔力を流しているだけで、消費しているわけじゃないからな。  魔力をお前を経由して循環させているだけだ。  魔力切れにはならないから心配するな。」  「循環?  だからヴァニタスに抱かれている感覚だったのか。」  「なんだ。抱いてほしいのか?」  「ちがっ。今のは言葉の綾だ。  抱きしめられている感覚ってことだよ。」  「ふっ。冗談だ。」  その間もヴァニタスは御城を降ろすことなく、抱えたまま話しを続ける。御城が「重くないですか?」と聞いても「もっと食べろ。細い」とヴァニタスは一喝。  遠回しにおろしてほしいと御城は伝えたつもりであったが、ヴァニタスは理解しているのかいないのか頑なに降ろしてはくれなかった。  「魔力についてだんだんわかってきたか?」  「はい...感覚は掴めたと思います。」  「よし、なら次は俺に魔力を流してみろ。」  「それ大丈夫なんですか?」  「大丈夫だ。むしろお前が気持ちよくしてくれるのであれば悪くはない。」  ヴァニタスは恥ずかしいことを言っている自覚があるのか全くわからないが、それをきいて御城の方が恥ずかしくなる。  なんならここは訓練所であり、邪魔にならないように端でやっているものの、他の騎士たちもいるんだ。聞かれてるんじゃないかと思うと途端に顔を隠したくなった。  そのまま御城はヴァニタスに抱きつくように顔を他の騎士たちに見えないように隠した。  「積極的だな。」  「ちげーよ。ちょっとだけこうさせて。」  「...悪くない。」  5分くらい経ったぐらいで御城は顔を上げ、ヴァニタスに「流すよ」と一言入れてから魔力を流し始めた。魔力を流されてもヴァニタスは顔色一つ変えることはない。  「流せてる?」  「あぁ、問題なく流せてる。  もう少し多めに流せるか?」  「うん...」  ヴァニタスに言われるがまま、御城はヴァニタスに先程よりも多くの魔力を流す。御城はヴァニタスの顔色を伺いながら「どう?」と問いかける。  それに対して「あぁ、十分気持ちいぞ。」と耳元で囁く。  「よし。だいぶ魔力にも慣れてきたな。  もう魔力を流すのを止めていいぞ。」  そういうと、ヴァニタスは御城を抱えたまま立ち上がりその後大切にゆっくりと御城を降ろした。そのあとワゴンを押して魔法属性を測る機械を運んできた。  機械という割には本の形をしている。本は鍵がついている対応のもので、魔法がある世界ではグリモワールと命名されそうな見た目をしている。  「この機械に魔力を流すことで、それが鍵となり属性にあったページが開くようになっている。  魔力の流す量はさっき俺に流したものと同じ量を流せば大丈夫だ。」  「なるほど...  ちなみに魔法属性にはどんな属性があるんですか?」  「属性には 炎・氷・嵐・陸・聖 の5つの属性がある。  基本的には一人に対して一つの属性だ。  炎は火。氷は水と氷。嵐は風と雷。陸は土。を扱うことができる。  聖属性は回復や浄化をすることができるのだが、これは一般的にだ。」  「と、言うと?」  「召喚者は2つの属性を扱うことができ、そのうち一つ確定で聖属性を扱うことができる。と言い伝えられている。  こればっかりは伝承だから真実かどうかは検証しないことにはわからないがな。」  「それって今からやろうとしてることは結構重要なことなんじゃ...  訓練所とかでやっていいことなんですか?」  「魔法属性の判定は本来王宮であったり協会であったりとそれ相応の場で行われるのだが、お前の場合は逆だ。  聖人聖女は国の機密事項でもある。そのためお前の属性を知る人間は少ないだけいい。」  「なるほど...だからあえて訓練所ってわけなんですね。」  「理解が早くてえらいな。いい子だ。  それじゃ機械に魔力を流してもらえるか?」  御城は混乱していた。  おかしい。  ヴァニタスが優しいなんてもんじゃない。