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第1話
夢みたいだ……。
湊を抱いたあの夜の記憶が、俺の体に強く刻まれて離れない。そのせいで、俺は現実の世界から、心と体を引き剥がされているような感覚をずっと味わっている。この世界にしっかりと自分を根差すことができないでいる。分かるだろうか? この、地上から2、3センチくらい宙にふわふわと浮いているような感覚を。その感覚は俺をとてつもなく幸せにするのに、その対岸には、狂おしいほどの焦燥感に頭がおかしくなりそうな自分がいる。
ああ、湊、湊……。
あの夜湊が、嫉妬に駆られて俺に会いに来てくれたことが死ぬほど嬉しかった。国仲智希との映画の番宣を見たことがきっかけだと知った時は、いつも理性的な湊でも、あんな風に感情を露わにさせることができるのかと思うと、頭が爆発するほど興奮した。
そしてやっと、俺たちは一つになれた。お互いに初めて体を繋げた相手になれた。その初体験は、自分の余裕の無さに頭を殴りたいほど憤るが、それを抜きにすれば本当に心から素敵な体験だった。
湊の体は白く木目細かく、まるで、キラキラと輝くダイヤモンドダストのように可憐だった。本当に湊は俺にとってタイプドストライクだ。初めて会った時は目が釘付けになって離れなかった。心の中で『見つけた!』と歓喜の声を上げる自分がいた。
すぐに親しくなりたくて自分から声をかけた。湊は優しく穏やかな性格で、仲良くなるのは簡単だった。
湊に出会い俺の高校生活は薔薇色に変わった。毎日湊に会えることが嬉しくて、楽しくてたまらなかった。多分あの頃が、一番俺が生き生きしていた時期だと思う。中学までは自分の容姿に女子が騒ぐのが煩わしくて、しかも、自分がゲイだということもあって、その環境がとても苦痛だった。だから、高校は絶対に男子校に行こうと思い、そうしたが、そのおかげで、俺は桜井湊という天使に出会えた。こんな幸運なことがあるだろうか。
湊と仲良くなり、高校時代を過ごすことは本当に幸せだったが、自分はゲイで、湊はノンケという関係性がいつも俺を苦しめた。何度、告白しようかと考えたが、湊を苦しめると思うとそれができなかった。俺の告白で、この仲の良い友人関係が壊れてしまうことを俺は一番に恐れていたから。
ともに大学生になり、俺は芸能界からスカウト受けた。全く興味がなかったから断るつもりでいたが、予想に反して湊は、俺にそのスカウトを受けるべきだと積極的に勧めてきた。
俺はその時、湊の理想の人間になりたいと思った。後先考えず、瞳を輝かせながら俺のスカウト喜ぶ湊をもっと喜ばせたいと思った。それがこんな風に、会いたい時に会えないというもどかしい関係になろうとは。
今になって思う。俺があの時スカウト断っていたら、自ずと俺たち二人は、今のように恋人同士になっていたのかと。だったら俺が芸能人になったことに何の意味があるのかと。
この運命のいたずらがなかったら、俺たちはただのゲイカップルとして、ごく普通の日常生活を送れていたのではないかと思うと、俺は心の底から悔しくてたまらなくなる。
湊は良く俺に言う。『一磨には演技の才能がある』と。俺は正直そんな何の根拠もない言葉を信じていなかった。でも大好きな湊から言われると、その何の根拠もない言葉が、まるで魔法のように俺に効果を発動させ始めた。
俺は、演技の回数を重ねるごとに、自然と演じることが楽しくなってきた。自分がなろうとする役に思いを馳せ、その役を魅力的輝かせることができた時、何とも言えない達成感と満足感を味わうことができた。その思いは、難しい役であればあるほど強くなり、気づいたら、演技の面白さにハマっている自分がいた。
湊は、俺には全く自主性がないと良く言うが、それは違う。俺は湊が好き過ぎて、常に湊中心に物事考えてしまうだけだ。これはあまりに極端な考え方で、とても不健康だとは思うが、俺の心が何の迷いもなく湊に向かってしまうのだからしょうがない。
だから俺は、湊が『こうだ』と言えば、俺は何の迷いもなく『そうだ』と受け入れる。だって、俺の最高に可愛い天使の言うことを聞かないなど、俺の中の辞書にはないから。現に、湊の勧めで芸能人になった俺は、演技の才能を認められ各媒体から引っ張りだこだ。やっぱり、俺の湊には本物を見極める鋭い感性がある。あの一悶着あったラジオ局にも採用されたみたいだし。
あのラジオ局の収録の時は、仕事とは言え、大好きな湊を目の前にしてしまったら、もう自分の思いを抑えることなどできなかった。自分がゲイだということが世間にバレ、芸能人を辞めるようなことになっても、俺は全く構わないと思ってあんな行動に出た。
でも、あれがきっかけで両想いだということに気づけたけど、時すでに遅しで、俺はこんなにも時間に余裕のない人気俳優になってしまっていた。そして、追い打ちをかけるように湊は言うのだ。『僕は一磨の才能を応援したい。だから芸能界を辞めないで』と。
ああ、湊にそう言われてしまっては、俺にはもうどうすることもできない。あの真っ直ぐな瞳で俺に懇願する湊の顔を思い出すと、俺の胸は切なさで苦しくなる。
今、俺の隣で休憩をしているのは、俺の恋の相手役を演じる国仲智希だ。流石に芸歴が長いだけあって場の空気を読むのが上手いし、共演者やスタッフに対しさり気ない気遣いができる。顔だって流石芸能人って感じのかなりの美形だ。でも、俺はこれから、どんな美形やすこぶる魅力的な男が現れても、絶対に惹かれない自信がある。だって俺には湊だけだから。湊が俺の絶対的なナンバーワンでオンリーワンだから。
俺は、チラチラと俺に熱い視線を送る国仲智希の存在に気づかない振りをして、持っているペットボトルの水を一気に飲み干した……。
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