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『初雪』
※11月23日文学フリマ東京41無料配布
※「柔い針」本編で描かなかった、仁科くんが石川さんちの隣に引っ越してきた日の話です
※企画「#noteでBL」参加作品です
お題は「ルマンド、初雪と一目惚れ、シングルベッドの組立推奨人数が二人」
「何、じゃあ今まで床さ直に布団敷いてたのかい。結露してカビてまうで」
「いやぁ、わかってはいたんですけど、なんか、いつまで居るかわからないのにわざわざベッド買うのもなあって」
困り顔で仁科が笑って言う。
年の瀬、仕事納めをしたあと時間ができたタイミングで仁科が外れにある古い集合住宅から役場前の、我が家と同じ団地に引っ越してきた。而もうちの直ぐ隣に。
「でも、こった田舎の臨時なんてそうそうクビになんないもの、ややと買えばよかったべさ」
横倒しになった簡素なセミシングルサイズのすのこベッドに脚を取り付けて、二人でせーので返して床に置く。
「あ、場所どうしよ」
「窓近いと冬寒いど。テレビとか回線も窓の方だし手前のほういいんでないの」
居室の入口の引き戸に少しかかってしまうが、手前の壁沿いに寄せた。
「こっち、子供の部屋の横だから休みとかゲームの音とか子供らの声でうるさかったらごめん な、そういうときは言ってけれ。…それにしても、荷物少ねぇなあ。そっちのも組み立てるやつでないの?」
よく見ると、ベッドと一緒に届いたと思われる家具が他にもあった。
「あ、こっちはすぐひとりで組み立てられるやつなんで、大丈夫です」
あまり頼まれていないことまでおせっかいするのもよくないと思い、他に手伝うことあったら呼びに来るよう伝えて一旦仁科の部屋を出た。
一旦戻って、妻のリナに灯油ボイラーやFF式ストーブに灯油を供給するタンクの補充と、プロパンガスのボンベ交換を頼んでこいと言いつけられて気付いた。
あいつの部屋のタンク、残量あるんだろか。
薄いダウンジャケットを引っ掛けてゴム長を履いて雪に埋もれた裏のタンクを見に行くと、案の定ほぼ残量はなかった。ものはついでだと思い、自分の家の分と合わせて申し込むことにした。
部屋に戻って電話で頼むと、聞き耳を立てていたリナが「建て替える分誰が出すの?そんな余裕ないよ?」と口を出す。
「おれのポケットマネーでやっとくから気にすんでない」
「またそうやっていい顔して、人がいんだから」
背中をぱしんと叩いてまた台所に戻っていく。
「だって、今日頼まねかったら明日早仕舞いだし明後日大晦日でもうやってねえものしゃーないべよ、仁科くんそういうのまだわかってないで多分」
「だったら頼んどいたどーって教えておきな、もう頼んでて余計なおせっかいだったらどうすんの」
それもそうだ。
おれはサンダルをつっかけてまた玄関を出て、すぐ隣の仁科の部屋のインターホンを鳴らした。やや間をおいて応答があった。
「れ?石川さん?」
「ストーブどうしてた?灯油のタンク残りなかったからうちのついでに頼んでおいたから。ガスも。建て替えて一緒に払っとくから、あとで余裕ある時持っといで」
最後まで言い切らないうちに、玄関ドアが開いて仁科が顔を出した。心做しかさっきより髪の毛が乱れている。さっき着ていた部屋着を脱いで上半身はタンクトップ一枚だ。
「なした?寝てただが?」
左右に首を振って、手櫛で乱れた頭髪を梳かし、寝かしつける。
「あの、ちょっとひとりファッションショーやってて…着るものってある程度決まっちゃってるから、年末のゴミの回収終わる前にもう似合わなくなってきてるのはちょっと整理しちゃおうかなと思って」
「あれ以上捨てたら着るものないんでないの」
わたしが笑うと、玄関脇のコート掛けに掛かってる役場の名前が入った作業着を指差して「いざとなればコレあるし、冬場はコートとかダウン着るしごまかせるし、さすがにパンイチはないんで」と仁科も笑って言った。
