1 / 15

Envelope - 1

〝 親愛なる あなた  昨夜のあなたの指先が、いまだ熱くわたくしの肌を慰めてくださる気がいたします。  あなたの逞しい腕に抱かれるとき、わたくしは孤独であることを忘れ、なんの(よすが)もなく生きる哀れな自分が、この人々の温もりも厚い扉の奥に隠された薄ら寒い世で、真実の愛を知る一等幸福な女であると思えるのです。  件のおはなし、風の噂で耳にいたしました。とても驚き、いまもペン先の震えるのを抑えられません。  なんと悲しい、そして、なんと哀れなこと。  あなたは、わたくしのような汚れた娼婦上がりの女とは、けっして結ばれぬ身。しかし、これからさき、あなたなしの世でわたくしのような身分卑しく、学もない女の生きるすべがはたしてあるでしょうか。なにより、あなたの温もりなくして、わたくしの胸は鼓動ひとつ打てず、そしてあなたも、わたくしなしでは生きていけぬことでしょう。わたくしたちの愛は高貴なご婦人方がうつつを抜かす、いわゆる道ならぬ恋などという陳腐なものとは違う。そういまでも信じております。  そこで、ひとつ考えがございます。わたくしたちの愛の行方と、あなたを悩ますもうひとつの懸念を取り払ってくれる、素晴らしい提案が。  つぎの満月の夜、ガゼボにてお待ちしております。    人に聞かれては困ります。かならず、ひとりでいらして。    あなたの愛 ソフィー 〟    赤赤と燃える暖炉の灯りが、月明かりを背にした男の影を映し出した。  白シャツにブラックタイ。型落ちだが、男の細い脚にぴたりと沿う仕立ての良いスラックス。  毛足の長い天鵞絨の絨毯に足音を吸わせ、男は部屋の奥に重々しく存在感を放つマホガニーの執務机へと向かう。そのまま迷うことなく真鍮の取っ手に指をかけ、下段から抽斗の中を検めていく。  日ごと所領より送られる、減税を請う嘆願書。  封を切った舞踏会への招待状、その礼状。  (つや)やかなガチョウの羽根ペンと、空のインク壺。  ――ここではない。  音を立てぬよう静かに抽斗を閉める。異国の血の混じる整った容貌は、当たりをつけた場所に目的のものが見当たらなくとも眉一つ動くことはない。  暖炉の火が爆ぜる。一瞬、灼かれた目を瞑り、男は浅く息を吐く。耳を(そばだ)て、遠くにも足音のしないのをもう一度確認してから、ゆっくりと(はしばみ)色の双眸を開いた。そして素早く、しかしあくまで慎重に部屋を見廻した。  時間がない。部屋の主はあと半時もすれば戻ってくるだろう。  かろうじて暖を取るだめだけに残された灯り。蝋燭一本の光源もない部屋のなかで目的のものを探し出すのは困難だ。再度当たりをつけ、蔭になった場所へ指を這わす。手のひらに感じる積もった埃の感触から努めて意識を切り離し、よもやここにあるまいと思いながら、膝をついて机の下まで覗き込んだ。  肩が床につけば、自然、尻を突き出す格好になる。  吐息に押され視界の端を転がっていくヒツジ雲にうんざりしながら暗がりへ目を凝らすと、 「ずいぶんと良い格好だ。節操のないその尻に男を咥え込む練習でもしてるのか」  突然、頭上から声をかけられ、男は胸のうちでそっと嘆息した。

ともだちにシェアしよう!