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§29-1 お忍びデート
「もう一つライゼルに提案があるんだ」
「なに?」
「今日の夕方、一緒に鍛冶屋へ行ってみないか?」
「……行きたい!」
グレンからの提案に俺は飛びついた。
ゼフィロス王国は武器製造の分野で高い技術力を持っている。獣人は強い力を生かして鍛治職人を志す者が多いのだとか。
もちろん俺も剣を持って戦う者の端くれとして、武器や防具には興味関心が強い。
「そうか。では一応顔を隠してにはなるが、二人きりで行こう」
「いいのか?」
問いかけの意味は、護衛を連れて行かなくていいのかということだった。
「ジェイドとミレイにも言ってあるから問題ない」
「そうなんだ。……二人で出かけるのは初めてだな」
自分が伴侶と一緒に城下を歩くなんて、スフェーンにいた頃は想像していなかった未来だ。
「そう遠くない場所にあるから歩きで行こうと思うが、良いか?」
「うん。楽しみだ」
笑みを浮かべる俺に、グレンはまだ何か言いたそうな顔をしている。首を傾げて見つめると、少し緊張した様子で話し出す。
「もし、良ければだが。……結婚の記念に、剣を贈らせてほしい」
剣? 俺は数秒思考が止まり、グレンの言葉を噛み砕く。
グレンが俺のために剣を……?
胸が高鳴るどころではない。歓喜に溺れそうだ。
「すごく……嬉しい」
「今の剣に愛着があるのではないかと、迷っていたんだが」
「もちろん大事だ。けど、今の俺がもらって一番嬉しい物なら、間違いなくグレンが見立ててくれた剣だと思う」
「そうか、よかった」
安心したように微笑むグレンを抱きしめる。抱き返してくれる大きくて温かい身体。
そこで俺はふと思い立つ。
「俺もグレンに何か贈り物がしたいな」
「もう充分過ぎるほどたくさんのものを貰っているから、気にするな」
「だめだって。もう決めた」
「はは、分かった分かった。無理はするなよ」
グレンは、一度決めたら行動する俺の気質を理解してくれているから、それ以上強く止めようとしない。どんなものを贈ろうかと考えながら、夕刻を楽しみに待つことにした。
オレンジの実に葡萄酒を零したような夕陽を眺めながら、グレンと一緒に城を出る。
城の隠し通路からこっそりと外へ出た。城下から少し離れた林へ出られる隠し通路は、歴代の王と側近にのみ教えられてきた通路だという。
グレンのことだ。恐らく隠し通路の存在も俺に教えておきたかったのだろう。使わなければならない事態が起きないことを祈る。
林を出て少し歩き、城下へ入る。お忍びなので二人ともフード付きのマントを着てきた。
夕飯時なのもあり美味しそうな匂いが漂ってくる。仕事終わりの城下はとても賑やかで人が多い。俺はグレンと逸れないように距離を詰めて歩く。
そうして歩いていると早足でこちらへ向かってくる者がおり、グレンとの間を縫うように進んでいった。少し離れてしまった距離を駆け足で詰める。
それに気づいたグレンが左手を差し出してくる。ちらりと顔を見上げると、これくらい構わないだろうといういたずら顔。俺は喜んでその手を取り、されるがまま手だけではなく指までしっかりと絡める。
グレンとこんな風に城下を歩くのは初めてのことなので浮き足立ってしまう。
グレンは平民の出で、俺もスフェーンでは何も構わず城下や砦、畑へ顔を出していたので二人とも街歩きには慣れている。
城下のいいところは、皆それぞれやることがあるので大して周りのことを気にしていないということ。人族が少ないのでフードを取ればさすがに目についてしまうだろうが、フードを被っていれば誰も気に留めない。
フードを被った二人組が手を繋いでいても、せいぜい恋人同士の旅行中と思われるだろう。自分で思っておいてなんだが、恋人同士のように街を歩くのが嬉しい気持ちが溢れてしまっているかもしれない。きっとグレンにはバレている。
半刻かからぬほどの時間で、グレンは足を止めた。
「ここだ」
到着したのは路地裏の鍛冶屋。表通りからは少し離れていて落ち着いた雰囲気の路地だ。
店の扉には定休日と書かれた札がぶら下がっているが、グレンは躊躇なく扉を開く。大丈夫なのだろうかと様子を伺いながら後に続く。
「邪魔するぞ、セント」
店内は鉄と木が混ざった匂いで満たされている。スフェーンでも色々な鍛治職人の店に行った。懐かしいな。
グレンがフードを取ったので、俺もそれに倣う。
グレンが声をかけると、カウンターの方から声が聞こえる。
「あ゛ぁ? ドアの札が見えねえのか兄ちゃん……って、グレンか?」
「久しぶりだな」
「こりゃあたまげたな。もしかしてそちらさんは……」
「初めまして。ライゼルと申します」
カウンターに脚を乗せて新聞を読んでいた工房主らしき人物。手元の新聞を雑に畳みながら俺たちのことをまじまじと見て驚いている。
「ッカアー! グレンお前、まーたどえらいべっぴんさんが嫁いでくれたな! えぇ?」
「ああ。俺にはもったいない伴侶だ」
「ちげえねぇな」
「ちょ、そんなことは……俺の方がグレンには助けてもらってばかりで」
「そんでまた心も綺麗なんか。ッカアー! グレン、良かったなぁ!」
俺よりも少し背が低いくらいの狼獣人の店主。カウンターから出ながら大声で話し、グレンの背中をバシバシと強く叩く。
「ライゼル。彼がこの工房の店主、セントだ。俺が騎士団に入ってから今までずっと武器と防具の製作を請け負ってくれている」
「わぁ……すごい、今までずっと!」
相性の良い鍛冶屋が見つかるのはなかなか難しい。さらに、腕がいい職人となればそれだけ値も張る。
「グレンが騎士団に入りたてで駆け出しの頃、俺の家族の命を助けてもらったことがあってなァ~。それからの縁だから……もう15年以上か?」
「大体それくらいだな」
「やあ、ライゼル様が来てくれて昔話に花が咲いちまった! そんで今日はどしたよ?」
首の後ろを押さえながらハッハッハ!と笑ったセントさんは、そういえばと首を傾げて要件を聞いてくる。
俺は少し気恥ずかしい気持ちになりながら、グレンを見る。
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