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第2話

「たでーま」  ただいまー、と言いたかったのだろうが言葉にも肩にも力が入っていない。こいつが帰ってくるときは、ピリついているか、ゾンビテンションかのだいたいどちらかだ。 「お帰り」  玄関まで出向いてやると今にも倒れそうな恋人が、やけに小さい紙袋を渡してきた。 「はい。勇気。お土産~」 「ん? ああ」  お土産? 饅頭とかが入っているにしては小さいな……  受け取り、中を覗くとイヤホンのようなコードが見える。 「イヤホン?」  純の使っているイヤホンは高音質なので羨ましいと思っていたが、まさかちらちら見ていたのがバレたのだろうか。  よほどくたびれているのか、説明も無しに純は上着を脱ぎながら俺の横を通り過ぎる。 「つっかれたー。シャワー浴びてきたからもう寝るわー」 「飯はいいのか?」 「いらなーい。寝る寝る」  バサバサと服を脱ぎ散らかしていく。シャワーを浴びたのは本当らしく、嗅ぎ慣れないシャンプーの香りがふわりとした。 「カレーだぞ? お前好きだろ?」 「マネージャーから連絡来たら『家で寝てる』って言っておいて」  腕時計を外し、寝間着に着替えると寝室に消えていく。  こいつはひと月も家に帰らないなんてザラだ。もう慣れたつもりでいたが、寂しさからつい呟いてしまう。 「俺が……作ったのに」  寝室の扉が開いた。 「勇気さあ? そういうことはお帰りより先に言おうよ。寝るとこだったじゃん」  リビングで、寝間着姿で足を組んでいる純のためにカレーを温める。  呟きがばっちり聞かれていたことに頬が染まる。恥ずかし……我ながら。 「いやあの、つい……。てか、いいのか? 寝る前に食ったら辛いぞ?」 「ばーか。勇気の手料理を。食えるチャンスを逃してたまるか」  眠そうに瞳を擦っている。カレーなら明日食えば、とも思ったが朝一で出るようだ。万年忙しいなこいつ。人気爆発したことは喜ばしいが。 「全国ツアーお疲れさん」 「……んー。ありがと。……勇気に会えない寂しさでまた生クリーム酒ラーメンに走るとこだった」 「いい加減にしとけよお前」  クッションを膝に乗せて半分寝ている恋人に、呆れた眼差しを向ける。  プラチナヘアーに伏し目がちの金の瞳。肌も白く、何もせず黙って座っていれば美術品のような儚さと美しさ、ついでに高身長も併せ持った奇跡の人物。  全国ツアーから帰ったばかりのトップアイドル。『スノードヴム』のリーダー霧崎純だ。  中身は甘党狂いだけど。 「吹き出物ひとつでも出来たらアイドルって死刑なんだろ?」 「……それは『スノードヴム(俺ら)』だけだな」  純はよく奇行に走るので、スノードヴムのメンバーはアホリーダーに苦労しているらしい。せめて外見だけは維持しろと、ついに死刑宣告されていて笑った。 「でもごめん。そんなに食べられないから少量にして」 「おう」  そんなことで謝る必要はない。食べると言ってくれただけで嬉しい。  テーブルにカレーとスプーンを置く。飲み物は水でいいか。カレーには水だ。 「はいよ。熱いからな?」  立ちのぼる湯気とスパイシーな香り。  純はうっと口元を手で覆う。 「やっべ。涙出てきた……。勇気がマネージャーになってくれればいいのに。じいちゃん(今のマネージャー)怖いもん」 「世迷い事言ってないで食べろ」  あの初代水戸黄門みたいなマネージャーに文句言うな。有能な人材だってのに。  そっと手を合わせる。 「いただきます」 「ゆっくり食えよ」 「聞いてよ~。皇(すめらぎ)のやつがさぁ」  洗い物しながら純の仕事やメンバーの愚痴を聞き流していたが、しばらくすると静かになった。  手を拭いて振り向くと、ソファーの上で爆睡している。 「あれま」  皿の上のカレーは三分の一になっていた。頑張って食べた方だろう。  寝間着の胸ぐらを掴むと、文字通り叩き起こす。 「痛い! そこは寝かしておいてよ」 「外見維持に失敗したらメンバーに闇討ちされるぞ。歯を磨いてこい」  歯が命って言うだろ? 「はあ~……」  長身のイケメンはのろのろと洗面台へ向かう。 「……」  そう言えば、あのお土産はなんなんだろう。食べ物なら冷蔵庫に入れておかないと。  