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第2話

 どうやら国仲智希はバイセクシャルらしい。それを知ったのは、映画の撮影が始まってしばらくした頃だった。ゲイの人間からすると、バイセクシャルというセクシュアリティには正直あまりお近づきになりたくなかったりする。  この世界にスカウトさせる前、湊は知らないSNSで知り合ったゲイの友人が、バイセクシャルの男と付き合い、相当心を疲弊したと言っていたからだ。  バイセクシャルは女性も好きになれる。それはイコールいつでも鞍替えることができるということだ。 『やっぱり女性が好きだった』と言われ、友人はそのバイセクシャルにフラれてしまった。付き合っている間も、友人はいつ彼が心変わりするかを恐れていた。その精神的苦痛と言ったらどれほどのものだったろうか。  そこに世間体とか、親に孫を見せるがセットになったら、ゲイの友人もそれが正解で、こっちがバグみたいなものと納得せざるを得ないだろう。俺だってそう思って身を引くしかない。  だからとにかく、バイセクシャルという存在はゲイにとってとても複雑な存在なのだ。国仲智希がそうだと知った時は、『この男は今まで何人の男女を泣かせてきたんだろう』と、勝手に想像してしまった。 「何ですか? 俺の顔になんか付いてますか?」  国仲がへらへらと笑いながら、俺の顔を覗き込んで来る。 「は? それはこっちの台詞だよ。やめろよ」  俺は少しイライラしながらそう言った。でも、湊も言っていたが、国仲はあの映画の番宣の時、俺をやたらチラチラと見ていて、それがとても気になったと。しかし、それが湊の嫉妬心を爆上げしたのかと思うと、俺は心の中で『国仲グッジョブ!』と最大限に叫ぶ。 「えー何ニヤニヤしてるんですか? 気持ち悪い」  国仲は露骨に嫌そうな顔をしながらそう言った。 「別に。智希には関係ないよ」  俺は本当のことを正直に伝えると、国仲は瞬時にふてくされた表情を作った。  この男は感情も表情も豊かで、俺なんかよりこの世界が向いていると思う。自分の役を瞬時に理解し、それを監督の期待通りに表現できる。この男と共演して、俺は少し脅威を感じたくらいだ。今までの共演者の中で、一番、俺に刺激と若干の焦りみたいなものを与える稀有な存在。多分それは、バイセクシャルという性の垣根を簡単に超えられる柔軟さが帰来しているような気がする。圧倒的な自由感をこの男は持っているから。 「俺、一磨さんを始めて見た時、息が止まったんです。ついに出会ってしまった! って。分かります? この気持ち……」  またか……これで何度目の告白だよ……。  俺はうんざりしながら台本に目を通した。でも、気持は分からなくもない。俺も湊に初めて会った時同じように思ったから。あの衝撃と幸福を、俺は今でもありありと思い出せる。  映画撮影中に、俺は国仲に飲みに誘われた。その時、国仲はいきなり俺に、自分はバイセクシャルだと告白してきた。そして更に俺に向かって『一磨さんはゲイですよね?』と言ってきた。  俺は不意の質問に言葉を詰まらせてしまった。ここで『違うよ』と言っても、この男には通用しないと瞬時に悟った俺は、しばらく間を置いた後『そうだよ』と伝えた。  国仲という男は、自分から自分のセクシャリティを話し、相手を油断させるというテクニックを使う。俺も正直に言ったんだから、あなたも言っちゃいなよ。みたいな軽いノリで。  国仲はそこで大笑いをして、酒を一気に煽った。オーディションの審査員は同性愛者を見抜ける直感でも持っているのかと。確かに偶然とは言え、男性同士のラブロマンス映画で、本物のゲイとバイセクシャルをキャスティングしてしまうなど前代未聞だろう。 「俺たちの演技にリアルさを感じたのかな。実は監督もゲイだったり?」  その可能性は無きにしも非ずだろう。だとしたら、俺たち三人は、口に出さなくとも、暗黙の了解で、自分たちの本当の姿を秘密にし合える間柄だということだろうか。  それを国仲に伝えると、国仲は楽しそうに笑った。  あの日の会話を思い出しては、俺はバカらしくて自虐的に笑ってしまう。 「はあ、もうやめてくれ。俺には心から愛する恋人がいるって、もう何度も言っただろう?」  俺は言い飽きた言葉をまた吐いた。国仲はしつこいくらい俺にモーションを掛けてくる。 「だから俺も何度も言ってるじゃないですか……セフレでもいいって。俺、一磨さんに、映画みたいに本当に抱かれたいんです」  俺は心の底からうんざりして、頭を抱える。 「この間のベッドシーンの時、俺マジ勃ちそうで本当に焦ったんです。何とか抑えたけど、あの時は辛くて死ぬかと思った……」   国仲はデッキチェアの背もたれに体重をかけ、椅子の前側の脚を浮かせながらそう言った。こんな会話誰かに聞かれたらかなりまずいが、俺はこの仕事をいつ辞めてもいいと思っているから正直気にしない。でも、国仲の豊かな才能は勿体ないと思うから、スキャンダルには本当に気を付けた方が良いと素直に思う。その時、『ああ、これが、湊が俺に対して感じる気持ちなのか』と解った気がした。 「じゃあ、その恋人にいつか合わせてくれませんか? 一磨さんがそこまで愛してるその彼を、俺どうしても見てみたいんです。俺の納得のいく相手だったら、諦められる気がします」 「はあ? な、何を言って……」  俺は国仲の言葉に驚いて立ち上がった瞬間、デッキチェアを勢い良く後ろに倒してしまう。 「いつも冷静な一磨さんがそんなに驚くなんて……本当にマジなんですね。増々会いたくなるなぁ」  国仲は倒れたデッキチェアをさっと起こしながら、俺の耳元にそう囁いた。 「嫌だ……絶対に会わせない」  俺は声を震わせながらそう言った。湊に国仲を合わせるなど死んでも嫌だ。でも、その時、俺の頭にあることが閃いてしまった。それは多分とても良くない考えかもしれない。  湊は、この間の自分の浅はかな行動にかなり落ち込んでいる。嫉妬に駆られ俺のマンションに来たことに。もう二度とこんな危険なことはしないと、肩を落としながら湊は俺のマンションを後にした。俺は正直、『ああ、また元の湊に戻ってしまった……』と落胆した。でも、ここでもし、国仲にまた湊の嫉妬心を刺激してもらえれば、湊はまた積極的に俺を求めてくれるかもしれない。今度こそ、俺にこの仕事を辞めてくれと懇願してくれるかもしれない。  俺は自分の思い付きに、胸がかっと熱くなった。全身にエネルギーが充満するような感覚にしばらく酔いしれる。 「……本当にそれで諦めてくれるのか?」  俺は心を落ち着かせながら国仲にそう言った。 「え?! 会わせてくれるんですか?」  国仲は今にでも飛び上がりそうな勢いでそう言った。 「……分かった。会わせるよ。ただ、三人のスケジュールが合うときじゃないと……俺が調整する」  俺はそう言うと、早速湊と連絡を取るためスマホを手に取った。

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