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第74話 見本

教室では挨拶しに来る生徒はいても、無理に引っ付く奴は婚約が決まってからは多少は引いた。 数は少なくなったが、ふてぶてしいのだけが残った。 性格が代わり記憶喪失を理由に話しかける切っ掛けを与えてしまったようで、話しかけてくる奴は、俺に教えるの延長線で会話を続けたがりいつまでも隣に存在し身体に触れてくる。 触れると言っても腕だが、許した覚えはない。 俺がエストレヤとキスしてんのも直接見ることはなくとも知っているだろうに、それでも近づいてくるのは純粋に記憶喪失の奴への配慮…公爵家への媚売り? それらなら大して気にしないが、数人が執拗にエストレヤの事を聞いたり俺の好みを知りたがっていた。 自惚れるわけではないが、公爵家とこの容姿で近づきエストレヤから婚約者を自分にと考えているのではと勘繰ってしまう。 最近俺によく声をかけてくる奴の事もあり警戒してしまう。 アイツは悪意をもってエストレヤを勘違いさせたよえに見えて仕方がなかった。 授業に集中しながら、近付いてくる生徒を確認していた。 昼休みになると俺がエストレヤと二人で食事しているのを知らない者は居ないので邪魔をしたり割り込む奴はいなくなった。 二人で食堂に向かうと既にティエンダとフロイントが場所を取っていて、俺の姿を見つけるとティエンダは手を上げ自然と誘導された。 エストレヤを座らせティエンダと二人で食事を取りに行けば、ティエンダの方も二人分を手にしていた。 彼らも少しずつ、彼らの婚約者をしているようだ。 食事中は他愛ない会話をしていた。 途中、フロイントに手首の怪我について聞かれたエストレヤが顔を赤くしながら「これは…その…大丈夫」と答えていたのには笑え…可愛らしかった。 潤んだ瞳で助けを求められたので、怪我している手を取り同じ場所に軽くキスをした。 「んっ」とエロい声を出しながら答えを教えてやるエストレヤは優しいな。 目の前で見せられた光景にフロイントも気付いたようで顔を赤くしていた。 食事を終え席を立ち中庭へ二人を誘った。 以前の彼らは共に食事をすることもなければ、中庭にも立ち寄ることはなかったらしい。 中庭は俺が始めて使っていた頃より賑わいだしつつ、俺達の定位置のベンチは空席だった。 ベンチは四人が座ることも出来る長さだったが、当然エストレヤを膝の上に乗せた。 いつもなら向かい合うように座るが、今日はエストレヤの腰を考え横抱きに座らせた。 膝から落ちないよう腰に腕を回し胸に凭れ掛からせる。 空いている手で唇をなぞりキスをするぞと合図を送れば、エストレヤは誘導されるまま唇を重ねた。 俺達から目を離せないでいる婚約者初心者二人はどうするべきか悩んでいた。隣に二人別々に座るのか、影響を受けて一緒に座るのか…。 先に行動を起こしたのはフロイントの方で、ベンチの端へ移動した。 「フロイント…」 「はいっ」 「「………」」 俺からティエンダの表情は見えないが、予想することは出来る。 二人は無言で見つめあっていた。 「ダメか?」 何が?と聞かないのはお互い考えていることが同じだと言うことだ。 二人がこの後どうするのか、エストレヤとイチャつきながら様子を見学していた。 ティエンダが手を差し出せば、おずおずとフロイントは手を重ねティエンダが先に座るので誘導されるように膝の上に座った。 座ったはいいが硬直している二人が面白すぎた。 お互い目も合わせず、安易にお互いの身体に触れないよう姿勢よく座っていた。 こんな状態では聞きたいことも聞けないと判断した。 「ティエンダ、ちゃんと落ちないように腰を支えてやれ。」 「はい。」 エロい雰囲気を出せば二人は更にぎこちなくなると思い、「落ちないように」と言葉を選び危険回避のためだと思わせた。 ティエンダは疑うことなく指示通りに腰に手を回し、フロイントの方も素直に受け入れていた。 それでも、まだ二人には距離が合った。 「フロイントもティエンダの方に凭れた方が楽だからそうしてやれ。」 「はいっ」 焦れったい程ゆっくりとティエンダに身を預けていく。 フロイントは恥ずかしいのか、ティエンダの顔を見ることが出来ずに視線を一点に集中させていた。 慣れるまでは仕方ないだろう。 四人座っているとは言え、二人は膝の上なのでベンチには余裕があった。 俺達四人の座り方に中庭にいた生徒立ちは視線を一切そらさず見続けていた。 「ティエンダ」 「えっあっはい」 俺が話し掛けたことで、婚約者との二人きりの時間を乱してしまった。 「ティエンダに聞きたいことがあるんだ、俺が料理した日の事で。」 「はい」 「その日、ティエンダの側にいたのって誰だ?」 「…あの日は…確か…友人のフェッセン コンパーニョとボンド ガウディぺディオですね。」 「ん…他にも二人居なかったか?」 「…二人…あっそうだ、直前にフェッセンの婚約者と友人が合流してきたんだ。」 「その中で背格好はエストレヤぐらいで茶色い瞳に赤みがかった髪の奴いたよな?」 「…あぁ、きっとヴィシャス…リヴァル ヴィシャス令息の事か?」 