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§25-2 訓練場にて

   フーベルの総評で本日の訓練は終了のようだ。  正直、まだ体が動かし足りない。筋肉がまだ熱を持ち、もっと動きたいと疼いている。  久しぶりにブラスとティラを誘って模擬戦でもやろうか、などと考える。 「ライゼル。まだ動けるな?」 「え? もちろん動けるけど……」 「一戦どうだ?」 「……やる」  俺とグレンのやり取りを聞いた周りの兵達が「ヒュー!!」と歓声を上げる。  ブラスとティラ、フーベルもわくわくした表情で煽ってくる。 「ルールは?」 「手抜き無しの全力勝負がルールだ」  訓練場の端に置いていたはずの愛刀を渡される。しっくりと掌に馴染む柄の感触。準備がいいね。  グレンと、真っ向勝負ができるなんて。これまで生きてきた中で最高潮に胸が高鳴る。血液が体を早く巡り、視界が冴えている。    けれどそれは俺だけじゃないみたい。いつもはふわふわと柔らかいグレンの体毛もチリチリと逆立っている。そして何より顔が悪役顔になっているのに満面の笑みで怖すぎる。  お互いに距離を取る。もうすぐ日が暮れそうな頃合いだ。西日に照らされた城の影が伸びている。傾いた太陽が、二人の影を長く、長く訓練場に引き伸ばしている。 「はじめッ!」  フーベルの合図で、二人同時に動き出す。さっきグレンが耳にかけてくれた髪一束が、またつるりと落ちる。  グレンだったらどう動くか、予測するのは難しい。並んで戦ったことはあるが相手をするのは初めてだ。  しかし、俺の知っているグレンなら……。 「トゥア・ラフエンサス〈流鉱の旋回〉!」 「やるな……!」  魔力を一気に温められる限界まで熱し、地面を自由自在に変形させる魔法を発動した。もちろん効果範囲は限られる。  まぐれだが勘が当たり、まっすぐ懐に飛び込んでくるグレンと距離を取ることに成功した。グレンは剣を交えるために距離を詰めてくるだろうと思ったのだ。  魔法はすでにいくつか見ているから、剣を交えたいと思っていそうだなと予想したのだが、そのまさかだ。  その体躯に似合わない俊敏さで、変形して動きを止めようとする土から逃げる。 「それなら!」  俺は土を蟻地獄の形に変えた。これで逃げられないはずだ。 「――ユファル・メノルト〈炎花森厳〉」 「うっ」  グレンの足元に火の花が咲く。ものすごい火力で、逆流した風で体が吹き飛ばされる。 「逃がさん」 「火力強すぎ……!」  ついにグレンの剣が俺の間合いに入ってきた。キィン、と甲高い金属音が耳をつんざく。真正面で受けても勝機は期待できない。  俺は受け流しながら間合いを空けるために後ろへ下がるか迷った。  しかしそこで突然、剣の師匠であるドノヴァンの声が頭の中で響く。 「迷ったら前に出ろ」  懐かしい怒声を思い出し、俺は一歩前に踏み出した。  意外だったのかグレンは少し剣を引いた。その一瞬を見逃さない。その隙に俺は太刀筋を変えながら切り込む回数を増やしていく。  グレンの剣は俺の剣より大きく重い。一撃一撃が、腕の骨まで響く。もちろんそれだけの力を持っているからなのだが。  俺の剣は極々平均的な大きさと重さだ。早く振れるかは鍛錬である程度変わってくる。 「ハッ!!」 「……グ、」  グレンの剣を支点に利用し、飛び上がる。剣を差し込みながらグレンの背後に宙返りして着地する。  剣を持たない手に仕込んでいた氷で作った短剣を後ろ首に突きつけた! 「――そこまで! この勝負、引き分け!」  フーベルの声を聞いて、二人で深く息を吐きながら笑う。  とどめを刺したかのような俺だったが、グレンは後ろ手で風魔法の円形の刃を作っていた。  このまま続ければグレンの首を後ろから落とせても、俺の上半身と下半身が真っ二つにされる。  グレンから差し出された手を握り返す。観ていた皆は拍手喝采しながら各々の感想を述べている。  突然、グレンに腕を引き寄せられ、彼の胸にすっぽり収まる。汗と土の匂いに混じって、興奮した男の匂いが濃く香った。 「今夜は、なかなか熱が引きそうにないな」  俺にしか聞こえない声で囁く。  ……俺だけじゃないんだ。彼の胸板越しに、俺と同じくらい速く脈打つ鼓動が伝わってくる。  さっきから身体の熱が抜けない。風邪を引いた時とはまた違う。無性に身体の芯が疼くのは、戦いの後に時々訪れる感覚だ。 「もし困ることがあれば、遠慮なく呼んでくれ」 「呼ばないよ……ッ」 「強いところはたくさん見てきた。そろそろ弱いところも見せてくれると嬉しいのだが」  低音が鼓膜を揺する。熱い吐息が首筋にかかって擽ったい。  思わず距離を取るためにグレンの胸を押し返そうとするが、腰に手を回され阻止される。びくともしない腕は、まるで鋼のようだ。  みんなが見ているのに一体何を……!? 「それを見られるのは困るのではないか?」 「黙って……っ!」  尚も抵抗する俺に痺れを切らしたのか、グレンは軽々と持ち上げて肩に担いだ。ぐらり、と視界が反転する。これじゃあまるで纏められた干し草みたいじゃないか……! 「ライゼルは腹が空いて動けないらしいので、俺が担いで行く。それでは皆、今後の訓練も励むように」 「はい!」  爽やかな返事が訓練場に響く。  俺は抵抗するのを諦め身体の力を抜いた。彼の硬い肩が、ごつごつと腹に当たる。どうせなら体重をかけてやろう。  明るく手を振って見送ってくれる騎士たちに、グレンの肩に乗りながら緩慢に手を振り返すことしかできなかった。 「ティラ」 「どうした」 「旦那のケツ、結婚式まで保つかな」 「皆まで言うな」  頼りになるはずの家臣二人も無策。最強の護衛に主を任せ、遠い目で主の無事を祈るのだった。

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