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(二)

 今度はこちらが耳を赤くする番だった。  「まいったな…とりあえず夜食、いただくよ」  覆いをワゴンの中段に置いて、ベッドの上にトレイごと夜食を移す。  「いただきます」  削り節と刻んだ漬物が混ぜてあるおにぎりを手にとって食べる。普通に美味しい。  でも、飲み込む時なにか引っかかるような感覚があった。最初は気のせいかと思ったけど、その後も続いた。柔らかい出汁巻きを食べても、お茶を飲んでも同じように感じた。  ふと、その引っ掛かりを感じたところを探ろうと喉のあたりを触ると、何か首に細くて丈夫な糸というか、テグスのようなものが巻き付いている感触があった。  しかもそれはかなりタイトで、指先でつめで引っ掛けるのもやっとだった。物を飲み込んだら違和感が出るのは当然のことだ。  「何だろ、これ。凰、鏡ある?」  「姿見なら部屋の入口の横にあるよ」  ベッドから降りて部屋の入口を探す。部屋の中と言ってもおそらく我が家の倍くらい面積も部屋数もある。  薄暗い中、探り探り扉という扉を開けてみるも部屋の入口に辿り着けない。御所の中どころか、この部屋の中で迷子になってしまいそうだった。  やがて、ようやくそれっぽいひときわ大きな立派な扉が見つかった。ダウンライトに照らされていて、凰の言うとおり横に姿見があった。  鏡をに近づいて覗き込むと、やはり何かぴったりと細い糸のようなものが首にかかっている。ダウンライトの光で金色に光って見えた。  「え、これって…」  この金色の色に、見覚えがあった。  既婚の王族や、王族に輿入れする人間は、首にこの金色の糸が巻き付いている。  「…凰!凰!」  必死に名を呼んで寝所に向かう。  戻ると、凰が自分の首元にも金色の糸がかかっているのを指差して言った。  「おそろい」  「おそろい、ってそりゃそうだけど、これって…」   テレビのワイドショーとかニュースで解説を聞いたことがある。この金色の糸は【金環】と呼ばれるもので、王族のみが使える、代々婚姻するにあたり互いに裏切りや不貞を封じるためにかける魔法だ。もし仮にそのようなことをすれば、この糸が即座且つ瞬時に馘首する。  「眠ってる間にかけたのか?そのために酔わせて…」  「うん、ごめんね、でも」  またそこで黙って言い淀む。  「でも、なんだよ」  「…きみがよかったんだ」  「なんで?今まで同じ教室に居ても、話したこともなかったのに。呼び出して車に乗せて、酔わせて連れ去って、金環をかけるなんて、まるで誘拐婚みたいなものじゃないか。友達になりたいからってするようなことか?この環を解いてくれ」  凰は黙り込んでいる。  「友達になりたいだけだったら、別に普通に話しかけてくれたら良かったじゃないか。SPとかお付きの人や御学友に囲まれてやりづらいのはなんとなくわかるけど、何もかも間違えてる」   できるだけ憤りを抑えて、冷静に語りかけた。  本当なら掴みかかりたいくらいだったけど、御所の中で王位継承権のある人物を殴ったなんてことになったらきっと直ぐ様逮捕されるし、学校だって退学になってしまう。  「間違ってるって言われても、わからないんだ。ずっと交友は限られて、与えられるだけだったから。それに…」  また言い淀む凰に「いいよ、言って。続けて」と促す。  「いつもきみの周りは賑やかだから、気になって目で追っているうち、好きになってしまってたんだ。だから、さっき友達くらい自分で選んでみたかったって言ったけど、違うんだ」  別に、この国では性別関係なく婚姻関係になれるし、同性のカップルだって珍しくない。王族にも同性カップルが居ると聞いたこともある。  でもまさか、自分が選ばれるなんて想像したこともなかった。  「その、おれを選んだことって、他の人は知ってるのか?」  「ううん、まだ誰も知らない。朝になったら朝食で集まるからその時に報告する」  そうじゃない、そうじゃないんだ。  「いや、もしそれで反対されたらどうすんの?凰の家族や親族だけじゃなくて、うちの家族や親族に反対されたらどうすんの?結婚できなかったらコレは解消するというか、外すことできるの?てかさ、おれが拒否する可能性は考えなかったの?