甘い。いや甘すぎる。  糖分過多で今にも倒れてしまいそうなくらいだ。  「いい子だ」なんて今日だけで2回も言われてる。しかもこの短期間に!  更に言えば抱きかかえられたりしたわけだ。  それは少なからず好意があるからというわけで。  「...うぶか?」  「え?」  「大丈夫か?」  「ご、ごめんなさい。大丈夫です。  えっと、この本みたいなのに魔力を流せばいいんだよね?」  「...すこし休憩するか?」  「い、いえ!本当に大丈夫なので!」  御城はそう言って機械の前に立ち、呼吸を整える。  本の形を模した機械に手をかざし、先程ヴァニタスに流したように魔力を流す。  すると本はひとりでに動き始めた。宙に浮いたかと思えば鍵が開かれ、とてつもない勢いでページがめくられていく。そしてあるページでピタリと止まった。  そのページが開かれた状態でゆっくりとワゴンへと戻っていった。  「...このページは?」  「...嵐だ。」  「ってことは、風と雷を扱えるってこと?」  「そうだな。」  「そっかぁ。出来れば火が良かったなぁ。」  御城は少しがっかりしながらも、今まで魔法とは無縁の生活を送っていたため、魔法について少し興味があり、若干浮ついている。  だが御城はそれを聞いて、なにか違和感を覚えていた。  (なんだろ。なにか引っかかるんだよな...  召喚者を除いて扱える属性は嵐みたいな複合属性を除いて1属性まで...  あっ)  「質問が2つ。  1つ目。俺が聖属性も使えるのであれば、どうして聖属性のページは開かないのか。  2つ目。ルルーナが俺の服を乾かすために火と風の魔法を使っていたが、これは1属性しか使えないという話とは矛盾があるんじゃないか。  この2つです。」  ヴァニタスは「おぉ」と御城の質問に対して関心を示しながら、少し遠くを見つめた。  その視線の先を御城も見ると、幾人かの護衛を付けた国王がこちらに向かって歩いてきた。  「ここにいたかカエデ殿。  昨日はカエデ殿の元へ出向くことができず申し訳ない。  まだ召喚されて3日目だが、この世界にも慣れてきただろうか。」  「え、えぇ。ヴァニタスにも善くしていただいておりまして、今のところ不自由なく生活できております。」  「ほう。ヴァニタスが...。そうかそうか。  召喚初日にはこれから仲良くやっていけるかどうか不安であったが、どうやら杞憂のようだな。  そうかヴァニタスが呼び捨てを許すか。」  「殿下。余計なことは言わないでください。」  「今のは父親としての言葉だ。  それにしてもこの2日間でここまで仲良くなったものだ。」  「あははっ。いろいろありまして...  (言えない。急に甘やかされてて俺自身も困惑してるなんて言えない。)」  少し焦っているヴァニタスと耳の赤い御城を見てクーヴェルは少し考えた後、結論を見出した。  「そうか、まぐわったのか!」  その場に居た全員が言葉を失った。  御城は顔を真っ赤にし、クーヴェルの護衛は一人は空いた口が塞がらず、一人は持っていた書類をすべて落とし、一人は御城とヴァニタスの顔をすごい勢いで交互に見た。  ヴァニタスはというとクーヴェルが陛下であることを忘れ、今にも殴りかかりそうな勢いであった。それを見た御城は咄嗟にヴァニタスの手を握り、「だ、ダメだよ」とヴァニタスを落ち着かせる。繋がれた手を見てヴァニタスは落ち着きを取り戻した。  「なんだ違ったか?  お前もこんな小言に反応して我を忘れるようであれば、まだまだだな。  ま、国王としてはいうことはできないが父親として言うのであれば”孫は別に見たいとは思っていない”とだけ言っておこうか。」  「そ、それは...」  「なに、孫はヴァドルがうまくやってくれるだろ。  お前はそもそも王位なんぞに興味が無いようだったからな。」  「それはヴァドルも一緒ではないですか?」  