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第43話「僕は早くも胸がいっぱい」
【1月4日日曜日16:00】
フェイジョアホテルへの到着は16時ギリギリになってしまった。
慌ててエントランスに入ると、何やら行列が出来ている。
「なんだろう?」
覗いてみると、行列の先には僕の椅子があった。
真っ赤な毛氈(もうせん)が敷かれた低い台の真ん中に、椅子が鎮座している。
椅子の周りには「花」というより、存在感ある「枝」が縦横無尽に配置されていた。
僕は植物の名前に疎いけれど、近くにいたおば様方の話によると、雲竜柳と蝋梅、それからフェイジョアが主に使われているらしい。
椅子は、座れるように設置され、行列の人々は順番にそこに座り、撮影をしていたのだ。
「どうだ、いいだろ」
突然、背後から声をかけられ振り向けば、華道家の柳田さんが着物姿で立っていた。
「はい、とっても……。ありがとうございました」
写真を撮る人々はみんな笑顔で、座りながらアームの曲線を撫でてくれている。
枝も椅子も、互いに引き立てあっていた。
「あそこ、見てみろよ」
柳田さんが指さす緋毛氈の右端には札があり、綺麗な字で名前が書かれている。
『椅子職人・風間キヨチカ、華道家・柳田ムネツグ』
それがシュウの字だと、僕はちゃんと気が付いた。
「あぁ、こんなところに……。キヨチカさん、早くお着替えをしてください」
「あっ、長谷川さん。明けましておめでとうございます」
「今、そんな挨拶をしている暇はありませんよ。これ、オーナーの部屋のキーです。急いでください」
「は、はい」
僕は急かされて、その場を離れた。
—
用意されていた三つ揃えのスーツに着替える。
着慣れないから、似合っているのかどうかもわからず、姿見で何度も確認してしまう。
ドアベルが鳴り、来客を知らせる。
長谷川さんかシュウだろうと思ってドアを開けると、知らない男性が立っていた。
「オーナーのご依頼でヘアスタイルを整えさせていただきます」
「え、あっ、はい。お願いします」
整髪料で僕の髪が、整えられてゆく。
髪型がきちんとすると、さっきよりもスーツがしっくり馴染んで見えた。
「あの、スーツの着方、おかしくないですか?」
「そうですね。ちょっと失礼します」
美容師さんは、スーツのジャケットの裾を背中側に引っ張り、ネクタイも直してくれる。
「これでよろしいかと」
そのとき、またドアが開き、シュウが現れた。
入れ替わりで美容師さんは、退室する。
「キヨ。うん、とっても良く似合っています。私の見立て通りでした」
「シュウも、タキシード姿、すごく格好イイ!」
「エントランスの椅子は、もう見ましたか?」
「うん。皆が座って写真撮ってくれてた。嬉しかったなぁ」
「あまり人が多く並ぶので、係の者を配置したところです」
僕は胸がいっぱいになった。
「キヨ。感極まるのはまだ早いですよ。これからいよいよ授賞式です。差し出がましいかもしれませんが、これ、名刺です。電話番号はキヨのスマホ、住所は軽井沢の別荘になっています」
「僕の、名刺」
「フリーでやっていくにあたって、こういう場は仕事を得るのに最高の機会ですから」
やっぱりシュウはすごい。
僕よりもずっと視野が広く、先の先まで物事が見えている。
今日のシュウの振る舞いから、僕は多くを学ばなくてはいけない。
そう思うと、気が引き締まった。
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