4 / 4

第4話

 休日の夜。  少ない時間をかき集めるように共に過ごしていると、観ていたドラマがCMに切り替わった。  立ち上がりかけた俺の腕を、恋人が掴む。 「ん? お前もコーヒーか?」  神の芸術作品と呼んでも過言ではない容姿の恋人を見下ろす。霧崎純。彼はこちらを見てすらいなかった。彼の手には色違いのマグカップに、寒気のする量の生クリームが絞られていて胸焼けする。いい加減、バットで殴った方がいいだろうか。  純は長い足を組む。 「今度の撮影でさ、キスシーンあるんだけど。ゆ、勇気が嫌なら断ろうか?」  言い終えるとようやく金の瞳をこちらに向けてきた。声はいつも通りなのに、どこか怯えるような雰囲気。  顔をうげっとしかめると、恋人でもありアイドルとしても頑張っている純の手を振り払った。 「んなこと気にする奴がアイドルと付き合うかよ馬鹿が。お前の仕事には理解を示してる。しっかり金稼いでこい」  マグカップにコーヒーを淹れて戻ると、純に肩を抱き寄せられる。 「んー。ちょっとくらいヤキモチ焼いてほしかったかも」  幻想的な顔で唇を尖らせている。 「仕事にヤキモチ焼かれるって、うざくないか?」  俺には理解できんが、純はちょっと悔しそうだ。 「いや~。俺に縋りついてくる勇気とか見たくなってさぁ?」  ガン無視してコーヒーを味わう。美味い。この苦さがたまらん。 「ゆーうきっ。無視すると虐めちゃうよ?」  顔を近づけてくる。甘い香りの他にふわりと、金木犀のいい香りがした。が、すぐにコーヒーの強い香りに上書きされる。 「やめとけ。縋りつく純を想像したらキモかったから」 「あれ? なんで俺が縋りつく側に?」 「あ、この人。二位の俳優さんじゃないか?」  シアターサイズのテレビを指差す。そこには先月の雑誌で「キスされたい男ランキング」の二位に輝いていたイケメンだ‼ あらためてかっこいいと思う。若いのにどこか渋いんだよな。一位? 隣の芸術作品です。  画面に夢中で、純が冷めた目を向けていることに気が付いてなかった。危険な兆候で、見逃してはいけないものだったのに。  純はにこっと微笑む。 「はい。没収」 「ん?」  手から、お気に入りのマグカップが取り上げられる。  純はマグカップをテーブルに置くと、強引に俺の腕を引っ張った。 「は?」  ずんずんと寝室に引きずられていく。迫りくる暗い寝室の入り口に、「あ、やばい」と思ったが遅かった。  わずかばかりの抵抗も虚しく、一人がけソファーに座らされる。 「純……? 今日はふたりでゆっくり過ごそうって……」  恋人同士だが、一緒にいられる時間はとても少ない。  冷や汗が背中を濡らす。  棚の中を漁っている彼の背中には、怒りが滲んで見えた。  振り返った純の瞳に暖かみは無い。 「そうそう。そのたーいせつな時間で、勇気が他の男を見てはしゃいでいるんだもんね? 傷つけられたよ俺は」 「いやあれは! ただの、テレビの感想を言っただけ、だろ?」  何を言ってももう遅いのだ。この部屋に入った時点で。 「ベルト外して」  全然笑ってない笑顔で純が指示してくる。この言葉に逆らえない。……そういう約束だ。  震える手でズボンのベルトを外すと引っ手繰られる。 「あっ」 「じっとしててね?」 「……うん」  そのベルトで腕を背中で縛られた。  逆らえないのは純が一番知っているのに。こいつは縛るのが癖なのか。 「ふふっ。似合う似合う。ずっと縛っておきたいくらい。じゃ、まずは一回、イっておこうか」 「……」  ぐっと奥歯を噛みしめる。  何かを準備していた純が、俺の様子に気づくとにんまりと笑う。 「何?」 