「ふっ。ここで言い返すということは認めるようなもんだぞ。」  「なっ...ち、違います!  今のはヴァドルも王位には興味がないって意味でして。  と、いうかヴァドルはどこにいるんですか?  コイツの魔法訓練の手伝いをお願いしていたんですが。」  御城はいくらヴァニタスでも父親には叶わないんだなとしみじみ感じながらも、ヴァドルという初めて聞く人名に興味を示していた。  話の流れからしておそらくヴァニタスの弟。と、いうことは第二王子ということになる。  (そうか、ヴァドルは第二王子か。  でもなんで第二王子に俺の魔法訓練の手伝いをお願いしてるんだ?  というかクーヴェルとヴァニタスの会話は少しまずいのではないか...  あれじゃ、ヴァニタスが俺を好きみたいじゃないか)  すると突然突風が吹いた。咄嗟に顔を覆った御城はその隙間から見える空に人影が見えた。その人影はゆっくりと御城に近づいていき着地をした。  「にぃさん、遅れてごめんよ。わ、父さんもいるじゃないか。  もしかしてタイミング悪かった?  あ、聖人様だ。はじめまして。ヴァドル・フォン・ヴェルドニアと申します。  よろしくお願いいたします。」  ヴァドルは御城の腕を取るとぶんぶん大きく上下に握手を交わした。それを見ていたヴァニタスの表情は曇り、それを見たクーヴェルはため息を吐いた。  あまりにも長く続く握手にしびれを切らしたのかクーヴェルが「やめんか」とヴァドルに釘をさし、御城の両手は解放されることになったが、それと同時にヴァニタスが御城の腰に手を回し抱き寄せると、ヴァドルを睨みつける。  「え、にぃさんもう手を出したの?はっや!え、ほんとに?  でも安心してよにぃさん。僕には婚約者がいるんだよ。取らないよ。」  「そういう問題じゃない。勝手に触れてくれるな。」  「えぇ...もう自分のものって感じじゃん...。  聖人様、嫌なら嫌って言ったほうがいいですよ?  ま、それはそうと聖人様。僕からも謝罪をさせてください。  この度は聖人様の都合など一切考慮することなく召喚をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。」  先程のチャラい感じから一変、ヴァドルは深々と頭を下げ、御城に対して謝罪を行った。こんな感じで謝罪をされるのは何度目だろうか。この世界に来てまだ3日だというのに御城は様々なお偉いさんに頭を下げさせている。  「ヴァドルさん、頭を上げてください。  もう過ぎたことです。それになんでヴァドルさんまで謝るんですか?」  「僕はこの国の第二王子だからね。国の犯したことには責任を持つ立場にある。  さらに言えば僕は魔法研究所所長でもある。あの時聖人様を召喚した召喚儀式を執り行ったのは僕だ。  本来であれば僕が一番に謝罪をするべきだった。」  頭を上げることなく、ヴァドルは御城に真実を話す。  魔法研究所所長と肩書を聞いて、御城の魔法訓練をお願いされたのに納得しつつ、異世界に人を召喚するほどの魔法を扱えることに驚きを隠せないでいた。  (そりゃそうだよな。  儀式っていってたから、神殿でお祈りするものを想像してたけど、この世界には魔法があるんだった。  そうか俺はこの人に召喚されたのか...)  「ヴァドル、頭を上げなさい。カエデ殿が困ってるじゃないか。  ヴァニタスもしれっと手を回さない。気持ちはわかるがヴァドルは取ったりしないさ。」  「はーい。」「...はい。」  本当に親子の会話だ。  しかも親子だけあって似ているし、全員が全員イケメンである。  クーヴェルは最初に出会ったときと同じで190cmを超える巨漢にファーのついた深紅のマントを羽織り、白色の軍服のような服。髪はシルバーに近いゴールドで短めに整えられている。胸板が厚くその鍛え上げられた胸筋は軍服の上からでもわかるほどだ。  