袋から出してみるとイヤホンの亜種のような機械が出てくる。説明書も入っておらず、純も寝てしまったため、結局分からずじまいだった。 「全国ツアーの後は休みだろフツー。なんで仕事入れてんのあのマネージャー……」  ベッドで純が死んでいる。  帰ってきた服装のままシーツに沈む。風呂に入らないと絶対にベッドに入らない! シーツに雑菌を持ち込みたくない! と喧しいこいつが。随分お疲れの様子。  アイドルしか着ないような華やかな白スーツがしわになるぞ。……アイドルだわ、こいつ。  胸のお花の飾りがクシャッてしまっている。 「いいじゃん。働けるときに働いておけよ」 「勇気までクソみたいなこと言うしさー。最悪だわボケ」  おっと。  普段とろけたコンニャクのようなこいつにしては珍しい。俺のような口の悪さだ。相当キてるな。疲れが。  死んでる純の隣に腰掛け、背中を摩ってやる。 「でも明日は休みもらったんだろ? 一日中寝てれば?」 「あーもっと撫でて」  尻を叩く。 「痛いです! なんで?」 「風呂行ってこい。湯船に満タン入ってるから」 「……洗うのだるい。勇気ぃ。頭洗ってくれよ」  ごろごろ転がしながら手足をじたばたさせている。デパートのおもちゃ売り場で見かけたな。お母さんと幼児のセットで。 「やだよ。服濡れるじゃん」 「脱げよ!」  飛んできた枕をよける。 「駄々っ子かお前。はよ行け。何のためにその無駄に長い手足があんだよ」 「……くっそ」  むくりと起き上がると服を雑に脱ぎ捨てて向かう。なんであいつは脱衣所で脱がないんだ。  散らばった服を拾い集める。 「クリーニングで良いんだよな? 財布とか抜いたか?」  もう風呂に入ったのか浴室の向こうから声が聞こえる。 「確認よろ~」  よろ~、じゃねぇ。 「大事なもん入ってたらどうすんだよ……」  一応ポケットの中に手を突っ込む。何かが手に触れた。 「ほらー。何か入ってんじゃん」  引っ張り出したのは長方形の紙だった。ちょうど名刺のようなサイズ。 (名刺って大事なものなんだろ?)  裏をぱっと見ると『甘いものの後のラーメンは至高会』と書かれたポイントカードだった。思わず笑顔になる。  シュレッダーで粉末にして捨てておこう。  ふう。いい仕事したぜ。 「何やってんの?」  もう出てきた純が不審げに声をかけてくる。  腰にタオルを巻いただけの姿。走りながら歌うスタイルのアイドルグループに所属しているだけあり、ぬるい鍛え方はしていない。俺は声を出しながらマラソンするだけで信じられないほど息切れするというのに。それを数時間ぶっ通しでできるアイドルとか言う超人たちを純粋に尊敬している。  バッキバキと言うわけではないが、アイドルに必要な筋肉がついており引き締まっている。あんまり筋肉を太らせると衣装着られなくなるからほどほどにと言われていたな。  全体的に色素が薄いせいで眩しいばかりの裸体だ。  練乳イチゴミルクを飲みながらフェイスタオルで髪を拭いている。どっちかにせえや。 「早くない? 一時間くらい浸かってろよ。疲れ取れないぞ」 「無理。浴槽で寝る」  天国直送コースだな。 「ちゃんと拭けって。そこ座れ」 「へえへえ。そんな面倒見てくれるなら、頭くらい洗ってほしかったな」  ソファーにぼすっと腰掛け大あくび。  まだ言うか。 「エステでも行けよ」 「他人に触られたくない」 「あー」  そうだったな。俺にはシールのようにくっついてくるから忘れるわ。  ブォーッとドライヤーの風がプラチナヘアーをなびかせる。リビングの白い光を受け、輝いて目を奪われた。 「綺麗だな……」  心に浮かんだ言葉が口をついて出る。  ぽかんとした金の瞳と目が合ったことで、自分の失言を悟った。  頭を掴んで強引に前を向かせる。 「こっち見んな」 「……珍しっ。初じゃない? 勇気が俺の外見褒めてくれるの。勇気は俺の外見に興味ないんじゃないの?」 「ないけど。綺麗なものは……ああもううるさいな。忘れろ」  髪が乾くとヘアオイルを手に取り、頭皮マッサージする要領で塗っていく。純の好きな金木犀の香り。夏だろうが冬だろうが金木犀の香りを纏っている男。貰い物のレモンやミントの香りも勧めたが、露骨に機嫌が悪くなったので俺が使っている。 