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2)追いかけっこと本当になる嘘〈3〉

 ◇ 「ただいまー」 「あ、四葉おかえりー」  四葉が疲れきった状態で家に帰り着くと、すでに姉の三葉が帰っていた。 「遅かったねぇ。居残り?」 「あー。ううん、ちょっと用事あって。夕飯、すぐ作るね」  家族とのいつも通りの会話に、四葉はあの非日常空間から抜け出したのだなぁと実感する。  手を洗い、キッチンに置いてあるエプロンを身につけると、冷蔵庫を開けた。菖とタクシーでマンション前まで帰ってきたため、買い物をするタイミングがなく、今日は冷蔵庫にあるものでなんとかしなければならない。  ──じゃがいもと……あ、冷凍のお肉あったな。人参も少し残ってたような。  母親が亡くなって数年が経った。  その時、四葉はまだ中学生だったが、多少なりと料理もできたため、その頃から黛家の夕飯準備は当番制でやっている。  三葉の上には双子の兄と姉がいるが、すでに独立して家を出ており、今は父と姉の三葉、末っ子の四葉の三人暮らし。上の兄姉は仕事が忙しくてなかなか会えないが、こまめに連絡をくれたり、美味しいものを送ってくれたり、家族仲はまったく悪くない。  ──よし、肉じゃがと卵焼きと、あとはほうれん草で何か作ろうかな。  食材を冷蔵庫から取り出し、調理の支度を始める。  四葉が夕飯の支度をしてる間、三葉はテレビを見ながら洗濯物を畳んでくれていた。  バラエティ番組に時々笑いながら、一緒に家事をする。  これが黛家の日常なのだ。 「ただいまぁ」  もうそろそろ肉じゃがも出来上がるというころで、父親が帰宅した。 「おかえりー」 「おかえりなさーい」 「いい匂いするなぁ、今日は肉じゃが?」  そう言いながら、四葉そっくりの顔をした父親がキッチンに顔を出す。  「うん、ジャガイモ残ってたから」 「四葉の肉じゃが美味しいよね〜。残ったら明日のお弁当にもいれて〜」 「わかったわかった。お弁当用に少し残しといてやって」  三葉のお願いに、父親が呆れたように四葉に言う。  お弁当の用意は一番早く家を出る父親の仕事だ。 「うん、多めに作ったから大丈夫だよ」 「やった!」 「そろそろ並べるから、三葉お姉ちゃん、洗濯物片付けて」 「りょうかーい!」  ご飯をよそい、ダイニングテーブルにおかずを並べたら、三人揃っての夕飯である。  今日は肉じゃがとほうれん草のおひたし、卵焼きに豆腐とわかめのお味噌汁を用意した。 「んー! やっぱり美味しいなぁ四葉のご飯」  肉じゃがを噛み締めながら、父親が嬉しそうに言う。 「本当だよねぇ。母さんと同じ味だもん」 「母さんの真似っこばっかしてたからね」  亡くなった母親は、その昔モデルをしていて、それはそれは綺麗な人だった。料理などの家事も得意で、四葉はしょっちゅう母にくっついて回っていたため、一緒に家事をすることも多く、料理の味付けなどもその時に教えてもらったのだ。  そんな母の血なのか遺伝子なのか、上の兄と姉二人は、街に出れば必ず声をかけられるような美人で、結局上の二人はモデルの仕事をしているくらいである。すぐ上の姉の三葉も声をかけられるそうだが、面倒臭いとずっと断っているらしい。  そしてその見た目を全く受け継がず、平凡だけど童顔で、どこか人の良さそうな顔をした父の遺伝を、一人だけがっつり受け継いだのが末っ子の四葉である。  時々、母親はこの父のどこを気に入って結婚したのだろうと思うくらい、どこにでもいそうな、けれど困ってる人を放って置けないような人だ。  しかし唯一平凡な見た目だからと言って、兄姉たちは自分を蔑むことはなかったし、可愛がってくれる。見た目の違う兄弟を虐める、あの童話のようなことは全くない。  しかも、幸運の四葉のクローバーとは真逆の不幸体質。しょっちゅうケガや入院をしているので、心配ばかりかけている。  ──だから、自分に出来そうなことは、ね。  いくら家族がこんな自分を受け入れていても、周りは一人平凡な自分に指をさす。  だからせめて平凡なりに、何もないどころかマイナスな自分に出来ることを、努力で生み出せる価値を探した結果が、料理や家事なのだ。 「そういえば、最近、四葉の帰り遅いよね?」  味噌汁に口をつけながら、三葉が思い出したように言う。  ──やっぱ、気になるよね。  特に部活や塾も行っていないので、平日はいつも四葉が三葉を出迎えることが多いのだが、ここのところは菖の『仕事』を手伝う関係で、三葉のほうが先に家にいることが増えていた。 