ヴァドルはクーヴェルには届かないものの185cmはある高身長で、研究所という名前にふさわしく白衣のような白いコートを着ている。三人の中では一番の細身であるが、そんなことを気にさせないほどの人懐っこさを持ち合わせている。流石は末っ子。髪はクーヴェルと同様の色をしているが、唯一の癖っ毛であり、他の二人と比べると長めである。  ヴァニタスはいつもの白い騎士服ではなく、少しラフな格好でパンツこそ騎士服だが上は少し薄手の黒い七分袖でクーヴェル以上に筋肉が目立つ。身長はクーヴェルと同じかヴァニタスの方が少し大きいくらいで、鍛え上げられた逆三角形の身体は身長も相まって、男女関係なく魅了するだろう。髪色はほか二人とほぼ一緒なのだが、ヴァニタスは他の二人と比べてシルバーよりゴールドが強い。髪は長髪と言うには短く、短髪と言うには長いそんな長さだ。  つまりイケメンである。  そんなイケメンたちが至近距離に三人もいると、御城もそれなりに緊張してくる。  そんな御城は身長は175cmで黒髪短髪。痩せ型で手首や足首など動くたびに和服のから覗かせるその部位は所謂、骨と呼ばれるような細さではないものの、ヴェルドニア親子と比べるとかなり貧相なものである。  御城はいたたまれない気持ちになり、この状況を打破すべく声を上げる。  「あのヴァドルさんは魔法訓練に付き合ってくださるとかで来たと思うんですけど、クーヴェルさんはなにか御用があったんじゃないですか?」  「そうだった。  カエデ殿の様子を見に来た。というのが理由だがそれだけじゃない。  カエデ殿のご飯を食べに来たんだ。」  「え」  「いやな。  警備に当たってもらってる騎士団の話し声が聞こえてきたんだが、昨夜と本日の朝食の2食だけで近衛騎士団全員の胃袋を掴んだと話題になっていてね。  それで食べたくてここに足を運んだってわけさ。」  出会ったときから思っていたが、この王様は茶目っ気がある。というか自身の危険を考えていないのだろうか?  食事なら毒を盛ることもできるだろう。深く頭を下げて謝罪をしたときなんかどうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。  もしかして召喚された人間は全員善人だとでも思っているのか。  だいたい王様なら専属の料理人がいるだろうに。それをこの間召喚されたばかりの人間の料理が美味しいと聞いたからそっちを食べたいなんて言い出したら料理人泣くぞ?なんならその料理人から俺は怒りを買うことになるんですが?  なんてことを考えながらどう答えるか悩んでいると、意外にも口を開いたのはヴァドルであった。  「それ僕も聞いたよ。  おにぎりっていったっけ?夜勤の子に配って回ったんでしょ。  めちゃくちゃ喜んでたよ!研究所の入口警備してくれてる子が通る職員に自慢してたよ。」  「ほう、おにぎりというのか。  夜勤の子に配ったということはヴァニタスも食べてないのか。」  「俺は食べたぞ。」  「え、にぃさん夜勤しないじゃん。いつ食べたの?」  「今朝だ。コイツが俺に特別といってくれたんだ。」  「へぇ、特別ね。」  「やっぱりもうまぐわったのか?」  「してません!」 ■ ■ ■ ■ ■  魔法の訓練どころではなくなったため、騎士団寮に戻り早めの昼食準備をすることにした。もともと今朝、日中組に弁当を作る約束をしたところだ。早めに準備はするつもりでいた。  おにぎりが予想外の人気を得たため、弁当にはおにぎり。待機組にはビーフシチューを作るために大量にストックされていたであろう牛肉を使って牛丼を作ることにした。  丼物が続いて少し芸がないが、こればっかりは仕方がない。やはり人数が多いため一度にたくさん作れるものを作ってしまう。  牛丼の具のつゆを絞れば、おにぎりの具に入れてもいけるため、結果オーライかもしれない。  