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§43-2 収穫祭へ

  「今回の収穫祭の大きな催し物は2つになったんだね」 「はい。食物と花の品種ごとに出来栄えを競う品評会と、肥料、薬草などの研究発表会になります」 「うん、すごく面白そうだ……! 特に薬草を使った回復薬はぜひ見てみたい。冒険者ギルドも気になるんじゃないのか?」 「そうですね。錬金術師が作るポーションは高価なものが多いので、安価で治癒効果のある薬は冒険者にも売れるでしょう」  現状、ポーションのような即効性は無いが、傷の痛みを和らげたり悪化を防ぐ回復薬が作られているのだそう。俺の渡した土から育てられた薬草のようで、あの土がこうして新たな希望に繋がっていることが嬉しい。 「少々懸念しておりますのは、その回復薬のことでして……。ポーションを作る錬金術師は、その多くが東方領の出身の者が多いです。そして一番幅を利かせているのがムージェ家。となれば……」  ここでもまたゴルダが出てくるとは。俺は思わずため息をつく。陰湿なゴルダの顔が脳裏をよぎり、胸の奥がじわりと不快になる。 「はぁ、全くキリがないな。もうすでに妨害が入っているのか?」 「ビセオ」 「はい。……実は私の家が昨日盗みに入られまして」 「え! 大丈夫だったのか⁉︎ 」 「えぇ、家族全員で出かけておりましたので大丈夫です。恐らく、農業部門の資料を盗もうとしたのかと。資料はギルド外へ持ち出さない決まりになっておりますので、幸い情報は漏れていません」  努めて明るく話してくれているが、その声には隠しきれない緊張が滲んでいる。  ビセオも彼の家族も怖い思いをしただろう。俺はバノーテに目配せをする。彼は即座に意図を汲み取り、僅かに頷き返した。 「すでにビセオをはじめ、商業ギルドの主要役職持ちの家には冒険者から警護を出しています」 「ありがとう。明日以降の交代要員で騎士団からも派遣してもらおう。ミレイ、あと……」 「警護の費用については王城に回していただいて構いませんわ」 「よろしいのですか?」 「えぇ。そのあたり、グレン様と兄上は惜しまないですから」  バノーテとミレイは話が早くて助かる。  俺は当日の会場図を取り出して、店や展示の配置、警備の必要数について考えを伝えた。  ソルファからは収穫祭での発表会の進行表が共有された。バノーテは会場の配置図と、発表会の進行表にあわせて警備の案を出してくれる。先程までのいがみ合いが嘘のように息が合っている様子にそっと安堵する。 「騎士団の動きもまとめてバノーテに考えてもらいたいとグレンが言っていたよ」 「本当ですか」 「あぁ。情報の錯綜を避けるためには誰か一人が代表で考えるべきだろ? もちろんフーベルにも確認してもらうよ。修正してほしいところがあれば、バノーテに伝えさせるから」 「分かりました。今日中にまとめて、騎士団へ共有させましょう」 「仕事が早くて助かるよ」  後半はソルファとバノーテが言い争うことはなく、建設的に話し合いが進んだ。部屋を支配していた冷気は消え、活発な議論の熱が満ちていく。三刻ほどの時間をかけて話し合い、収穫祭の予定や各所の動きが大方掴めたところで今日は解散になった。  部屋を出るとき、俺は残った二人に言う。少しだけ、悪戯心が湧いた。 「バノーテ、ソルファ。二人に何があったのかは知らないけれど、二人はいいコンビだと思うよ。収穫祭、期待しているから頑張ろうな。じゃ!」  目を丸くした白虎と獅子の顔を目に焼き付けて、ミレイとビセオと一緒に部屋を出た。その後の二人のことは……俺の知るところではない。  玄関先まで見送ってくれたビセオに礼を言い、二人で馬車に乗る。ギルドの喧騒が遠ざかり、馬車の揺れが心地よい。  収穫祭の準備で一番駆け回ってくれていたのはミレイだ。ソルファとも何度も打ち合わせをしてくれていたようだし。その細い肩にどれだけの重圧がかかっていたことだろう。 「ミレイ、今回は色々任せてしまってごめんね」 「いえ、これも仕事ですから。それに、ここ数週間で王の体調がずいぶん良くなったのはライゼル様がおそばにいてくださったからこそです。……毎年この時期は辛そうで」  ミレイが俯き、夕暮れの光が彼女の頬を物憂げに照らした。ジェイドとともに、これまでずっとグレンを見守っていたのだろう。きっとできる限りのことをしてくれていたはずだ。 「直接は言えないだろうけど、グレンはジェイドとミレイにとても感謝しているみたいだよ。それこそ本当のきょうだいのように思っている」 「……すみません、本来ならば婚姻に際して開示すべきことではないかと思っていたのですが、どうしても私や兄上からお伝えすることができず……」 「当然だろう。俺がミレイでも言えないよ。気にすることはない」  眉間にぎゅっと皺が寄る。ありがとうございます、と言った声は震えていた。  俺は黙って窓の外に視線をやった。茜色に染まる王都の空を見つめながら、今はそばにいない彼の姿を想った。

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