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(三)

 クローゼットに吊るされていた制服に着替えて、食堂に向かう。  すると長い大きなダイニングテーブルがあり、本当に凰の父親で国王の弟のアングレ候と、その妻の小夜子妃が席について待っていた。  「おはようございます」  こちらから挨拶すると、ふたりはきょとんと目を丸くした。  「まあ、どなた?トレイのお友達?」  友達とかじゃなくて、知らんうちに好かれて手紙でいきなり呼び出されて酔わされてそのまま攫われてきましたとはとてもじゃないが言えない。  「は、はじめまして。同じクラスのヘリオトロープ・志恩・ヴァイサーライアと申します」  深々と頭を下げていると、アングレ候が「いいんですよ、頭を上げてください」とゆったりした低い、でも柔らかな声で言ってくれた。  「父様、母様、食事中にすることではないんですが、大事なお話があります」  凰が言うと「焦らないで、ちゃんと席に着いてから」と小夜子妃が着席を促した。  侍女がお二人の向かいに案内して、椅子を引いてくれる。そして料理が運ばれてくる。  おふたりが手を合わせて、神様に祈るのではなく、この食事が得られるまで沢山の人の手がかかっていることに感謝の言葉を述べる。 それから自分たちも手を合わせて「いただきます」と言った。  「それで?大事なお話って?」  問いかけられて、凰が改めて話す。  「前にも言ったけど、ぼくはもっと自由が欲しい。友達も自分から増やしたいし、電子機器だって持ち歩きたい、実習がある授業にだって出たい、…好きな人と一緒にいたい」  少し困った顔でアングレ候が答える。  「しかし…」  「何故だめなんですか?凰は、ずっと悩んで」  思わず口を挟むと、それに続けて凰が放った。  「昨晩、志恩の首に金環をかけたんだ」  すると、おふたりの表情が変わった。言葉も出ないほど驚いている。  最早朝食どころではない。  「…え?なん、で?」  「トレイ、それがどういうことかわかってるのか」  そりゃあそうだ、現国王には子供が居ない。そしてアングレ候の子供で男児は凰だけ。  もし、凰が自由を求めて王位継承権を放棄したら、継承できる父系の血縁の人間を探すなど大変な話になってくると、改めてアングレ候は切々と凰に説いた。  「アングレ候、おれは凰とはこれまで同じクラスだけど話もしたことがなくて、何故好かれたのか、こんなことになったのかわからないんです。コレを外してください。」  訴えかけると、ふぅっと深くため息をついてアングレ候は言った。  「志恩くん、それは一度かけたら二度と解けないんだ。だからきみはこの家に輿入れするか、うちの子をきみの家に婿入りさせるかどっちにするか決断しなければならない。若いうちは後先考えずそういう不埒な行いに出てしまうリスクがあって、実際に過去にそれで騒動になったことがあったからこそ、トレイには制限を課して、交友関係を絞って育てていたんだ。逆効果になるとは思わなかったよ」  続けて、小夜子妃が言う。  「国王夫妻に子供が居ないのは知ってると思うけど、居ないわけじゃないの本当は。表向き亡くなった事になっているけど、本当は…自由を求めて家を出てしまったの。あとから生まれた子供と一緒に此処に戻りたいと連絡があったけど、一度離脱したら王室には戻れないから…勘当してそのままなの」  「そんな…」  本当に大変なことになってしまったのだと、この時察した。  金環は、解くことはできない。  数少ない王位継承権のある人間が外の世界に出ることは罷りならない。  この状況だと、王室に輿入れして凰を支えていく必要がある。  別にうちは兄弟二人で弟がいるから差し支えはない。  でも、そうしたらおれはどうなるんだろう。学校は?これまでの交友関係は?生活は?  「おれが凰と婚姻関係になったら、おれも凰と同じように自由が無くなる感じですか?」  夫妻は顔を見合わせてから、なんと頭を下げた。  「急だけど、いろいろと考えなければいけないね。本当に、トレイが申し訳 ない。」  「本当にすみません、こんな事するなんて…ご家族様にもお詫びしなくては…志恩くん、ご家族様に連絡を取っていただくことはできる?」  「あ、携帯持ってるんで、多分充電すれば連絡はできます。一旦持ってきてもいいですか…てか、あの、迷子になるといけないので案内してほしいです…」  そこに、あの時車で迎えに来ていた執事のおじさんが来た。  「先日は失礼いたしました」  「わーーー!!!あの時の!!!!」  未成年に゙酒を飲ませて寝入らせるのは失礼とかそういう次元じゃない、法律違反だよ。  「携帯電話でしたらこちらに。充電完了しております」  侍女が中綿入りのベルベットの座布団のようなものに乗せて持ってきた。  「中、見てないですよね?データ抜き取ったりしてないですよね?」  「それはもう、流石にそこまでは指示されていませんので」  逆を言えば、指示されてたらやってたってことだ。怖すぎる。  「どっかゆっくり通話できる場所があれば借りたいんですけど…」  「それでしたら、ご案内しましょう。お部屋はいっぱいありますので」  席を立って振り返ると、凰が不安そうにこちらを見上げている。  「大丈夫、直ぐ戻るよ」  おそらく、自分が居ない間は夫妻によるお説教タイムになるんだろうな、と思っていたら、案内されて部屋を出るとさっそくアングレ候が大きな声で叱っているのが聞こえてきた。  幸いその声が届かない、普段あまり使われていないと思われる、淡いピンクのチューリップが織り込まれたサテンのカーテンや、壁紙の花柄のパターンが愛らしい小さな部屋を借りれたけど。  「こちらは女の子が生まれた際、幼児期まで使われているお部屋です。今は普段人の立ち入らないお部屋ですのでご安心を」  「盗聴とか、仕掛けてないよね?」  疑いをかけられても、執事さんは穏やかに微笑んでいる。  「いえいえ、まさかそんな。終わりましたら廊下を左に突き当りまでお越しくだされば直ぐに食堂に戻れますのでお越しくださいませ」  お辞儀をして、扉を閉じて執事さんは去った。  さて、では、親に説明しないと。  王子様に呼び出されて、用意されてた車に乗ったら酒を出されて、気づいたら御所の中にいて、なんか婚姻の印の金環を着けられて、もう嫁に行くしかなくなりましたって。  なんて言うだろうなあ。まさかいきなりこの齢で、王族に、しかも同性と結婚だなんて。  でも、仮に反対されたりしても、もう、そうするしか無いんだよなあ。  連絡先の一覧を出して、並んでいる家族の名前を眺めてた。  もう、一緒には暮らせないんだ。  そう思うと胸の奥がぎゅっと痛んだ。

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