食堂にはすでに待機組が昼食を楽しみに待機していた。流石は待機組だ。まだかまだかと落ち着きがない様子だった。  しかし御城とヴァニタスの後ろに続く形で食堂に入ってきた国王陛下と第二王子を見て、落ち着きを取り戻し背筋を伸ばす。  ーなんで陛下とヴァドルさまがいるんだ。  ーいや、しらねーよ。  そんな会話が聞こえてきそうだ。  「おい、火はいつもの三箇所でいいのか?」  クーヴェルとヴァドルはてっきり、ヴァニタスは食堂についたら配膳されるのを待つばかりかと予想していたが、御城と共にキッチンへと入っていった。予想外の行動に二人は呆気にとられる。  クーヴェルは驚きを隠せず、向かい側の騎士にあれは何だと問いただす。  騎士は「団長、聖人様にべったりなんですよ。おそらく聖人様が火魔法が使えないので手伝ってるんだと思います。そういえば昨日一緒に風呂も入ったみたいですよ。」と回答。  それに対し「やっぱりすでにまぐわったんじゃないのか?」とクーヴェルは呟く。  1時間ほど経過しただろうか。食堂にはいい匂いが充満していた。その匂いに耐えきれず、騎士たちは椅子から立ち上がりカウンター越しにキッチンを覗き込む。  そんな様子がおかしくて御城とヴァニタスは目を合わせ微笑んだ。  出来上がり、全員に配膳が完了したところで一斉に牛丼を食べ始める。  5分も立たないうちにほとんどの騎士たちは席を立ち、二杯目を注ぎに行く。その列にはクーヴェルも居た。  「いやぁ、本当に美味しかったよ。  騎士たちが噂するものわかるね!」  「いいなぁ。ねぇ聖人様!研究所でもご飯作らない?」  「ダメだ。コイツは騎士団のものだ。」  「...にぃさんって結構強いよね。」  「それなりに鍛えているからな。」  「...そうじゃないよ」  そんな会話をしていると、小皿に乗ったおにぎりが配膳されてきた。  御城は微笑みながら「1個なら入りますか?」と差し出す。  「これがおにぎりかい?」  「そうです。中身はさっきの牛丼を一緒なんですけど、食べやすさが違います。  あとは冷えても美味しいのが特徴的ですね。」  初めて食べるおにぎりにクーヴェルとヴァドル、そして騎士たちは感動していた。  食べ終えるとまた騎士たちが洗い物を率先して対応してくれた。  その間御城はヴァニタスにお願いして、警備中の騎士たちにおにぎりを届けることになった。その話を聞いていたヴァドルが提案をしてくれた。 ■ ■ ■ ■ ■  「なんだ、あれ?」  警備に当たっていた騎士が目にしたのは、宙に浮く二人の王子とその長男に抱えられる聖人様であった。抱えられた御城は耳を真っ赤にしているが、それ以上にヴァニタスのドヤ顔が目立つ。  ゆっくりと騎士たちの前に降り立ってもヴァニタスは御城を降ろしはしないため、御城は仕方なく抱えられたまま、「きょ、今日の弁当です!」と声を裏返しながら騎士におにぎりを配っていく。  「どうだ?ヴァドルはお前と同じ嵐の属性だ。  慣れればこうやって空を飛ぶこともできる。」  「す、すごいんですけど、なんで抱えられてるんですか?」  「...安全性だ。」  「そ、そうですか...」  やっぱり魔法ってすごいんだなと感じながら、降ろしてくれないことに諦めを覚えつつ午後からの予定を確認する。ヴァドルが訓練を見てくれる手筈だったが、魔力になれることを優先するべきという指示が出た。  ヴァドルと別れた後、訓練所へ向かいヴァニタスはまた御城に魔力を流すことにした。  午後3時間連続で魔力を流され続けた御城はその気持ちよさに耐えきれず、ヴァニタスの腕の中でその日は意識を飛ばした。  訓練所で自主練をしていた騎士たちは途切れ途切れで聞こえる御城の喘ぐ声を聞かないように必死だったらしい。

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