その作業着をタンクトップの上から羽織って、立ち話を続ける。
「そんなかっこで部屋寒くないの?ストーブどうしてた?」
「一応まだ点きますね。さっき点けたとこでした。タンクの残りとか全然考えてなかった」
仁科は道外、しかも都心の出身だからこっちの暖房事情とかまだよくわかっていないようだった。外のタンクからボイラーやストープに直接燃料供給しているので、定期的に灯油を補給する代金を確保しておくように教えた。
「ストーブもお湯沸かすのもガスなのかなと思ってました。プロパンだし高いだろうなって思って、前の部屋でも節約して使ってたんですよ」
呑気に言うのを見て、先に教えておけばよかったなと思った。あまり他の地方から人が越してくることは少ないので頭から抜けていた。
「ガスで賄ったら幾らかかるかわかったもんでないって、灯油だって昔より高くなってんのに」
「今いくらでしたっけ、ポリ缶1つ2000円くらい?」
数年前まではそのくらいだった。今はもう配達だと3000円近い。
「うちは昼間誰もいないからいいけど、ご家族がいるとそうもいかないですよね」
「仁科くんもケチりすぎないようにしないば、夜だってしばれたら最小で焚いておかないと水道出なくなるで」
気をつけます、と言って玄関マットの上で爪先を重ねて擦り合わせる。
「ほれ、ちゃんと服賄わねば風邪ひくって、もう閉めるど」
玄関ドアを閉じようとしたその時、ドアの隙間を覗き込むようにして、なにか言いたそうな顔で仁科が見てきた。
「ん?なんかしたか?」
再びドアを開くと仁科が笑顔になって言った。
「石川さん、去年十一月ころ下見に来たときと、面接で来たとき、ぼくが見てたの気づいてました?」
「え?」
「確かあの日初雪で、石川さんルミ子さんからもらってルマンド食べながら仕事してて、かわいいおじさんだなって思って見てました」
わたしはちっとも気づいていなかった。臨時採用の面接で若い子来るらしいよ〜って、ルミちゃんが言ってたことは覚えているが。
「いやぁ、今更改まって言わなくたって、おっさんにかわいいも何もないって」
「ふふふ、言うと思った」
内側からドアノブに手をかけて言うと、仁科はいたずらっぽく笑ってドアを閉じた。
「やんや、変なとこ見られでだじゃ」
うちに戻ってからリナに教えたら大ウケだった。
「でもルマンドっておいしいよね、ばばちゃんが墓参りに必ず持ってきてた」
「やっぱ墓参りのイメージだよなあ」
こたつテーブルに置きっぱなしにしてた携帯に、仁科からメッセージが届いていた。
『そういえばこないだ成田のおじいちゃんとこ行ったら灯油のポリ缶青くて、関西みたいだな〜って思ったんですけど、この地域の人って関西ルーツの人多いんですかね?』
そんなことないと思うなあ。
「多くは東北とか北関東からニシン追っかけてきたヤン衆とか、交易があった北陸とか、そのあたりまでだと思うんだよなあ。言葉だと韓国とか福岡の方と被るものもあるから、家によってさまざまだと思う。詳しく知りたかったらそれこそそこら辺のじっちゃんばっちゃんに訊いたら喜んで話してくれると思うよ」
「そっか、この辺りって寡黙な人よりなんか人懐こい鷹揚な人が多くて、北国のイメージ変わりました。来てよかったです」
来てよかった。
この、合併した他の地区と比べたら特筆すべきものもない、本当に小さな、二千人もいない、村くらいの規模しかないこの町をそんなふうに思ってもらえるなんて。少し誇らしい気持ちになった。
「こちらこそ、来てくれてありがとうだよ。少しでも長く居て、一緒に働けたらうれしいよ」
返事はなかったけど、壁の向こうでこのとき仁科は何を思ってただろう。
それはもう、今となってはわからない。
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