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番外編 何も起きない休日の午後
午後二時。カーテン越しの光が、リビングの床に柔らかく落ちている。
高瀬はソファに座ったまま、動かない。休日用のゆるい服装で片手にスマホ、もう片方は何もしていない。
俺はテーブルで書類を広げているわけでもなく、洗濯物を畳むでもなく、ただ同じ空間にいる。
――本当に、何も起きていない。
「……静かですね」
「そうだな」
会話はそれだけで終わる。気まずさは、ない。少し前までの俺なら、この沈黙の理由を必死になって探していたと思う。
退屈していないか、機嫌が悪いのではないか、何かしなければいけないんじゃないか、なんて――でも今は、違う。
高瀬はソファの背にもたれたまま、俺を見ていない。見ていないのに、ちゃんと“いる”のがわかる。
不意に、指先が触れた。高瀬の手だ。偶然、というにはあまりに自然な距離で。
「……邪魔でしたか」
「いいや」
それだけ言って、指が絡められる。ぎゅっと握るわけでもなく、ただ逃げない程度に。
(――これ、何だろうな)
甘えと呼ぶには控えめで、愛情と呼ぶには主張がない。でも、離れようとすると――。
「どこに行くんだ」
「……いえ、別に」
行く予定はなかった。ただ、動こうとしただけなのに。
「ここでいいだろ」
「……はい」
言われて、素直に戻る自分に驚く。昔なら、間違いなく遠慮した。今は、しない。
高瀬はまたスマホに視線を落とす。俺は、天井を見る。時計の針が進む音だけが、時間を知らせてくれる。
「なあ」
「はい」
「今日は、何もしない日だな」
「……そうですね」
その言葉に、なぜか安心する。
何もしなくていい。役に立たなくていい。話題を用意しなくていい。ただ、一緒にいるだけで成立する午後。
高瀬の肩に、そっと額を寄せる。許可は取らない。でも、拒まれないとわかっている。
「……眠いです」
「寝ろ」
即答だった。
目を閉じると、高瀬の体温が伝わってくる。規則正しい呼吸。動かない手。
何も起きない。
でも、何も欠けていない。
(――こういう時間を、俺は欲しかったんだ)
意識が沈む直前、頭の上で小さく声がした。
「重くないか」
「……ちょうどいいです」
それ以上の言葉は要らなかった。
休日の午後は、ただ静かに過ぎていく。二人分の時間が、当たり前みたいにそこにあった。
おしまい
★次回作も年上溺愛ものになります。お楽しみいただけますように!
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