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§43-1 収穫祭へ

     領主会議の後、東方領以外は1週間以内に第1の避難計画書を提出してくれた。  案の定、東方領は2週間が経っても何かと言い訳をして提出を渋ったのでジェイドが強行策を取った。    それは、避難計画書を提出しなければ侯爵の義務不履行として侯爵の再選出選挙にかけるというもの。  もちろん脅しではあるが、それなりの効果はあったようで、近日中に東方領からも提出される予定だそうだ。    あの男が折れたのだから、ジェイドの静かな怒気は相当なものだったのだろう。  領主会議では避難計画と同時に収穫祭の開催についても議論されていた。  結果、会議の約1か月後に開催が決定した。期間は1週間である。  例年ならば、もう少し余裕をもって日程を出すそうなのだが、今回は初めての試みが多いため無理なく参加するようにと通達された。  しかしもちろん商業ギルドが手を抜くはずはなく。トップに立つあの白虎の顔を思い浮かべれば当然だが。できるだけ多くの生産者や商人たちに参加するよう呼びかけたという。  今日は収穫祭開幕の3日前。  秋晴れの空は高く澄み渡り、街全体がどこか浮き足立っているような喧騒が伝わってくる。  俺はミレイと一緒にソルファ達との最終打ち合わせに来ていた。場所は商業ギルドである。背の高い建物は、以前訪れた時に増して行き交う商人たちの熱気で満ちている。 「ライゼル様、ミレイ様、ご足労いただきありがとうございます」 「ビセオ、よろしくな」  商業ギルドの入り口で両手を振って俺たちを出迎えてくれたのはビセオ。熊獣人独特の密度の濃い短毛がテラテラと光っている。快活な笑顔が眩しい。そして相変わらず大きな声だ。腹の底から朗々と響いている。 「準備はどうだ? 色々と大変だろう」 「いえ! 今年は去年までと比べ物にならないくらい参加者も多く、とてもやりがいのある収穫祭になりそうです! それもひとえにライゼル様が惜しみなく魔法を使ってくださり、スフェーンの技術をお教えくださったおかげですッ!」  俺たちをギルド長の部屋へ案内しながら、鼻息荒く意気込みを語ってくれる。  大きな身体をさらに大きく使って楽しみな気持ちを表現してくれるので、微笑ましくて思わず笑みがこぼれる。 「ふふっ、祭りが盛り上がってくれたら俺も嬉しいよ」 「ハッ! し、失礼いたしました、ついはしゃいでしまい……」 「いいって」  和やかな雰囲気でギルド長の部屋に通されると、そこはまるで真冬の氷室のように冷ややかな雰囲気で、体感温度の差に驚く。  何事かと見渡すと、そこには白虎と鳶色の獅子が向かい合わせに座り、射殺しそうな視線を互いへ向けていた。  上質な執務机を挟み、二体の猛獣から発せられる威圧感が室内の空気を張り詰めさせている原因だった。 「おや、バノーテも来てたのか 」 「えぇ……ライゼル様、このお邪魔虫も来ているのです……」  忌々しそうに言うソルファの視線が冷たい。普段の柔和な態度は鳴りを潜め、美しい銀の睫毛に縁取られた瞳が氷のような輝きを放っている。商業ギルド長としての貫禄が出ている。 「ライゼル様。収穫祭は冒険者もいくつかのパーティーが警備に参加いたします。主催の商業ギルドとも打ち合わせをするべく参りました。もしよろしければご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」 「あぁ、俺は構わないよ。ミレイも大丈夫?」 「えぇ、一向に」 「ライゼル様、ミレイ様……ッ!」  ソルファから縋るように呼ばれたが、この場ではバノーテの言い分に分があるので仕方がない。 「まあまあ、ソルファも、バノーテとは長い付き合いなんだろう? 今日はまとめて打ち合わせしてしまおうよ」 「さすがライゼル様。商業ギルド長の大好きな“効率的”な打ち合わせをしましょう」 「バノーテは変に突っかからないの。主催は商業ギルドのソルファなんだから、意見を尊重しないとだめだぞ」  全く……この二人の血の気の多さはどうにかならないものなのか。視線が交錯するたび、バチバチと不可視の火花が散るようだ。  実際にこの二人が揃っているのを目の当たりにするのは初めてだが、双方の相手に対する評価を聞かされている身としては少々面倒くさい。 「ちょっと、お二人とも~? ライゼル様に仲裁させるなんて何を考えていらっしゃるのですか! 王都のギルド長ともあろうお二人がこのような調子で、部下の皆さまが協力できるとは思えません! 認識を改めてくださいませ! それでなければライゼル様を連れて即刻失礼いたします! 」   「 「 すみませんでした…… 」 」  そこに現れた仲裁の天使、ミレイ。形相は天使というより地獄の審判という感じだったが。普段は可憐な彼女から放たれる絶対零度の声に、俺も少し背筋が凍る。  ミレイに叱られた二人がしおらしくなったので、俺は早速打ち合わせを始めた。  あれほど大きかった白虎と獅子が、まるで雨に濡れた子猫と子犬のように肩をすぼめているのを横目に。

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