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§25-1 訓練場にて

   執務室のある塔から出て、歩いて行ける距離に騎士団の訓練場がある。  遠くから聞こえる剣戟の音と兵士たちの掛け声に胸が高鳴る。 「ブラスとティラはすでに訓練に混ざっていると聞いた。うちの兵は相手として不足ないか?」 「またまた。ゼフィロスの兵士の皆さんはとてもお強いですぜ」 「個々の力量もですが、集団戦になった時の爆発力は素晴らしいと思います。特に隊列の種類の中では……」  訓練場に向かう道すがら、グレンとブラスとティラの三人で兵と戦闘に関する意見交換が盛り上がっている。  ブラスとティラはスフェーンの騎士団で隊長を務めたことがあるので、兵の指揮にも詳しい。  そのあたり俺は個人でうろちょろ動き回ることが多く、隊の指揮はブラスや騎士団長のドノヴァンに任せっぱなしだったのであまり言えることがない。 「スフェーンの隊の動かし方は独特な形態がいくつかあったな」 「それもこれも、ライゼル様が暴れてくれるおかげで成り立ってたんです。なぁティラ」 「えぇ。騎士団長のドノヴァンも策を考えるのが楽しくて仕方ないと申しておりました」 「そうだっけ? ドノヴァンには叱られたことしか覚えていないよ……」  ノグタムから侵攻を受けた時の防衛戦ではほぼ毎回、「お前も王子なのだから最前線で暴れるのは大概にせんか」と叱り飛ばされていた。剣の弟子でもある俺を心配してくれたのだとは思うけれど。    戦場では相手を引き下がらせることと、なるべく味方の戦死者を出さないようにすることを優先していたので自分の身はどうしても後回しになっていた。  記憶を懐かしんでいると、訓練場に到着した。中へ進むとちょうど騎士団長のフーベルがいる。 「これはこれは、グレン様にライゼル様、お疲れ様でございます!」 「突然で悪いな。今日は執務が早く片付いたのでライゼルと一緒に身体を動かしに来た」 「嬉しいですなぁ。おいお前ら! 王とライゼル様が稽古をつけてくださるぞ!」  フーベルのよく通る声を聞いて、兵が一斉にこちらを振り向き雄叫びをあげる。ものすごい迫力だ!地響きのような声が、足元から身体の芯を震わせる。  戦では隊の士気を上げるために声出しも大事だから、頼もしいな。  隊ごとに綺麗に整列した兵は100前後だろうか。皆グレンに期待の眼差しを向けている。 「グレン様、ここにいるのは三隊ですがどのような訓練がよろしいでしょうか」 「そうだな……俺とライゼルが一隊ずつ相手しよう。こちらは模擬剣を使うがお前たちは普段から使用している武器で構わない。魔法も使って良い。俺たちは状態異常系と広範囲魔法は使わないことにしよう。お前達は玉を守れ」 「なかなかの縛りですな。お前たち、二人に広範囲魔法を使わせられるように気合を入れろ!」  内心、「縛りが多くないか?」と焦ったが、まずはグレンがそう言った理由を探してみようと兵を観察してみる。一人一人の顔つき、立ち姿、鎧の着こなし。  すると、なるほどと思える点が見つかったので俺は異議を唱えることなく位置へつくことにした。  俺もグレンの身を守る者の一人として鍛錬を欠かさないようにしなければ。 「手間をかける」 「そんなことはないよ。初心忘れるべからず、でしょう?」 「あぁ」  意図を汲んだ俺にわざわざお礼を言うグレン。  言葉を交わしながら、手首に巻いていた紐を解く。流石に髪を下ろしたままでは戦いにくい。  俺は髪を頭の後ろの高い位置で結い上げた。首が風にさらされて気持ちが引き締まる。  俺の右側にグレンがいる。二人並んで剣を持つのはスフェーンでの防衛戦以来だ。  否が応でも昂る心を落ち着かせようと深呼吸をする。