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§12 歓待の花吹雪
ゼフィロス王国へ入り小さな村をいくつか通った後、最初の街で一泊を過ごした。元から予定に組み込まれていたのだが、恐らくグレン様とミレイさんが俺の身体の疲れに気を遣ってくれたのだと思う。
スフェーンと比べると空気が少し乾燥しているように感じた。鼻孔をくすぐる異国の匂いに、新しい土地に来たのだと改めて実感する。
領主との食事会では緊張してろくに喋ることができなかったが、丁寧におもてなししていただいて心が温まった。
鷹獣人の領主は奥様と一緒に料理をするのが好きらしく、振る舞ってくださった手料理は全て美味しかった。
グレン様から俺がゼフィロスの食べ物や文化に興味を持っていることを領主に伝えてくださると、嬉しそうに料理に使っている食材について解説してくれたのもありがたかった。
その日の夜はグレン様とは別々の部屋が用意されていて、ちょっぴり拍子抜けした。
ミレイさんに「城に着いてからも最初は別々の部屋を用意していますのでご安心くださいね」と言われたが、どう返して良いか分からずモゴモゴと要領を得ない返事をしてしまった。
「嫌ではないです」と言うのが恥ずかしくて言えなかったなど……それを改めて言う方が恥ずかしいのではないか?と後になって気づく。時すでに遅しとはこのこと。
俺はその夜一人ベッドの上でのたうち回って思考を逃すのに必死だった。
その翌朝、街を出発してたっぷり4日かけて王都へ到着した。
道中で宿泊した街の領主の中にはグレン様の強さと統治について熱く語ってくれる方も多く、それだけグレン様と家臣の努力が認められているのが素晴らしいと思った。
グレン様はもうやめてくれと言って気まずそうにしていたけれど。
話を聞くたび、グレン様への尊敬の念が深くなっていく。
同時に、彼ほどの偉大な人物の隣に立つ自分は、果たして相応しいのだろうかと不安の影が差し込む。
王都に入ると驚きの光景が広がっていた。
「ライゼル王子~!!」
「お待ちしてました~!!」
「グレン様結婚おめでとうございまーす!」
「ライゼル王子、すごく綺麗~!」
スフェーンの民が見送ってくれた時と同じかそれ以上のお祭り騒ぎの歓待を受けた。
王都の道は石畳が続き、両脇に建ち並ぶ建物の壁は長い歴史を物語る色をしていたが、そのすべてが色鮮やかな旗や花で飾り付けられていた。
あまりに驚いたので馬車の窓から呆けた顔で手を振ることしかできなかったが、それだけでも歓声があがった。
耳をつんざくような人々の熱狂的な歓声と、胸の奥で高鳴る自分の鼓動とが混ざり合う。馬車の窓枠を握る手が、微かに震える。
一体どういうことかと思いグレン様の方を見る。
「あの、グレン様……何故ここまでゼフィロスの民は私のことを歓迎してくださるのでしょう……?」
「驚かせて申し訳ない。私もここまで準備しているとはいざ知らず。“花守の騎士”の異名はゼフィロスでも有名なのですよ。それこそミレイを助けていただいたこともありますが、それ以外にも王子だというのに気さくに農家と一緒に農作業に勤しんだり、市井で困ったことがないか話を聞いて回るあなたを見ていたのはスフェーンの民だけではなかったということです」
確かにそれはスフェーンでの俺の日常だった。ほぼ鍛錬の一環ではあったけれど。
子どもの頃から王都や周辺の村々へ足を運んでいたので、民たちも俺のことを恐れず色々と教えてくれた。そこで得られた情報は回り回って兄さんたちの役に立ったこともある。
また、自国の民と話すのはもちろん、商いでゼフィロスから足を運んでくれる商人達にも色々と話を聞かせてもらうのが楽しかったのだ。
「とても、嬉しいです……」
「何よりです。皆も喜びます」
上手く表現する言葉が見つからず両手で口許を抑える。そうしないと泣いてしまいそうな気がしたからだ。目頭が熱くなり、視界が滲んだ。
自分で望んだとはいえ、やはり心のどこかでゼフィロスで受け入れてもらえるのか不安だったのだと気づく。
たとえ受け入れてもらえずとも働きを見せていつか認めてもらえれば……と覚悟を決めていたが、こうして温かく迎えてもらえるのは素直に嬉しい。
ついに馬車は王城へ辿り着き、グレン様のエスコートで馬車を降りる。
