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§49 仲間の帰還

   夕方、ティラとアリュールが帰還したと知らせが入り、俺とグレンは執務室へ向かった。もちろん俺は夏だというのに首まで隠れる服を着て。  執務室にはすでにジェイドとミレイ、タイクとブラス、バノーテもいた。  俺の姿を見止めたアリュールが愛らしい仔馬の姿でまっすぐに飛びついてくる。 「ライゼル! 会いたかったぞ!」 「わあっ、はは、おかえりアリュール。あいてて……」 「どうした、どこか痛めているのか!?」 「いや、ちょっとぶつけただけだから大丈夫」  無邪気に飛びつかれたせいで腰が痛くなったのだが、アリュールに本当の原因を話せるわけもなく誤魔化した。  頭や柔らかなたてがみ、首元を撫でてやると機嫌よさそうに鳴く。  アリュールを撫でながらその背後に控えるティラを見ると、彼は笑顔で恭しく礼をする。だが、その頬はこけて少し痩せたようだ。 「ご苦労様、ティラ。大変だったろう」 「いえ、とんでもございません。まずはご報告を」  グレンが全員に着席を促す。席に着いたティラの顔色の悪さが、見てきたものの惨状を示している。 「私が潜入したのはユーディア王国の北側、人族至上主義ヴァンディニです。南側の獣人至上主義のヘリオドはアリュールに偵察をお願いしました。……どちらにも共通するのは、略奪、暴行が横行しており罪のない市民は疲弊し怯えていること。もはや双方の上層部や狂信的な組織員だけが争い合う、終わりの見えない泥沼の内戦状態です」  重い口調でティラが続けて話してくれたのは、筆舌に尽くしがたい隣国の現状だった。  100年前の内戦後、変わらず政府は機能しておらず、もはや形だけである。統治能力は皆無だ。ヴァンディニ、ヘリオド両陣営の開発した魔獣が研究所から脱走し、民を襲う事件が頻繁に発生している。  しかしその事実は両陣営とも隠蔽しており、お互いになすりつけ合っている。  魔獣の呼称は両陣営とも“ドルゥーガ”と共通している。最初に作られたのが蜘蛛型で、その後は際限なく敵陣営に負けじと様々な魔獣を掛け合わせ、怪物を作っている。  原型が分かるのは蜘蛛型のみで、ティラとアリュールが見た他のドルゥーガはもはや命の冒涜としか言えない、得体の知れないものばかりだったという。  危険を顧みずふたりは研究所に潜入し、ドルゥーガの詳細情報を得ようとした。  そこで分かったことは、ドルゥーガは魔力の反応を探知して移動するので、魔力が集まる場所、つまり人が集まっているところへ優先的に向かうようになっていること。  ドルゥーガを動かし、動きを止めることのできる特殊な魔法があるようだが、原理を知っているのはごく一部の上層部のみ。さすがにその情報は得られなかった。  しかしどうやらその制御魔法も万能ではなく、無理やり掛け合わせた歪なドルゥーガが増えるにつれて、制御を脱する個体も出てきたという。 「研究員が逃げ出すことも増えているようでした。また、国外へ逃亡しようとする民は問答無用で処刑されます」  当然の流れと言えば当然だろう。話を聞くだけで腹の奥が怒りで煮えて、息が詰まる思いだ。 「両陣営に反発する市民グループもあります。不思議なのはどの陣営も内戦が続いているにも関わらず武器を潤沢に持っているということでした。そこで武器の供給源として浮かんできたのが……東方領です」  ティラの口から出たその名にグレン、ジェイド、タイク、ミレイ、バノーテの5人が一斉に息をのんだ。  執務室の空気が凍りつく。同じ国の地位ある者が隣国の内戦に武器を供給しているとは、些か信じたくない事実である。 「上手く隠していたようですが、各陣営と商会の取引書の内、ムージェ家下請け商人の書類を手に入れました。しかしこれでもまだ決定的な証拠とはならず、言い逃れできてしまうとは思います」  ティラは懐から取り出した書類をグレンに手渡す。静かに一読したグレンが無言でそれをジェイドへ渡す。読み始めたジェイドの顔がみるみる憤怒の表情に変わっていく。 「ティラ……これを得るのは至難の業だったはず。感謝する」 「お役に立てたのであれば何よりです」  ティラがグレンに深く頭を下げる。 「ゴルダの目的は大方予想していたが、これで明確になってきたな、グレン」 「あぁ」  怒りに震える宰相は、すっかり普段の臣下としての態度を忘れグレンに話しかける。 「ユーディア王国から暴徒や魔獣が雪崩れ込んできた場合に民へ大きな被害が出れば、当然国王と現政権の責任が問われる。その隙をついて政権の奪取、あわよくば旧王族の復興を目論んでいるのだろう」  ついに尻尾を出し始めたムージェ家当主、ゴルダの思惑。その黒い野心が、今や国を揺るがそうとしている。  おそらくこれからは手段を選ばずにグレンや俺を含めた周囲の者を狙ってくるだろう。 「ゼフィロス王国、そして同盟国スフェーン王国を守るため、戦略を立てる」  国王の言葉にこの場の全員が闘志を燃やすのだった。    

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