「……」 「あ、また無視した。俺も無視してやろっかな?」  背筋に氷が滑り落ちた気分だった。  放置されると思うと恐ろしく、慌てて首を振る。 「言葉に、詰まっただけだ!」 「言い訳してる勇気が可愛い。脚広げて」  冷たく命じられた。 「……っ」  限界まで股を開くと純が手を突っ込んでくる。 「ひうっ」 「大丈夫大丈夫。勇気が好きなバイブをくっつけるだけだから」  下着の中を男の手が蠢く。 「ちょ。何して……あっ」 「んー? 新商品見つけたら勇気で試したくなっちゃってさ」  コンドームのように装着するタイプだがゼリーのようにぷるぷるしている。それが満遍なくイチモツを包み込んできた。 「っ、冷たい……」 「すぐ勇気の体温でぬるくなるって」  小馬鹿にするように頬を撫でられ、耳にキスされる。 「痛い、やつ?」 「んー? いやいや。そんなものを勇気に付けるわけなくない? 勇気が、痛くしてほしいならともかく。ま、気に入ってくれたら嬉しいかな」  言い終える前に手元のスイッチを押す。俺は嫌な予感しかしなかった。  イチモツを包み込むゼリーが波打つように動き出す。 「うえっ⁉ なんか気持ち悪い」  ぬち、くち、と百均のスライムでも握り潰したような音が寝室に響く。 「……っ」  これが、この音がけっこう恥ずかしい。 「ん……」  ぶちゅ、ちく。 「やだ。これ」  ぷちゅ、ちゅく、ちく、ぢるるっ。  股間から高い水音が発され、鼓膜を振るわせていく。こんな音が自分から鳴っている現象に、頬が染まっていった。  純はおかしそうににやついている。 「ぷっ。勇気からすっごいいやらしい音がする」 「……んっ!」  ちゅく、んちゅ、にちゅ、ぴちっ。  音だけでも辛いが、手のひらで揉まれるようにゼリーが動くのでじわじわと熱が広がっていく。 「ぅ、あ……」 「恥ずかしがってる顔がかーわいい。でもそれ音はいいけど刺激は緩いでしょ? イくまで時間かかりそう?」  気持ち良い所を揉まれ、ぴくっと肩が跳ねる。 「んっ。……うん」  ハッキリ言ってもどかしい。純は激しいのが好きなので俺の身体もそっちに慣れてしまっている。  ぷちゅ、にち、ちゅる、ちゅる。 「あ、あ……っ」 「冷たいって言ってたけど、ぬるくなってきたんじゃない?」 「あっ、純」  おもむろに恋人がチェックしてくる。ゼリーの上から、純の手のひらで包み込まれた。 「ふぁ!」 「んー? まだちょっと冷たい? かな」  ちゅっと唇にやさしいキスをされる。……握ったまま。 「ねえ。勇気。勇気の好きな乳首攻めとくすぐり、今夜はどっちがいい?」 「あっあっ。ああ、ああ!」  純の親指が先端で円を描く。それはゼリーで良く滑り、ちゅるちゅると鈴口を刺激した。敏感な部分を絶え間なくくるくるされ、純の話を聞くどころではなくなる。 「んんっ。そこ、アッ! そこ、やだ……あ、そんな!」 「勇気が可愛いから好きな方を選ばせてあげる」  ちゅくちゅく、ちゅくちゅく。 「ッ! あ、ああっ‼ そこ、ンッもう、や」  首を振るが、純はそんなことでやめてくれる奴ではない。むしろ楽しませてしまうだけだ。 「勇気? また無視するの? 怒っちゃうよ~? 俺」  屈むと面白そうに見上げてくる。その顔は腹が立つほどに美しかった。  返事をしようとしても敏感な部分を刺激され続けているせいで、意味のある言葉が口から出ない。 「ふあ、ぁ、ああ、ああ! 止め……っ‼ ンッ! ああッ」  ガクガクと足が震える。 (そんな一ヵ所だけ刺激されたら……)  イくこともできない。 「ゆーうき?」 「あっ、手を、はなしっ……。