「きもち~」  寝そうな声を出す純。  純が(マネージャーやメンバー達から)消されないように外見を整える協力もしてやらないといけない。専属のトレーニングの人や美容サポーターもいるが、俺が甘やかして甘いものを与えないようにしなくては。  ペットかよ。 「晩飯食うだろ? 服着てこい」 「いらな……勇気の手作り?」  この前のことがあるからか、ちょっと期待した目を肩越しに向けてくる。こういう反応されると嬉しいな。もっとも、全国ツアー終わりでもないと、好きなメニューは食えないだろうけど。 「いや? 栄養士の人が作ったお弁当」 「もう寝る」  首を鳴らしながら寝室に歩いて行く純の腕を掴む。 「おい! これ以上痩せたらローキックされんぞ!」  太っても痩せてもいけない。 「なんで皆俺に厳しいの⁉ ねえ! もっと甘やかして良くない?」  こいつは甘やかせば甘やかしただけ調子に乗るから危険だ。腕を組んでビシッと言い返す。 「金の成る木を厳しく管理するのは当然だろ?」 「……もうちょっと言葉選べよ」  ヒクッと半笑いしている。 「いいから。レンジで温めてやるから」  くるっと背を向けると今度は俺が腕を掴まれた。 「何?」 「おいで」 「は?」  寝室に引っ張っていかれる。嫌な予感がした。  暗い寝室につくと放り投げられる。ベッドに。  純のにおいがする。浸っている場合ではない。すぐに顔を上げた。 「純? 寝るんだよな?」 「……分かってることいちいち聞くよな~」  やっべ。抱かれる。  猛禽類のような瞳に、起き上がろうとしたが肩を掴まれた。そのまま体重をかけられる。 「おい……。純!」  応戦したが数秒しか持たなかった。体重と体格の差はそこまで無いんだけど。鍛えているからだろうか。アホ度が高くて忘れがちだが力の強さに驚くときもある。  乱暴に押し倒され噛みつくようにキスされた。 「……ッ」  上に乗っかられればよほどのことがない限り抜け出せない。  諦めて力を抜く。 「……勇気」  顔の角度を変え、ぬるっと舌が入り込もうとしたところでパンチした。油断したのかきれいに横に倒れる。 「勇気さん⁉ 観念したんじゃないの?」 「はあ? いや俺、抱かれたい気分じゃない」 「フェイント入れてまで俺のこと殴りたいの?」  惨敗した球児のように泣き始めた。 「何でいつもいつも気分じゃないのさ! 性欲どこやったの⁉ 勇気の馬鹿」 「んー……。俺は性欲強い方だと思うけど。お前がいない間は寂しいし、ムラムラもするんだけど。お前が帰ってきたら全部どっか行く」 「帰ってきただけで満足すんな! おじいちゃんか!」  っせぇなあ……。付き合ってられんわ。 「じゃあな。朝に晩飯の分も食えよ? 今日は早めに寝……っと」  寝室にベッドは二つ。寝るためだけの部屋でベッドの他には小さな棚とサイドテーブル。洒落たテーブルランプくらいしかない。  俺のベッドの方に置きっぱなしだったスマホが点灯する。暗い室内では眩しいほどに。  表示されている名前を見てから電話に出た。 「おう」 『花見、久しぶり。今話せる?』  この明るい声は。  全国ツアーが終わったこのタイミング。ちょっとだけ顔をしかめる。 「……純の話ならしないぞ? アイドルのスケジュールとかぺらぺら教えられないし」  電話の相手は中学の同級生。一般人枠では俺が霧崎純と付き合っていると知っている唯一の人物。  『スノードヴム』霧崎純の大ファンでもあり、何かとあれこれ聞かれるので先手を打つ。 『分かってるよ。お前が口固いのは。霧崎純とは関係ない話なんだけど……』  イイ感じのバーを見つけたので久しぶりに飲まないか? という誘いだった。ふむ。最近飲んでないし、たまにはいいかもしれない。 (でもなー。せっかく純が帰ってきたし、一緒にいたいんだよなー)  惜しい顔で頭を掻く。  セックスの気分ではないが、純をほったらかして出かける気にはならない。同じ空間に居るこの時間を堪能したいのだ。  話がズレていき全然関係ない話で笑っていると、誰かが背後に立った。金木犀の香りが鼻に触れる。  後ろから伸びてきた指が器用に『切』ボタンを押した。ぎょっとして振り向く。

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