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第75話 「また明日」は今日だ ラーデン ティエンダ
誰かを膝の上に乗せたのは初めてだった。
あんなに軽いものなのか?
部屋につきソファに座っても、まだ膝の上に感触が残っている。
「あれが婚約者…。」
私は今まで婚約者を怠っていた。
フロイントにも悪いことをした。
これからは婚約者らしくしなければ。
グラキエスのようには難しいが在学中にもっと婚約者らしくなろう。
婚約者らしく…。
グラキエスはイグニス様ととても距離が近かった。
膝にも…向き合って…あれは……凄かった。
俺は見つめ合うのも二秒が限界で、視線を彷徨わせてしまう。
グラキエスとイグニス様の様子が視界に入り、手本のようにと観察していると唇が触れているように見えた。
会話をしているだけなのか、俺の目が悪くなったのか何度見ても二人の唇は触れていた。
会話する度に掠めているように…。
あれが…婚約者との会話…。
急いで洗面所に行き念入りに歯を磨き、口臭のチェックも忘れずに確認した。
眠りにつくまでフロイントの事を考え続けた。
明日はまだか…。
早く明日にならないか…。
早く…明日…に…。
目覚めると、朝からフロイントの事を考えていた。
身なりを整え食堂へ向かった。
既に生徒が存在する中、フロイントの姿を探した。
まだ来ていないのか…。
「ぁっ」
小さな声が聞こえ振り返った。
「あっ…」
いた。
久しぶりのフロイントだ。
以前は一日二日会わなくても、それが日常だったのに今日からは違う。
「…フロイント…おはよう。」
「ぉはようございます。」
「…一緒に食べないか?」
「…はぃ」
二人で食事を取りに行こうとしたが、そういえばグラキエスはイグニス様を席で待たせ二人分の食事を手にしていた。
「フロイント…席を任せていいか?俺が朝食を持ってくる…。」
「ぁっはい」
トレイを持ち席を見渡すとフロイントの姿を発見し、側にはイグニス様と俺の一メートル先にグラキエスがいた。
四人で席に付き食事を始めた。
会話をしていてもフロイントの唇が気になって、食事をする姿を横目で盗み見してしまう。
「……ティエンダ様?…ティエンダ様?」
「ぁあっなんだ?」
「…具合でも悪いんですか?」
「いやっ…大丈夫だ。」
「そう…ですか。」
「あぁ」
しまった。
真剣にフロイントを見すぎてしまった。
どうしても唇から目が離せず会話にも集中出来ずにいたので、フロイントに心配を掛けてしまった。
精神統一し食事に集中した。
「二人はさぁ俺達を見て恥ずかしいとか止めて欲しいって思うか?」
突然のグラキエスの質問に反応できずにいた。
「いやぁ、婚約者同士でも人前では恥ずかしいって言われて。」
あっ、やはり恥ずかしかったのですか?
イグニス様は顔を伏せてしまった。
「二人はどう感じてんのかなって…迷惑か?」
「迷惑ではっ。」
迷惑と感じたことは一度もない。
「「………」」
なんて答えるかフロイントに視線を送り、無言で頷きあった。
「俺は婚約者というものがどうあるべきか分からず距離を取り続けていた。もし二人に出会わなければ婚約者との関係を変えようとは思わなかったので考えたくはないが婚約解消を告げられていたかも知れなかった…。」
真実を答えた。
「僕も婚約者との関係改善を諦めていた所があったので、二人には感謝してます。」
今なんて?
「諦めてたのかっ?」
フロイントの反応を待った。
心臓が苦しい。
「………あっ…その…僕が、勝手に勘違いしてて…」
焦り出すフロイントの姿に肯定なんだと…。
「…諦めてたのか?」
つい口に出ていた。
俺はもうすぐ捨てられるところだったのか?
「ふぅん、なら俺達は控える必要はないよな?」
「控える?何をです?」
「いやぁ、俺がエストレヤに執拗に触れたり人目を気にせずキスするのは学園ではするべきではないんじゃないのかって話しになって…なっ」
「…ん、皆…見…てるから…」
お二人はそんなこと全く気にしていないと思っていた。
グラキエスは気にしていないが、イグニス様は気にしていたのか。
「確かに人目はあるが、俺は二人を見本のように思ってる。手を繋ぐよう助言を貰い…ひっ膝に座って話しをする事も二人を見たから出来たんだ。二人の睦まじい姿を見なければ考えられなかった。」
本当に感謝している。
出なければ婚約者との関係を改善しようとは思うことはなく、下手したら婚約解消を言い渡されていたかもしれないんだ。
「…はぃ、二人に切っ掛けを貰いました。」
良かった。
改善したことを後悔してないと言うことだよな?