一回、やめ、あっやだぁ‼」  純の親指が尿道に入り込もうとするかのような動きをしてきて、たまらず叫んでしまう。しかしここは純の城。いくら叫んでも誰にも届かない。  逃がさないとばかりに水音が耳を犯す。  ぷちゅ、ぐちゅ、にちゅ、じゅる。 「あは。なんか、違う音も混じり始めたんじゃない?」 「はあっ、じゅん……いや! そこ、そん、やだああ‼ いやああぁ!」 「リハーサルの威津火(いつか)並みに叫んでるなぁ。返事がなかったんで、両方しよっと」 「ああっ、やだ! やだ、ああん。ああ、アアッ!」  恐ろしいことを言われたが俺では何もできない。  急にマネージャーあたりから連絡が来てこいつをどっか持ってってくれることを願ったが、もちろんそんなタイミングよく連絡など入らないわけで。  股間から手を引き抜くと、服のチャックをジーッと下ろしていく。服の前がはだけ、赤く色づいた乳首が晒される。 「……はあ、はあ。純。胸は、やだ」  息も絶え絶えに言うが鼻で笑われる。 「もう遅いよ。他の男を見てたのは勇気だろ? おい」  ぺちんと、軽くだが頬を叩かれた。 「……だからっ、あれは……」 「俺は二人の時間を大事にしてるんだけどね。勇気は違ったようだな」  はーやれやれと肩をすくめる純にカッとなる。 「俺だって! もっと、お前との時間欲しいに決まってるだろ‼」  ただでさえ一緒にいられる時間は少ないのだ。こいつを見送る側だが、もっと話したいなと思うことなどよくある。 「……」  自分でもハッとするような大きな声が出た。純も、目を丸くしている。  純はへらっと笑う。 「可愛い事言うじゃん? 命乞い?」 「いや、あの。いま、今のは、忘れてくれ……」  本心が口から滑り出たせいで信じられないほど恥ずかしい。燃えるような顔を伏せて隠す。  俺の反応から、その場しのぎの言葉じゃないことは分かってくれたらしい。 「あらら。自爆しちゃって」  垂れた髪を耳にかけてくる。 「なんか可愛いから、くすぐりだけにしてあげよう。ベッドおいで」 「……ん」  一度腰を上げたが、足が震えてぼすんと座ってしまう。ゼリーはまだ動き続けているので歩きにくい。 「んん……」  鼻から抜けるような吐息に身を震わせていると、逞しい腕が二本。俺を簡単に抱き上げた。 「あ……。純」 「んー? 俺の気のせいじゃなかったら、勇気が痩せた気がする」  適当なことをほざきながらベッドへ歩いていく。 「嘘つけ、ッ……重いだろ?」 「勇気が? ジムのバーベル以下なんですけど。あと五キロは太ってから出直してきてほしい。鍛錬にもならない」 「純……」  自分の物とは思えない儚い声が出た。純に頬すりすると、ガクンと彼の膝が砕ける。こけそうになっても俺を落とさないように抱えていたのは流石だ。 「純? つまずいた?」 「……勇気からの可愛いアタックが……! ど、どうしたの?」  純の首筋に顔を埋める。 「重くないんだったら、もうちょっとだけ……」 「……」  恋人に抱きしめられているのが心地好く、ベッドに下ろしてほしくないとばかりに顔を擦り付ける。  彼に抱っこされるのなんて、本当に久しぶりだ。 「ぁ……ふぁ。んっ」  ちゅくちゅくと、緩い刺激は続く。純は少し迷ったようだったが、俺を横抱きにしたままベッドに腰を下ろした。俺は彼の硬い膝に尻を乗せることとなる。 「さっきは叩いちゃってごめんね?」  俺と違って手が早くない純が頬を撫でてくる。子どもみたいで恥ずかしいが、撫でられるのは嫌いじゃない。純限定。 「いいよ。……ンッ。俺もよくお前のこと殴ってるし。河原で殴り合いでもしに行くか?」 「なんでこの空気で昭和のヤンキーみたいなこと言うの?」 