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3)冷たい家族とあったかい家族〈1〉

 あなたは『破魔』の使い手なのよ。  だれよりも強くなりなさい。  感情を悟られてはいけないよ。  弱みを見せればつけ込まれるぞ。  ……まだまだ、だなぁ。  期待してるよ、菖。  目が覚めるとすでに朝だった。  ──嫌な夢。  菖は上体を起こすと、額に浮き出た汗を拭う。  小さい頃から『破魔』の使い手として、過度に期待されて育ってきた。別に敵を倒すのは嫌いじゃないし、もっと強くなりたいと純粋に思う。  けれど時々、あの重圧が苦しくて、過去に言われた言葉達が『忘れるなよ』と言わんばかりに夢に出るのだ。  菖はベッドから起き出すと、顔を洗ってからリビングの大きく開けたスペースに向かう。  軽くストレッチしてから木刀を持ち出すと、素振りを始めた。  静かで、自分以外は誰もいない広い部屋。  朝日が明るく差し込むリビングの中で、シュッ、シュッと木刀の先端が空気を切る音だけ小さく響く。  幼い頃から、修行と称して両親とは離れて暮らしている。兄と姉がいるが、どちらも歳が離れすぎていて、中学に上がる直前までまともに話した記憶はなかった。  家族を恋しいと思ったことがない。思えるほど接していないから分からない。  ただでさえ『破魔』の使い手は、知能の高い悪鬼や、対立する他家から狙われるのだ。情を持っていたら、弱点になる。  全部、強くなるために必要だったから。  そんな折り、『霊力欠乏症』を発症したのは、中学一年の時だった。  基本的に霊力は、身体を休めていれば回復するが、欠乏症を発症すると回復スピードが著しく遅くなり、一定の割合以上になると回復しなくなる。自力での全回復ができないのだ。  対策としては、自分よりも霊力量が多い人間から分けてもらうか、相性の良い神聖な場所で『補給』するしかない。  最初は信じられなくて、わざと高度な術を使ったら、あっという間に霊力切れを起こして倒れた。  ようやく受け入れたけれど、自分はもう『神域』から離れて暮らせない。  誰よりも強くなりたいのに、自分自身が足を引っ張っている状況。  ──そう思ってたのにな。  つい、頬が緩む。  四葉のような『霊力過剰症』の人間は、本当に稀な存在だ。  基本的に『霊力過剰症』の人間は、その能力と立場から長生きしないし、できないと言われている。  溢れすぎた霊力に引き寄せられた魑魅魍魎が食い殺すか、まとわりつく悪霊の引き起こした災厄ですぐに死んでしまうからだ。また、たとえ大きくなれたとしても、その能力を過剰に欲する人間たちに食い潰れるのがオチ。  そんな人間が、神の子と言われる七歳を越え、どこからの干渉もなく、成人間近まで成長しているというのは、あり得ない事態。  だからこそ、四葉と巡り会えたことは、菖にとってこの上ない幸運だった。  彼のおかげで、使ってみたかった高度な術の練習もできるし、何より自分の霊力切れを気にしなくていい。まるで重い足枷がなくなったようだ。  ──期間限定で、だけどな。  霊力は使えば使うほど基礎となる貯蓄量も上がり、レベルが上がるので、短期間の協力でもかなりの恩恵を得られる。  もし可能なら、今後も必要な時に手伝ってもらえるとありがたいが、ひとまずは『神域』が復活するまで。  不意に玄関の開く音がし、玄関に通じる中扉が開いた。 「おはようございます」 「あぁ、陽葵か。……もうそんな時間か」  素振りをしながら考え込んでいたら、そろそろ学校へ向かう準備をしないといけない時間になっている。 「はい、シャワー浴びてきてください。朝食用意しておくので」 「んー」  木刀を片付け、菖はリビングを出ると廊下の途中にあるバスルームへ向かった。  この広い部屋に一人で暮らす菖の日々の食事や、部屋に関する家事全般は、隣に住んでいる陽葵をはじめとした浦部一家が担っている。  