「だとよ、こんなこと聞いても学園では大人しくするのか?エッチなキス禁止?」
「……ん…禁止……しなくていいよ」
二人の睦まじい姿を見ないとどうしていいのかわからない。
見本にいなくなられては困る。
「ならして良いの?」
してもらわないと俺が困る。
「……ぅんっ……んっぁむっんんあむっんん」
イグニス様の頷きと共に婚約者同士のキスが始まった。
二人のキスは生々しく俺の考えているものよりも強烈だった。
何度か目撃してはいても、いざ覚悟してから見学すると俺に出きるのか戸惑いが生まれた。
イグニス様は恍惚な表情を浮かべていた。
フロイントのそんな表情が見たいし、させたかった。
食事を終え、席を立つグラキエスがイグニス様を抱き抱えた。
なんの前置きもなく抱き上げられたにも関わらず、当然のように受け入れ首に腕を回すイグニス様に驚いた。
婚約者の見本の二人がしているんだ俺達も…するべきか?と疑問に思いながらフロイントに視線を送ればすぐに目があった。
今の俺達には、目があっただけで分かり合うなんて事は出来なかった。
「二人もいずれこうなる日が来るだろうな、」
「「えっ?」」
グラキエスの言葉は、なんの事かわからなかった。
「そうだ昼も時間取れねぇ?聞きたいことがあるだ。」
「あっはい」
昼…昼は食事だけだよな?
いつも二人は中庭で寛いでいると噂になっている。
そんな婚約者同士の時間に呼ばれるなんて事は…無いよな?
「…それは僕も…ですか?」
「あぁ、フロイントの方が知ってると思うから二人一緒が良いわ。」
「僕…ですか?はいっ分かりました。」
「…それとさぁ、敬語とか良いから。」
「…ぇっ…」
「徐々になっ。」
「…はぃ」
二人の会話を夢心地で聞きながら、去って行く婚約同士の背中を見送った。
「あれが婚約者。」
「えっ?」
「これからはもっと婚約者をする。」
「…はい…僕も…頑張ります。」
俺達も部屋に…。
「送っていく」
「まだ朝ですから平気ですよ?」
「一緒にいたいんだ。」
「…はぃ…ぉお願いします。」
顔が急激に熱くなりフロイントの顔が見れなくなった。
部屋に送る際も直視できず、感覚を研ぎ澄まし気配でフロイントの存在を確認していた。
左側を歩くフロイントに対し左半身に全身の神経を集中させながら歩いた。
フロイントの部屋につき離れ難くも見送る…。
「あのっ」
「なっなんだ?」
「…ぃ…一緒に…登校しませんか?」
「あっあぁなら、カバンを持ってくる。」
フロイントを待たせるわけにはいかない。
急いで部屋に…。
「まっ待って…。」
「ん?」
…なんだ?
もしや、気が変わってしまったのか?
「今度は僕が…ティエンダ様の部屋に…。」
「………」
俺の部屋に来るのか?
来てくれるのか?
部屋は綺麗だったか?
匂いは平気か?
「…ぁっお嫌でしたら僕はここに…。」
「違うっ違うんだ。来て…くれるのか?」
「…はぃ」
「なら、一緒に…。」
「…はぃ」
目的地を変え二人で俺の部屋に向かい始めた。
「ぁっ」
「どうした?」
「僕、カバン。」
「あっ」
フロイントの部屋の前まで来たのに入らず、俺の部屋に行くことになりそのまま来てしまった。
「僕一人で…。」
「だめだっ俺も行く。」
「…はぃ。」
再びフロイントの部屋に向かった。
時間はまだまだ余裕があり問題はなく寧ろ早すぎるので、もっと二人でいたかったので嬉しいハプニングだった。
フロイントの部屋の扉の前で待っていた。
カバンを手にしたフロイントと共に俺の部屋に向かった。
フロイントと俺の部屋は階が違い、今まで知らなかったが俺達の部屋の距離って結構有る事を知った。
爵位の高い者から部屋が決まっていく。
その年の人数にもよるが、高位貴族から一人部屋の豪華な部屋を割り当てられ、最終的に下位貴族の数人と平民は二人部屋となる。
俺は伯爵家でフロイントは子爵家だ。
子爵家のフロイントは、一人部屋ではあるが俺の部屋とは明らかな差があった。
この距離がもどかしく、俺の部屋とは階も違った。
俺の部屋に着くとフロイントは入ること無く待つ姿勢を取っていた。
「…まだ、時間もあるから俺の部屋に入らないか?」
「…はぃ」
ソファに座ってもらい俺はカバンを用意し、振り返ると一点を見つめるフロイントの姿があった。
向かいに座るか隣に座るのか悩んだが「俺は婚約者だ」と言い聞かせ、隣を選んだ。
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