8 / 9
第8話 進化型攻め様1
「何かお気に召しませんでしたか?」
それから三日後、オレは琥珀を連れて店に来た。琥珀は仕方ないなーという顔をしてソファのひじ掛けに浅く座っている。
「いえ、そうじゃないんですけど。琥珀はとてもいい攻め様だと思いますけど、実は、あの、オレも攻めなんです」
「おや、そうでしたか」
店主はにっこりとほほ笑み、うなずいた。驚きもなく平然としたものだ。
「でも問題はないのでは? 過去のことは関係ありませんし、この先、お客様が理想の攻め様と一緒に幸せに過ごして頂ければいいかと存じますが」
穏やかな口調で言われるとそれもありかななんて思わされる。いやいや、そうじゃなくて。
「いえ、その、オレはやっぱりタチがいいって言うか、好きな相手を可愛がりたいって言うか」
「気持ちよくって泣いちゃうくらい感じてるのにー?」
琥珀のツッコミにオレはあわあわとなって、あわてて琥珀の口をふさいだ。
「だから、体の問題じゃなくて、アイデンティティの問題なんだって」
琥珀は難なくオレの手から逃げると、笑って言い放つ。
「オレはバリタチだってセナは言うけどさ、でも全然本気の抵抗じゃないじゃん。本音では抱かれてもいいなって思ってるでしょ?」
「思ってない! とにかく、オレには理想の攻め様はいらないんです」
このままでは琥珀のネコちゃんとして生きていくことになりそうだと、オレは本気で心配になっていた。
だって琥珀は料理上手でほどよく面倒見がよくて、エッチもうまくて、このままではオレのタチとしての立場はなくなってしまう。
「わかりました。返品は受け付けますが、でもこの店にいらしたということは、お客様には攻め様が必要だということなんですけれどね」
店主は心配そうな顔をしていたが、オレはほっとした。よし、これで元のオレに戻れる。
「そいつがダメなら俺はどうだ?」
突然、割り込んできたのはオールバックの三十半ばくらいの男だった。目つきが鋭く、ジャケットに包まれた胸板もあつくて、どこからどう見てもカッコいい攻め様だ。
オレはふるふると首を横に振った。こんな男の色気が溢れた攻め様なんてとんでもない。
「料理男子なんていうナンパな属性の男に押し倒されるのが嫌だというなら、俺はどうだ?」
オレの顎を掴んだ攻め様は不敵に笑った。
「あ、あの、あなたは?」
「俺は「平成のインテリヤクザ」だ」
なるほど、それも納得の迫力だ。
「攻め様、お客様に勝手に売り込んではダメですよ」
店主が困ったようにたしなめると、攻め様は案外素直に謝った。
「ああ、悪い。でもこのオーナーにはきっと押しの強い攻め様が合うと思うぞ」
店主は苦笑を浮かべて攻め様を見たあと、オレを向いて丁寧に謝罪した。
「攻め様が勝手を申し上げて申し訳ありません、お客様。ですが、彼はとても人情に厚くて、好評を頂いているタイプなんです」
本当か? なんかどう見ても迫力あって人情に厚いような感じじゃないんだけど。
「しかも彼は自力で稼ぐタイプの進化型攻め様です」
「進化型攻め様?」
「ええ。基本的に攻め様は家にいて、オーナーを慰撫する存在です。月一回のメンテナンスやドリンク代や被服費など、維持にはそれなりに費用がかかります」
「そうですね」
「ですが、こちらの「平成のインテリヤクザ」はデイトレード特化型なので、自分で稼ぐことができるタイプとなっています」
「へえ、そういうタイプもあるんですね」
「ああ。だから俺を連れて帰るといい」
攻め様の深いバリトンに、オレはハッとした。ダメだ、ここで流されたら元の木阿弥だ。
「いえ、オレにはやっぱり」
「俺にはお前を養うくらい大したことはない。必要なら金は稼いでやる」
おお、すごいセリフだ。あっけに取られたオレを、攻め様は不敵な笑みで説得した。
「男として攻め様を研究したいと思っていたんだろう? 熱血教師や料理男子よりは俺のほうが研究対象としてはいいと思うぞ」
確かにそうかも、と一瞬思ったのを狙ったように、店主がうなずいた。
「それなら、こちらのタイプはとてもいいと思います。これも縁ですし、ぜひお持ち帰りください」
デイトレードにも興味はあるし、自分で稼いでくれると言うなら結構いいのか?
「さ、行こうか」
オレはいつの間にか「平成のインテリヤクザ」を持ち帰ることになっていた。
ともだちにシェアしよう!