ゼフィロスの城はスフェーンと比べると色が暗く、守りに重きを置いた造りに見える。そして高さもある。威風堂々たるその姿は、堅牢な意志を感じさせた。高い建物がいくつかあり、見上げた先には綺麗な春の青空が広がっている。
グレン様の瞳の色とよく似ているな、と思った。
「ライゼル様、ようこそゼフィロス王城へ」
スッ、と静かな足運びで前に出てきたのは黒豹獣人の男性。
背筋を伸ばした立ち姿には、寸分の隙もない緊張感が漂っていた。
グレン様とほぼ変わらない高い背に似合う膝元までのジャケットは毛と同じ漆黒で全体のまとまりが意識されている。
「初めまして。私は宰相のジェイド・ソノラと申します」
「! ではあなたがミレイさんの……」
「いかにも。ミレイの兄です。いつぞやは彼女の命を助けていただき、誠にありがとうございました」
ジェイドさんは深々と頭を下げてお礼を言ってくれる。
その動きは水が流れるように淀みがなく、顔を上げるように伝えると美しい所作で姿勢を正し、真っ直ぐにこちらを見てくれる。
顔や視線は正直に言えば近寄りがたい印象だが、その声色や雰囲気は柔らかい。
近寄りがたい見た目の下に、妹を想う優しい心があるのだろうと感じ取れた。
「初めまして。ライゼル・スフェーンと申します。これからお世話になります。至らぬところも多いかと思いますが何卒ご指導のほどよろしくお願いいたします」
挨拶と共に頭を下げると、王城に仕える者たちが小さくどよめく。
「ライゼル様、私どもに礼は不要です。貴方様はこれより我が主人の伴侶となる御方なのですから……!」
「ジェイド、そういった細かいことは良い。ライゼル王子にはのびのび過ごしてもらいたいのだ」
「しかしですね……」
「ライゼル王子は早く王城の者や民たちとの交流を持ちたいとお考えだ。それには慣習が邪魔になることもあるだろう。皆の敬意はしっかりライゼル王子に伝わっている。それで十分だ」
「……かしこまりました」
グレン様が微笑んで俺を見る。意向を汲んでジェイドさんに伝えてくださったのはありがたい。
「兄上、あまりライゼル様を困らせないでください」
「困らせるつもりなど……」
近くに来てくれたミレイさんからチクチクと小言を言われたジェイドさんは尻尾を垂らしている。その黒い尻尾が、ペタンと地面に落ちるのが見えた。
仲睦まじいきょうだいの様子に、改めてミレイさんをお守りすることができて良かったと思う。
そこで、ヒヒーンッ!!と甲高い馬の鳴き声が響いた。その声は、春の雷鳴のように突然に。
「アリュール! いい子にしていたかい?」
「ブルブルルッ!」
「いやぁ旦那、時々旦那を乗せて走りたかったのか、立ち上がって暴れるんで大変でしたよ」
「アリュールがなんと言っているかは知りませんが、あまり甘やかさないでください」
アリュールを連れてきてくれたのはブラスとティラだ。そう、なんとこの二人と一頭もゼフィロス王国へ着いてきてくれたのだ。
これもグレン様の計らいで、自分一人でゼフィロスへ行こうとしていた俺に、「好きなだけ私兵を連れてきていい」と言ってくれたのだ。
“好きなだけ”と言うのは文字通り好きなだけで、騎士団丸ごとでも一向に構わないと冗談混じりに言っていたが、あれは雰囲気から察するに本気だった。
そこで俺が頼んだのはブラスとティラだ。もちろん二人にはお願いしてみて断りたかったら遠慮なく断ってくれと伝えたのだが、即答で快諾してくれた。
そして相棒でもあるアリュールを連れていくことをグレン様にお願いしたところ、一向に構わないと許可をいただいた。
アリュールは知らない国に来たと言うのに体調を崩すこともなくもりもり食事を摂っていて、どこにも不調がないと報告を受けていた。
実際、身体に触れてみても違和感はなく、甘えん坊なところも変わっていない。アリュールの艶やかな毛並みに頬を寄せると、故郷の匂いがした。
「アリュール、これからはこの城でお世話になるんだよ。くれぐれも皆さんを困らせないようにするんだ」
「……ブルッ!」
「今、ちょっと間がありましたぜ。絶対言うこと聞かないですよ」
「同感です」
そんな俺たちのやりとりに、グレン様をはじめとしてみんなが笑ってくれた。
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