「なんだ、変な友達と付き合ってるんじゃないだろうな?」 「あー、いやそういうのじゃなくて……」 「まさか虐められてるとかないよね?」  父親と姉に詰め寄られ、四葉はぐるぐると思考を巡らす。  というのも、菖の『仕事』の話は、可能な限り伏せてほしいとお願いされているためだ。視えない人からしたら、俄かには信じられない世界の話だし、妙なカルト宗教と混同され、そういう人たちとの付き合いをしないよう言われてしまう可能性もある。  報酬を約束してもらっているとはいえ、四葉としては菖の手伝いを最後までやりきりたい。 「ええーっとね、同級生の子に、ボランティアの手伝いを頼まれてさ」 「ボランティア?」 「う、うん。街の清掃活動というか、そういうやつで、あちこち行ってお片付けする〜みたいな。人手が足りないからって一度手伝ったら、またお願いって言われて、それで……」  咄嗟に思いついた内容だが、ある意味妥当な言い訳だと思う。  なにせこの街のそこら辺に蔓延る悪霊を、文字通り追い払って綺麗にしているのだから、清掃活動みたいなものだ。 「ほー、そんな活動があるのか」 「僕も知らなくて、面白そうだなーって手伝ったら、頼まれるようになっちゃって」 「お人好しの四葉らしー」 「あはは……」 「しかし、大丈夫なのか? お前はケガや事故に遭いやすいからって、部活も塾も行かないようにしていただろう?」  父親が少し心配そうな顔をする。  小学生の頃は塾に通おうとして、塾に向かう途中の道で車にはねられたし、中学の時は試しに入ったバスケ部で、練習中に突然落ちてきたバスケのゴールリングが足に当たって複雑骨折した。  なので、高校に入ってからはどこにも迷惑をかけぬよう、帰宅部を決め込んでいる。  そんな自分が突然サークル活動のようなものに参加したら、父親が心配するのは当たり前だ。 「そうなんだけど……。なんか、最近はそういうのがパッタリなくなっちゃってさ」 「あ、たしかに! 小さいケガもしてないよね?」 「言われてみれば、そうだな?」  三葉も父親も、四葉を上から下までじっくり見てから口を揃えて頷く。これまで当たり前にあった四葉の不運がなくなるというのは、黛家にとって重大な出来事だ。 「よく分かんないんだけど、お手伝いしてる間も変な事故とか起きてないし、それならいいかなって思ったんだけど。ダメかなぁ?」  どちらかといえば寧ろ、禍々しくて危ない出来事に真っ向から向かっていく仕事なのだが、そこは菖が守ってくれるので、怖くはあるが不安はない。 「しかしなぁ……」 「いーじゃん、危なくないんならさっ」  心配そうな顔で渋る父親に、三葉が明るく言った。 「四葉だって、部活とかそういうのやりたかっただろうし。不幸体質が治ったんなら、今からでもやりたいことやったらいいよぉ」 「それもそうだな。まぁ、ケガをしないようにな」 「うん、ありがとう」  なんとかこれで、帰宅が遅くなっても変に詮索されたりすることはないだろう。 「それにしても、なんで治ったんだろうね?」 「最近何か、変わったことしたか?」  訊かれてもう心当たりしかないが、さすがに同級生のツリ目美人な男の子と、ほぼ毎日キスをしている、とは言えない。 「あー、特にはない……かなぁ」 「でも四葉、定期的に自然公園の神社にお願いしてなかった?」 「うん、してたしてた」 「じゃあついに叶えてもらったのかもなぁ」  二人にのほほんと言われて、案外そうかもしれないなぁと四葉は思う。  なにせ、倒れていた菖を介抱し、最初にキスをした場所は、あの神社の近くだったから。 「お願い叶えてもらったなら、またお参りしないとなぁ」 「でもあそこ今、工事してるよね。なんかお社とか柵とか、遊具も壊れちゃったって」 「そうそう、だからまだお礼に行けてないんだよね」 「神社が直った時にはちゃんと、お参りに行きなさいね」 「うん、そのつもり」  この不幸体質は、今はまだ菖に霊力を提供しているから減っているだけの状態だ。  そしてこれは『神域』──自然公園内にある清宮神社の修復が終わるまでの期間限定で、修復が終わるまで提供し続ければ、報酬として悪霊達を寄せ付けなくなる『霊具』がもらえる。  その『霊具』があれば、以前のような不幸体質に戻ることもない。  そしたら、もう家族に心配をかけずに済む。  それまでは、少しだけ嘘をつくのを許してほしい。  ──……頑張ろ!  四葉は改めて心の中で決意して、お茶碗の中のご飯を口いっぱいに頬張った。

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