「………。」 「フロイント、なんか知ってるのか?」 俺の質問に答えていくティエンダの口からヴィシャスの名前が出た瞬間、明らかにフロイントは反応を見せた。 「えっ?いえ…」 「気になることが有るなら言ってくれ。」 俺がフロイントに尋ねるとティエンダも気になり出していた。 「えっと…ヴィシャス様は…子爵家で婚約者は居りません…。」 「それだけじゃねぇだろ?」 「…はぃ…。」 ちらっとフロイントはティエンダを確認した。 フロイントに訴えかけられるよう見つめられても、何の事だがティエンダは全く察知できずにいた。 「ヴィシャス様は……」 そこから躊躇い一向に話さなくなってしまった。 「なにか企んでいるようで、エストレヤが心配なんだ。なにか知っていたら教えてほしい。」 「えっ?」 フロイントはエストレヤに視線を移した。 一度深呼吸をしてから口を開いた。 「何度かヴィシャス様と話したことが有ります。ティエンダ様が僕との関係を改善するつもりがないことや、お二人が楽しく過ごした等を…聞きました。」 「そんな事話したことはないっ。」 フロイントの告白にティエンダは狼狽する。 「落ち着けティエンダ…それに近いことを言った覚えはあるか?」 「…正確には覚えてないが、以前の俺は婚約者とはこのまま…と思っていた。無理に距離を縮めなくても当然結婚するもので、解消などは一度も考えた事はないと話したことがある。言っておくが彼と二人で過ごしたことなどないと断言できる。俺は今まで婚約者を出来ていなかったが、俺はフロイントの婚約者であり続けたいと思っている。」 ティエンダは宣誓するようにフロイントに真摯に向き合っていた。 「……ごめんなさい。僕…ずっとティエンダ様を…信じることが出来ませんでした。怖くてお会いするのも…避けてました…。」 「………すまん。」 「ぃぃぇ」 二人のすれ違いに誤解を生ませ入り込もうとする、良くありそうだが効果的な手段だ。状況を見極める目をもち、行動力もあり自分の魅力を分かっている者といえる。そして、マウントを取り自分のが有利なんだと相手に思い込ませて身を引かせる…ティエンダが堅物でなかったら簡単に落ちていただろうな。 「エストレヤも覚えてるか?」 「ふぅぇっ?」 エストレヤは二人の深刻な関係の話の後に突然話を振られ、驚き困惑の表情をしている。 「以前昼休みに俺にベタベタしてきた奴の事覚えてるか?」  「…ぅん」 そいつを思い出させただけで表情が暗くなるところをみると、エストレヤにも完璧に効いていたらしい。 あの時、あいつに「興味ない」「迷惑している」と伝えたつもりだが忘れられずにいたようだ。 「アイツの事、アイツは別れさせ屋かもな。」 「別れさせ屋?」 「「………」」 エストレヤだけでなくティエンダもフロイントも知らない言葉だったようだ。 「婚約者を別れさせるのを専門にしてる奴。」 「「「………」」」 「別れさせ屋だと俺は思ってるが、別れて自分が婚約者にと思っているかもしれない。以前はティエンダを狙っていたが、今は俺達のようだな。」 別れさせ屋と言葉を選んだのは、俺が狙われてるなんて自意識過剰発言は避けたかっただけだ。 多分アイツは俺を狙ってる。 俺というより公爵家の婚約者だ。 自分さえ幸せになるなら他人がどうなろうと関係ない、誰かの幸せを壊してでも自分の幸せしかみていない奴。 「…まさか…」  ティエンダは自分達が狙われていたことに全く気付かず、驚きを隠せずにいた。 婚約者を蔑ろにしている気はなかったが、鈍感過ぎたんだろう。 俺が始めて見た調理場でもアイツはティエンダの婚約者・恋人のような距離にいた。 知らない奴なら勘違いする距離だ。 「「………」」 エストレヤとフロイントは無言で何を言われたのか理解できずにいる。 「俺達は昼休み毎日ここにいるが、二人はどうするんだ?」 「「………」」 「仲の良いところ見せ付けておかないと、おかしな噂流されるかもな。」 少し脅すように伝えた。 でないと、この二人は決断できないだろうと思った。 「………ここに来ても?」 「俺は…構わないぜ。」 視線でエストレヤに聞いた。 「僕も…はい。」 「では…今日…から?…お邪魔します。」 「ぅん…ぉ邪魔します。」 お互い頷き確認し合い、ティエンダもフロイントも頭を下げた。 「あぁ」 これでこの二人はエストレヤに何かあったらすぐに俺に報告してくれるだろう。 その後はお互い婚約者とイチャイチャタイムにはいった。 俺とエストレヤは会話の合間に何度もキスをしていたが、視界に入る婚約初心者二人は見つめ合うもキスをする事はなかった。 …キスしたことない二人なのかもと脳裏によぎった。 ティエンダは正直な奴だと認識している。 「手を繋いだ」「膝に乗せた」と言ったが、それが全てなんだろう。 これは付け入るのも簡単だし、良い獲物と思われたに違いない。 他人の恋愛毎には興味はないが二人に別れてほしいとは思っていない。 ティエンダもフロイントもエストレヤに対して先入観で対応せず悪意も感じなかった。

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