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(一)

 ある日の夕方、いつも通りレクリエーションの延長のようなゆるい部活動を終えて玄関に向かうと靴箱に封筒が入っていた。  「え、ラブレター?」  封筒と言ったって、そんな雰囲気ではない。  白い封筒は我が国を象徴する芥子色と紺碧のレジメンタルストライプのラインが入っており、同じ色のマーブルの封蝋で封緘されていた。  斜め上から友人のフォスが覗き込んで固唾を呑んで言う。  「王族の印だ…」  この学校は、古くから代々王族の子女が通い、選ばれた相応しい学友とともに学ぶ歴史ある名門校だ。現在も複数の王族の人間が在籍している。  でも、おれはたまたまその国立高等魔法学校に在籍しているだけの、ごく普通…というかどうかわからないけど、只の学生だ。  実は、同じクラスには最も王位継承者に近いとされている王子様が居るのだが、前述の通り王族の方々は予め選ばれた相応しいご学友とお付きやセキュリティに囲まれて過ごされているため、おれのようなどのクラスにも居るようなちょっと要領と付き合いが良いだけで、可もなく不可もない平々凡々な人間にはまともに接する機会はそうない。  なのに、何故。  「て、ことは?」  「ヘリオス、お前なんかやったんじゃ…」  そんなこと言われたって、接触機会もないのに、心当たりなんてない。  取り急ぎ上着の内ポケットに封筒を仕舞った。  「ねえ、中、確認しないの」  「…とりあえず持って帰る…」  持って帰ってどうにかなるものではないけど、なんとなく、わざわざ靴箱に直に届けるくらいだから他のやつに読まれては困ることが書いてあるかもしれない。とりあえずひとりで確認したほうが良いと思ったのだ。  「なんて書いてたかわかったら教えて」  「だめだよ、おれ宛ての手紙なんだから」  校門を出て少し先にあるバス停から公営のバスに乗ってフォスと別れ、車窓を眺めているとやがて広大な森に囲まれた御用地に通りかかる。  そこは現国王の弟であるアングレ候や、前国王夫妻の御所がある。  同じクラスに居るアレクシはそのアングレ候の子息だ。現国王には子供が居ない。そしてアングレ候の子供で男児はアレクシのみなので、継承順位としては一位がアングレ候、その次がアレクシだ。  かといって、女性が差をつけて扱われているわけでもなく、必ずしも男児が継がなければいけないわけでもない。実際に前の国王は女性であり、王位を早くに譲って今も魔法の取扱についての決まりを定め、関連する法の審議会で議長を務めている。  順調にいけば、アレクシは何をしなくとも大学に行き、院に進み、留学なんかして、博士号取ったりして、研究機関や慈善団体に就職して、合間に公務をこなし、王位が近づいたら妻を娶るのだろう。  只、そこにアレクシ自身の意思や希望が介入する機会はあるのだろうか。  時折視界の片隅に入っても、アレクシは穏やかに微笑んでいるばかりでどういう人物なのかよくわからない。優秀なことだけは確かなのだけど。  自宅マンション近くの大きな公園の前でバスを降りて、さして用もないのにバス停前のコンビニに入り、店内をぶらついてぼんやり見て回る。  よく考えれば、あんな常に人に取り囲まれてて、アレクシの生活にこういう時間あるんだろうか。すべて取っ払った素の自分になれる時間はあるんだろうか。  想像ができない。何も知らないのだから当たり前だけど。 「ただいま」  誰かしら居るであろうリビングダイニングの方に呼びかけて、返って来る返事をスルーしておれは自室に急いだ。  扉に鍵をかけ、荷物を床に置いて机の上にある小学校の図工の授業で作った不格好なペン立てからカッターナイフをとる。内ポケットに仕舞っていた封筒を取り出し、慎重に切り開いて中の便箋を開く。  その中に書かれていた内容を見て、慌てて再び部屋を飛び出した。  廊下を挟んで斜め向かいの扉から出てきた弟のリネアが扉と扉の間に挟まれた。  「んだよ、もぉ」  「ごめん、ちょっと学校戻る!」  中に入っていた手紙と定期券だけ持って、さっき降りた公営バスのバス停まで走り、道路の向かい側の乗り場から逆向きに乗って学校に戻る。  手紙には「18時の正門の閉門時刻に迎えを遣わす。御所に来られたし。」と書かれていた。  個人情報がどーたらで名簿とか配布しなくなったし、連絡網だってメッセージアプリのグループ機能とかで簡略化されている昨今に…況してやうちは魔法学校で、属性や能力によってはそんなものだって必要ないのに、今どき手紙って。  しかも靴箱って。しかも校門に迎えを寄越すって。御所に来いって。  一般生徒の住所なんて王族の頼みだったら直ぐ教えてもらえるもんじゃないのか。  落ち着かない気持ちのまま車窓から御所のある敷地を眺める。  