隣から伝わる静かな闘気が、心地よい緊張感となって俺の神経を研ぎ澄ませていく。 「久しぶりだな」 「あぁ、久しぶりの共闘だ」 「違う、その髪型だ。やはり似合っているな」 「……頑張って集中しようと思ってるんだけど」  流し目に込められた熱で、火傷しそうだ。昂っているのが自分だけではないことは分かった。 「では、始めッ!」  フーベルの号令で第一隊目との模擬戦が開始された。  渡された模擬剣は相棒の剣よりも少し軽く、もちろん持った感触が違う。柄を握り込むと、慣れない革の感触が掌に伝わる。  向かってくる隊の最前列は盾兵中心の構成で力がありそうだ。囲まれると面倒だろう。    俺はグレンに何も言わず前に出て走り出す。最前列の左側三分の一ほどに狙いを定める。俺が早めに動くことは予測できていなかったのか、残りの三分の二が気を散らしたのを察知する。……だめだよ、それじゃ。 「うわぁッ!」  後方から悲鳴が聞こえる。グレンが魔法も使わず兵達を蹴散らしているのが見なくても分かる。  鎧がぶつかる鈍い音と、呻き声。俺は前だけに意識を集中する。分断された時の対処法を学ぶのは大事だ。  俺は残った最前列三分の一が先にやられた仲間達の援護に行くのを防ぐ。盾の使い方がなっていない。そこまで力の強くない俺で、しかも模擬剣で軽々といなせる。    針と糸で布を縫うように間をすり抜けて各人の急所を叩く。模擬剣だと切れないから、どうしても叩くような攻撃になる。  俺よりも体格の良い兵ばかりなので、立ち上がれないよう力は強めに入れさせてもらう。  その場の兵を落とした時、グレンが魔法を発動する気配を察知する。 「ローデ・スウォゲル〈鏡の灯籠〉」  俺は詠唱を聞いてすぐにグレンから目線を外し足を動かす。  時間にして数秒。 「そこまでッ! 勝者、グレン様とライゼル様」 「旦那やるぅ~」 「さすがは我が主」  フーベルが決着を告げ、ブラスとティラが拍手をしてくれている。  グレンが使ったのは炎属性の目眩し魔法。  俺は敵が目を開けられなくなった一瞬のうちの駆け出し、“玉”の首に模擬剣を突きつけたのだ。  やられたぁ、と敵役の兵達が項垂れている。グレンは楽しそうな様子で俺のところに来る。 「さすがだな。俺の魔法はもう全て頭に入っているのか」 「完全に自信があるわけじゃないからね。本番で分かりにくい即興はだめだよ」 「即興をするなとは言わないところが、我が伴侶の懐の深さを物語っているな」  俺の顔の前に一房落ちてきていた髪の束を掬い、耳にそっとかけてくれる。少し汗で湿った肌を、彼の指先が掠めていく。そしてその場で1回転するよう言う。  何かと思ったら、怪我をしていないか確かめているらしい。怪我をしたら流石に自己申告するのに、信用がないのだろうか。  よし、問題ないなと確認したグレンは、フーベルに次の隊を呼んでくるように声をかけた。  その後も二隊と模擬戦をした。結果は俺とグレンの全勝。内容を振り返っても圧勝と言っていい。その結果には明らかな理由があった。 「まあお前らはまだ“実践経験が無い”からな! それにしては強者二人相手に善戦した方だぞ! お前達はこの国の未来。ここから日々励むのだ!」  そう、今日俺たちが相手をしたのは騎士団に入団して1年目の隊だったのだ。  ゼフィロスの騎士団に入るには入団試験を受けなければならないが、それほど試験内容は難しくなく間口が広い。それはグレンの歩んできた過去も関係があるらしい。  汗を光らせ、悔しさと憧憬の入り混じった目でこちらを見る若者たちに、かつての自分を重ねる。  まだまだこれから伸びる小さな芽だ。土も太陽も雨も味方にして大きくなるように祈る。

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