生きるために必要なことは、サポートしてくれる人がいればそれで充分。  家族なんて所詮、記号と変わらないのだ。  ◇ 「四葉ー、いくぞー」 「はーい」  契約してから一ヶ月が過ぎ、制服も夏用のスラックスと半袖シャツに替わって、蒸し暑い梅雨になっていた。  放課後になると二人は一緒に下校して、そのまま『現場』へと向かう。  ここ最近は、すっかり菖と二人で仕事をするのが当たり前のようになっていた。陽葵は要のサポートが忙しいらしい。 「今日はやたら故障の多い踏切の『浄化』だったな」 「うん、でも……」 「なんだ?」 「そういうのって、木刀でできるものなの?」  これまではその土地に住み着いた悪霊に木刀を突き刺し、爆発させることが殆どだった。なので『浄化』という作業そのものについて、ピンとこない。 「『浄化』が必要な案件は、たいていその場に根を張ってる悪霊たちが原因だ。その範囲全体に『破魔』の霊力を流し、一度引き剥がして、離れたやつを叩き切る感じだな」 「そういうことも出来るんだね」 「まーな。で、叩き切った後でも、悪霊の残した『残滓』はまだ周囲に残ってる状態だから、そこにもう一度霊力を流して『残滓』を消し飛ばすまでが『浄化』。『残滓』は放っておくと『澱み』になるからな」 「なるほどなぁ」  四葉は菖の説明に感心する。  黒いモヤとして視える『澱み』が溜まると、そこに悪霊などの悪いものが寄り集まり、災厄を呼ぶという説明は以前聞いていた。『残滓』まで消すことで、またそこで悪いことが起きにくくするためだろう。 「……菖くんの木刀って、なんだか魔法の杖みたいだね」 「いや、武器ですけど」  四葉の言葉に、菖が呆れたように返した。  登下校時に菖が常に持ち歩いている、1メートルほどの細長い紫色の布製の袋を、四葉はじっと見つめる。 「いつも軽々と振り回してるけど、木刀って重いの?」 「べつにそこまで重くはない。持ってみるか?」  そう言って菖が、歩きながら肩に背負っていた木刀を四葉に渡すと、突然バキッと嫌な音がした。 「えっ……?」 「嫌な予感」  菖がそう言いながら袋を開けてみると、なんと木刀の刃の部分が縦に裂けている。 「あーあ、壊しやがって」  木刀は菖にとって、なくてはならない『仕事』道具であり、パートナーのようなもの。時々昼休みに布で綺麗に拭いたりしているのを見ている四葉にとっては、衝撃的なことだった。 「べべべ、べ、弁償、とか……あの、その、」  四葉が目に涙を浮かべて、本気で泣きそうな顔で言うと、菖がくすくすと笑い出す。 「冗談だ。この木刀は消耗品なんだよ」 「へ?」 「ずっと使ってると、俺の使う力に耐えきれなくなって、すぐ割れるんだ」  そう言いながら、菖は割れてしまった木刀を袋の中に戻した。 「『仕事』で使うなら、本当は日本刀のほうがいいんだけど、俺じゃまだちゃんと扱えなくてな。だから今はまだ木刀を使ってるんだ」 「じゃあ、弁償とかは……しなくても?」 「いらねーよ。家に戻りゃ予備がアホほどあるし」  菖の言葉に、四葉は心底ホッとして胸を撫で下ろす。もしかなり特別な超高級品だったら、自分のお小遣いを貯めた貯金で払えるのか、足りなかったら男手一人で自分と姉を養っている父になんと言えば……と一気に考えを巡らせていたので、本当にホッとしていた。 「よ、よかったぁ……!」 「しかし、お前に渡した途端に割れるのは、別の意味ですごいな」 「ホントーにスミマセン!」  四葉は叫びながら勢いよく頭を下げる。  ──もうやだ、この不幸体質!  菖に霊力を提供することで悪霊の寄り付きがなくなり、災厄は減ったものの、持って生まれた不運は治らないらしい。 「とりあえずタクシー呼んで。一旦帰ってから『現場』に向かうぞ」 「は、はい……」  四葉は言われるままにスマホを取り出し、タクシーを呼んだ。

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