「このあと、あの中に入れるんだ…」  このまま普通に学生やってたら通常一生御縁がないであろう場所。  いったい、王子様は何の用でおれを?手紙には何も書かれていないし、普段関わりがないから心当たりもない。  携帯が母親からの着信を告げる。移動中のメッセージに切り替えて、ショートメールで「御所にお呼ばれしたから先にご飯食べてて」と送った。  「どういうことなの!?」  パニックになっているであろう母親のメッセージはスルーして、学校最寄りのバス停まで大人しく待った。  バスが到着して降りると、そこに黒塗りのロングボディに金色で王家のエンブレムが煌めく装甲車が待ち構えていた。  悪戯とかじゃなく、本当だった。  「ヘリオトロープ・志恩・ヴァイサーライアくん、ですね?アレクサンドライト3世・凰・アングレ侯の命でお迎えに参りました」  あれ?王子さま、そんな名前だったっけ?先生方はアレク様とか、御学友の方々はアレクシと呼んでいるとか、本当にそのくらいしかわからない。  開かれた扉の分厚さと内部の広さに慄きながら乗る。  扉を開けてくれたモノクルを着けた白髪の老紳士は執事か何かなのか、肘掛けに膝掛けから飲み物と、一緒に乗り込んで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。  「あ、あの…王子…アレク様は、何故…」  「恐縮ながら、わたくし共も詳しくお伺いしておりません。到着まで僅かですが、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」  供されたゴブレットの中の菫色の液体を口に運ぶと、色のとおりの菫の匂いがした。  子供の頃に、母が若い頃に買ったお菓子のレシピ本のシリーズのなかにあった菫の花の砂糖漬けを思い出す。  数口飲んでいたら、なんとなく喉が熱く感じていたが、段々とふわりとして平衡感覚がゆらぎ、顔が熱くなってきた。  「あれ、これ、お酒?なんだっけ、バイオレットフィズってやつ?」  未成年の飲酒って、犯罪じゃなかったっけ?  「いいえ、これは、パルフェタムールでございます」  Parfait Amour?完全なる、愛?  意識はそこで途切れてしまった。  次に目を覚ましたら、そこは天蓋付きの大きなベッドの上だった。  シルクサテンのパジャマに包まれて、真綿かダウンかわからないけど軽くて暖かい布団の中にいた。  「おはよう」  穏やかな声とともにサイドテーブルのランプが灯る。  宵闇にやや黄色みが混ざったような、冬っぽい濃い青色が基調のベッド周りに溶け込むように寝具と同じ色のパジャマで傍で横たわる影があった。  サラサラのブルーブラックの、烏の濡れ羽色のような髪。サファイアのような深い青の瞳。  「アレク、シ…?」  「凰(コウ)でいい」  この国では、セカンドネームを呼ぶのはパートナーだけだ。  通例に倣えば先生たちが言うようにアレク様、御学友のようにアレクシ、またはトランプのカードに倣って3世だからトレイとか、そうなる。  「や、そんな訳にいかんでしょ…そもそも、同じ教室に居たって、ご用命に預かった御学友様方以外まともに関わる機会もないのに…てかなんで一緒に寝て…」  どうしよう、御所に招かれる途中で酔っ払って眠り込んで、王子様と同衾したとなれば、今夜不敬罪でこのまま処されてしまうかもしれない。  いや、でも、未成年に酒を勧める執事もどうかと思うんだが。  「あの、さ…なんで此処に呼んだの?なんで、普段関わりもないのに」   広いベッドの上で、距離をとってそれぞれ寝ていたのに、少しずつ這いずって近づいてくる。そして手を取って、両の手で握りしめて小さな澄んだ声で凰は言った。  「友達くらい、自分で選んでみたかったんだ」  手紙で呼び出して車で連れ去って酔わせてベッドに連れ込むのは、友達にすることじゃないと思う。どっちかといえば素行の悪い連中が女の子相手にすることだ。しかも犯罪寄り。  「訳わかんね〜…」  呆れていると、凰は起き上がって「おなか、すいてない?」と言いながら軽食が用意されているワゴンを手の動きだけで引き寄せた。  体を起こして、被せてある磨りガラスの覆いをはずしたら、出てきたのは出汁巻きに、タコさんウインナーに、おにぎりだった。  「王族なんて、もっと洒落たものを食べていると思ったよ」  笑って言うと、凰は微笑んで言った。  「爺にリクエストしたんだ。きみがお弁当に入ってるの、嬉しそうに食べていたから」  「え、いつ?見てたの?」  凰は「同じ教室にいるんだもの、いつも見てたよ。だって…」と言いかけて黙った。  「だって、何?」  少し俯いた凰の耳は、少し赤くなっていた。  「きみはまぶしかったから」  そんな、まるでそんなの恋じゃないか。

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