「慣れてないんだよ。甘い空気? 作るの。お前いつも、がっつくし」 「しょうがないでしょ? 仕事中は勇気に触れられないんだし。家に帰って準備万端の勇気がいたら、ねぇ?」 「うわっ」  ベッドに放り投げられると、覆いかぶさるようにキスしてくる。密着してほしいと俺が言ったせいか、長身が圧し掛かってきて重たいが、いまは嬉しい。  角度を変えるたびに、キスは深く甘くなっていく。 「……、……ぁ」 「腕、痛くない?」  背中の下敷きになっている俺の腕を気にしてくる。 「そう思うなら、解けよ」 「やーだ」  白い歯を見せて笑う恋人。  純の手が顎を掴み、熱い唇で吐息を塞がれる。 「……」  純も甘い雰囲気作りを疎かにしていたと感じたのか、今夜は多めに甘い言葉を吐いてくれた。 〈純視点〉 「あー可愛かった」 「……」  翌朝。  朝日を浴びながらのいちごみるくは最高だ。ワイングラスで堪能する。  風が吹き込んでくる寝室。シーツでダンゴムシになっている恋人の背中を叩く。 「勇気が。甘い言葉を吐くだけであんなに可愛い反応するなんて思わなかった。俺の一押しは『やだっ。もういいって!』と『ん……俺も』かな?」  背中を蹴られる。 「先に教えといてよ。真っ赤になってる勇気が可愛かったなぁ~。あーあ。勿体ない。勇気は乱雑にされる方が嬉しいのかと勘違いしてたオッ」  どかどかと蹴られて口からいちごみるくを吹きそうになった。  ダンゴムシを睨みながら口元を手の甲で拭う。 「蹴るなって! そんなに元気ならもう一回するか?」  勇気の細い足首を掴んで持ち上げる。 「あっ、馬鹿!」  シーツがはだけ、勇気の裸体とおはようする。キスマークの他に歯型が咲いた肌。ぼさぼさの髪。 「うへー」 「ばっ‼ ……見るな! 足、放せ!」  抵抗できない彼は身を捩って肌を隠そうとするが、両腕と片足を封じられていてろくに動けていない。気の強い顔を赤く染めて俺の視線に恥じらう。  胸、お腹、股間と順番に凝視していく。  俺の息子が元気になってきただけだ。昨日あれだけしたのに。 「良い眺めですなー。夜景よりいいよ」 「言いたいことはそれだけか⁉ いつまで掴んでんだ。馬鹿! 純! 放せって」  照れと怒りが混じった表情がすごく息子を刺激してくる。もう一本の足で俺を蹴ればいいのに。羞恥心でいっぱいなのだろうか。  悪戯したくなったので両足を広げてやった。 「ひあっ⁉ ……あ、お前なぁ」  すべてが朝日に照らされる。 「顔真っ赤すぎ。明るいから恥ずかしいのかな?」 「……」  顔を近づけるが、勇気は意地でも目を合わせるか! と言わんばかりに横を向いてしまう。うーん。俺の恋人はどうしてこう虐めたくなるのか。  耳元で囁いてやる。 「ゆーうき。ごめんね? 今度からもっと甘々空気を頑張って作るから」 「頑張らなくてい……ひゃあ! 馬鹿ッ」  きゅっと乳首を優しくつねるとようやく片足で俺を蹴ってきた。でも力が入っていないのか、あんまり痛くない。 「蹴るなんてひど~い。意地悪してやろ」 「ちょ、やめ!」  脇腹をくすぐると可愛く鳴いてくれた。 「すっかり赤くなっちゃったね」  一晩中ベルトで縛っていた勇気の腕は赤く、触ると痛そうに身を竦めた。 「薬塗ってあげるよ」 「いいから! 早く仕事行ってこい」  薬を持ってじりじり近寄るが、シーツを巻きつけた勇気は部屋の隅で威嚇してくる。 「猫かよ~。あ。仕事終わりに猫耳買ってくるよ。尻尾も。尻穴に直接挿れるやつ。うわ! 勇気似合いそうじゃん?」 「いらん!」  枕が飛んできた。 【おしまい】

ともだちにシェアしよう!