もし反りが合わなくてうまくいかなかったらコレはどうなるの?」  「どうなるんだろう、金環を外すような人はぼくの知る限りいないから、訊いてみないと…」  深く考えもせず人を呼び出して酔わせて攫って逃げられなくしてから友達になりたいとか実は好きだったとか言われたって、そんな相手好きになれるかって無理だ。  まさかこんな見目麗しいだけのポンコツだとは思わなかった。  こんなのが国を背負ったらおしまいじゃないか。  「無理すぎる…」  ベッドに腰を下ろしている凰の前で、頭を抱える。  「ねえ、明日朝紹介する時、きみのこと志恩って呼んでいい?」  「駄目に決まってんだろ…おれはコレを外してほしいの、家に帰してほしいし、正直、こんな事するようなやつと関わりたくないよ…」  そこまで言うと、やっと凰は謝った。  「ごめん。でも、こうでもしないと、予め用意された学友しか友達がいないままになっちゃうし、進学する前に縁談を進められてしまう。今まで友達になりたい人や好きな人ができても我慢してきたけど、それこそもう、ぼくだって無理なんだ」  深い青の瞳が涙でゆらぎ、海が溢れ、こぼれ落ちるかのように青いファブリックの上に滴り落ちた。  「勝手なことしてごめん、お願い、ぼくをここから連れ出して。人並みの暮らしがしたい、ちゃんとコミュニケーションする方法が知りたい。このままじゃ駄目なのはわかってるけど、どうしていいかわかんないんだ」  「凰」  跪いて、はらはらと泣く凰の手を握る。  先回りして与えられ、守られるばかりで、自分から働きかけたり、思いやったり、時にぶつかったり傷ついたり、泣いたり怒ったりということも、その方法も、経験も年相応に積んでこれなかった事自体に、凰は悲しみと憤りを抱えてきたことを泣きながら語った。  「志恩、ぼくは傷ついてもいいからきみと一緒に居たい、与えられた交友関係や許された狭い世界から外に出たい」  そこまでの思いをさせている環境をどうにかできないのか。  そしてこの金環は外せないのか。  とりあえず朝になってから交渉するしか無い。  「凰、わかったから。一旦朝が来るまで休もう」  ベッドに腰を下ろし、夜食のトレイを膝に乗せてタコさんウインナーを箸に刺して凰に差し出す。  「ほら、あーん」  泣き止んで、凰は眼の前に出てきたタコさんウインナーを不思議そうな顔で見つめて、パクリと口にした。  「これ作る時さ、こういうちゃんとした粗挽きの肉々しいウインナーじゃなくてさ、赤く着色されてる安っすいウインナーに味塩コショー振って焼いたジャンクなやつのほうが旨いんだ。いくらでも作ってやるよ」  続けて、出汁巻きも半分に割って食べる。  「うん、おいしい。けど、しょっぱいものはウインナーがあるからそういうときは卵焼きは甘いほうが合うな」  二人で分けると、おかずはあっという間になくなってしまった。  「そういえば、志恩はあのお弁当って自分で作ってるの?」  「そりゃそうだよ、そのくらいはしないとね」  トレイを片付けて、洗面台の前で歯を磨いてから再度ベッドに戻り、二人でベッドの中でボソボソと話し合う。  「凰、学校で自由に過ごせるようになったら何がしたい?」  「座学以外は見学だから、座学以外のことにも参加したい。やろうと思えばできるし、多少危ないことがあっても大丈夫なのにさせてもらえないんだ。魔法があるのに。まるで重病人みたいな扱いなんだもの。何のために魔法学校に通っているのかわかんないもの」  そういえば、体育も魔法の実践授業も、技術の工作や調理実習も凰は見てるだけだった気がする。王族は属性問わずなんでも魔法でできると聞いたことあるし、使わせないのも不自然だ。  「交渉手伝うから、それもなんとかしよう。できるはずのこともやらせてもらえないんじゃ、本当に何もできなくなっちゃうよ」  「そうなんだ。人並みに自分でできることも、人よりできることも、できなくなってしまいそうな気がする」  明日起きて朝食の席で伝えたいことを簡単にまとめて携帯にメモした。  「大丈夫だよ、凰。がんばろう」  「うん、ありがとう」  二人並んで、丸まってくっついて眠りについた。  まだ二人とも、何もわかっていなかった。

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