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§27-1 愛に溺るる花筏*

 グレンは目を見開いた。  その空色の瞳が驚きに震える様は、夜空の星が一瞬強く輝くようだった。  胸の奥に張り詰めていた堰が決壊し溢れ出す水のように言葉を零す。 「グレンになら、心も身体も、全部曝け出せるから……っ」  言い終わると同時に身体を引き寄せられる。  分厚い胸板に押しつけられ、太陽のような匂いに包まれる。グレンの鼻先が首筋を掠め、小さく声が漏れる。 「俺も同じだ、ライゼル……お前になら俺の全てを捧げられる。命さえも」  グレンも、俺と同じ気持ちなんだ。  低い声が胸骨を震わせ、まるで鐘が打ち鳴らされたように心に響く。  喜びと安堵の波が押し寄せて涙が溢れる。グレンはそれを優しく指で拭う。爪先が当たらないように、宝石を扱うみたいな細やかさで。  心の奥底から大切にされているのが伝わり、胸がさらに熱を帯びる。    空色が俺をまっすぐに見る。   「好きだ、ライゼル」 「俺も、グレンが好き」    自分の欲を曝け出すのは時間がかかったが、グレンに気持ちを伝え返すのはすぐにできた。  気持ちを模る言葉は、胸の奥で長い間閉じていた蕾が一気に開花するように零れた。  ……俺は、この気持ちを早く伝えたかったんだな。 「もっと早く言葉にして伝えるべきだったな」  耳をぺたっと倒すグレンに首を振る。  狼のように強いはずの人が、こんなふうに耳を伏せて見せる姿が愛しくて、胸が締め付けられる。 「すごく、嬉しい」 「あぁ、俺もライゼルが同じ気持ちで嬉しく思う」  大きな手が首後ろに添えられ、ゆっくりとグレンの顔が近づいてくる。吐息が触れ合うほどの距離。視線が絡み合い、逃げ場はない。  間近で空色とイエローグリーンの視線が交わる。    優しい優しい口づけは少しずつ角度を変えて唇の形を覚えるようになぞっていく。羽根のように柔らかく触れた唇は、まるで刻印を刻むように存在を確かめていた。    生まれて初めてのキスは、死ぬまで忘れることのない記憶になりそうだ。 「小さくて、柔らかい。気を抜いたら怪我をさせそうだ」 「いい……気にしないで」  グレンは加減してくれている。俺にだってそれくらいは分かる。その優しさが、余計に欲を掻き立てた。 「もっと、欲しい」 「……あまり煽るな」 「俺、初めてだから、グレンに全部教えてほしい……」 「……初めて、って、セックスがか」 「……キスも」  グレンの目がカッと見開かれる。星のように輝く瞳が、大きな熱を宿して揺れる。 「先に言っておいてくれないか……」 「だって、グレンは経験あるんだろうし……勝手に嫉妬してるだけだから許して」  俺の言葉を奪うようにグレンが口を開いて唇を食べる。  優しく、けれど有無を言わさぬ舌の動きで俺の唇をこじ開ける。分厚い舌が唇を舐めて俺の舌に絡みつく。 「んんっ」  息が苦しい。心臓が狂おしいほど喜びで満たされる。苦しささえも甘美で、胸の奥が幸福に焼かれていく。 「息をしろ」 「ん、むり……」   仕方ない、という様子でグレンは俺の顔中にキスの雨を降らせる。額や頬、瞼に降る口づけは、まるで流れ星が降り注ぐようで、意識が眩む。     その次は耳介に優しく歯を立て、溝をくまなく舐められる。くすぐったさに甘く悶えて喉が鳴る。思わず逃げるようにして腕を突っ張るが許されるはずもなく。  がっしりと背中に腕を回されて今度は鎖骨から首、顎先にかけて丁寧に味わわれる。 「あぁッ、ん」 「フーッ……」    グレンの息が熱い。その熱は炎のようで、触れられた部分を赤く灯していく。 「言っておくが……俺も好いた相手とこういうことをするのは、初めてだ」  熱い吐息に混ざって蒸発してしまいそうな声で、俺に囁く。こういう時でさえ、不器用で誠実だ。  グレンほどの男が全く経験がないとは思っていない。彼がくれた言葉だけで十分だ。 「ふふっ……そういう正直で誠実なところが好きだ」 「ずいぶん余裕そうだな?」 「え? ……あっ、ちょ、ンンンっ」  手が脇腹から腰にかけて撫で下ろされ、背筋を柔い快感が走る。触られただけなのに、と思っている間にグレンの舌が胸を弄り始める。    初めての快感が、胸から全身へと花火のように弾けていく。胸で快感が得られるなんて知らなかった。頭の中に疑問と突きつけられたくすぐったい感覚で訳が分からなくなる。 「グレンん……」 「可愛い声で呼んでも辞めてやらん」  快感の波打ち際で足踏みする俺を、グレンはぐっと引き込もうとする。大海に引き戻されるように、抗う余地なく深みへと呑まれていく。    グレンの舌が再び咥内に差し込まれ、上顎を撫でる。力の入った舌先で撫でられる度に唾液が溢れる。飲み切れなかった唾液が口の端から銀糸を作る。    ベロリ、と味わうように舌なめずりをして獲物を狙い定める視線に射すくめられる。  その瞳に捕らえられた瞬間、背筋が震え、胸の奥で熱がじわじわと広がる。支配される恐怖よりも、抗えない甘さに心が溺れていく。  ――――食べられる。   胸の高鳴りは恐怖ではなく、期待のせいだ。  ついさっきまでの自分なら、なんて浅ましいのだろうと卑下していただろう。  しかしもうそのようなことは考えない。    求められる悦びを知った。そして俺はそれに応えたい。ただ、それだけでいい。  俺は自分からグレンの咥内に舌を差し出す。少し驚いたのか、ンッ!とグレンの喉が鳴る。その低い響きが俺の咥内から喉奥にまで伝わってくる。    今まで見たことのない反応に気をよくした俺は、上半身の体重をグレンに預け、ズボンの金具に手をかけた。  布越しでも分かる重厚な質量にびくびくしながらも、なんとかグレンの欲を空気に晒す。 「大きいな……」 「見過ぎだ」  顎をクイっと持ち上げられ、見つめるのを妨げられる。舌同士を繋ぎ、視線を絡めると頭の奥でじりじりと電気が走る。  両腕を掴まれて肩に回すよう促される。大人しく従うその間も、俺はグレンの舌に吸いついたまま。    グレンの膝上で真正面に向かい合い隙間なく身体を密着させていると、彼の隆々とした腹筋や胸板をありありと感じられる。

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