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§40-2 領主会議
次に発言したのはタイタスだ。
「北方領ですが、避難受け入れ先に少々不安が残ります。特に冬であれば、スフェーン王国にもご助力を仰ぎたく。逆にユーディア王国近くのスフェーンの民が危機に瀕せば、できる限りお守りしよう」
「提案感謝する。スフェーンの使者との次回会談で確認しよう」
「よろしくお願いいたします」
上手い。事前にタイタスには根回しをしていたのだが、期待以上に意味のある発言を残してくれた。
最後に手を挙げたのはシェストだ。
「西方領は一番土地が広く民の数も多いです。他領への協力も惜しまず、此度の危難を乗り越えるために尽力いたします」
「頼む 」
シェストがグレンに忠義が厚いのは皆が知るところなので特に異論も出ず、会議は別の細かな議題へ移っていった。
こうして、嵐の前触れのような会議はひとまずの形を成した。
会議が終わると、不機嫌な様子のゴルダは取り巻きをつれてさっさと会議室を後にした。
会議には侯爵とともに各領の伯爵も参加しており、東方領の伯爵もゴルダに続いて会議室を出ていくようだった。
俺よりも背が低く、ゴルダの陰に隠れて移動する伯爵と一瞬目が合う。
怯えた子羊のような、潤んだ瞳。羊獣人の彼は柔らかそうな巻き毛を手でくるくると弄っていた。俺と視線が合うや否や、ものすごい速足で出て行ってしまった。
気の弱そうな人だったので、ゴルダの意のままに操られてしまわないかが心配だ。
その後、残った侯爵一向とも軽く挨拶をして見送る。シェストとタイタスとはもっとゆっくり話したかったのだが、二人だけと懇意にしているところを大勢の前で晒すのは得策ではない。
今はただ、王の伴侶として、穏やかな微笑みを浮かべるだけだ。
おそらくタイタスが北方領へ帰る前に一度食事をすることになるだろう。
シェストは王都のある西方領なのですぐに会える距離だから急がなくとも大丈夫だ。
全員が出払ったところでふーっと息を吐く。張り詰めていた糸が、ようやく緩む。
「何とか終わったな……」
「領主会議は初めてだったから疲れただろう」
振り向くと、グレンの優しい眼差しが俺を捉えていた。
「うん。充電させて……」
俺は座っているグレンに後ろから抱き着いて、首元の匂いを嗅ぐ。グレンの匂いで心の落ち着きを取り戻せる気がした。
「東方領が避難に関する立案書を提出してくるかが問題ですね」
「大幅に遅らせてくるか、何なら理由をつけて提出してこない可能性もあります」
ジェイドとミレイの声は会議が終わった後も硬さが残っている。
ジェイドが顎に手を添えながら議事録の整理をしてその横に座ったミレイも手伝っているようだ。
有事の際の避難に関する各領の計画立案書を2、3週間のうちに提出するように命じ会議は閉められた。最初の計画は大まかなもので良く、細かいことはその後調整をする予定だ。
提出された領の冒険者ギルドへも協力を仰ぐので、できるだけ早く上げてきてほしいものだ。国全体を巻き込んだ、大掛かりな備えになる。
「今日のところは任務完了ということで、王とライゼル様はお食事を摂ってお休みになってください」
ジェイドが、ふっと表情を緩めて言った。
「……分かった。甘えるとしよう」
「ジェイドとミレイも無理しちゃだめだよ。ちゃんと休んでまた明日から頑張ろう」
「ありがとうございます」
二人と別れ、俺とグレンは食事を摂りに移動する。
ここ数日で一段と気温が上がった。本格的な夏が始まろうとしている。
回廊に入り込んでくる外の空気が湿っている。どうやら今日は雨が降っているらしい。 湿った空気が、火照った肌にひやりと纏わりついた。
俺は横を歩くグレンの左手を握った。握り返してくれる手が、どことなく元気がないように感じる。
いつもなら力強く握り返してくれる、大きくて温かい手。だが今は、俺の手を包むその力が、弱々しく感じられた。
「大丈夫か? 」
「あぁ、少し寝不足のようだ」
「最近よくうなされてるもんな……」
「……」
数日前からグレンは毎晩のように悪夢を見ているらしい。
俺はかすかな物音でも目が覚めるので、グレンの寝言を聞き逃すことはない。
闇夜に響く、苦しげな息遣い。シーツを握りしめる指先。
一度だけはっきりと聞き取れたのは、「父さん、母さん」と言う寝言だった。
幼子のように、か細く縋るような声だった。
それを聞いたことはまだグレンには言っていない。
俺はこれまでグレンから両親の話をされたことがない。何かあるのだろうということは、ジェイドやミレイの様子を見ていれば分かる。
グレンが話したくないのであれば、それでいいと思っていた。
しかし、こうして寝不足になっているところを見ると、そう悠長なことも言っていられないかもしれない。
彼の心を蝕む闇があるのなら、俺がそれを振り払いたい。
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