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第6話 僕と彼の想い
「こっちよ、豊くん」
「すみません、わざわざご連絡いただいて……」
僕は人生初、ゲイバーに足を踏み入れた。
名前を呼ばれた方向へ顔を向ければ、カウンターで潰れた巳雷の姿が目に入り、慌てて駆け寄る。
「巳雷、大丈夫?」
「うう……ユタじゃないと……」
「うん、迎えに来たよ」
「ごめんなさいねぇ、あなたじゃないとヤダってゴネるものだから」
カウンター奥からふふ、と女性らしく微笑む人は男性で、このバーの従業員だと思われた。
とても綺麗な人で、保先輩と雰囲気が似ている。
巳雷の好みかもしれない。
そう気付いて、どきりと胸が跳ねる。
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしてすみません」
「こっちは慣れてるから気にしないでね。それにしてもほんと、イメージ通りの可愛いコだわぁ。初めて会ったのに、初めて会った気がしないわね」
「えと……?」
「ふふ、難攻不落の豊くん。いつもお話はこのコから聞いてるの」
「そう、ですか」
「恋人作れって言ったんだって?」
「ええと……はい」
僕は素直に頷く。
ここ一週間、巳雷は毎日、朝は早くて夜遅く、顔を合わせる時間がなかった。
仕事が忙しいと聞いていたのに、実はゲイバーで夜更けまで飲んでいたと知って、少し腹がたつ。
だったらそう、言ってくれれば良かったのに。
「豊くんは、このコが好きじゃないの?」
ストレートに聞かれて、僕はぐっと言葉に詰まった。
本人にすら言えない言葉を、この人に打ち明ける必要はない。
「僕は、巳雷の対象外なので」
「ああそれね、私が困った時に使えって教えた言葉よ」
僕は彼? 彼女? の言葉にぱっと顔をあげた。
「……え?」
「友人関係を維持したい人にゲイバレした時、使えって教えた言葉」
「そうですか……」
「あなたにゲイバレした時、頭が真っ白になって、咄嗟に出てしまったんだって」
「……はぁ」
ということは、巳雷は僕が調べたこのゲイバーに、僕が教える前から通っていたことになる。
なぜそのことを、僕に伝えなかったのだろう。
その疑問と、素直に目の前の相手が何を僕に伝えたいのかよくわからず、僕は少しだけ首を傾げた。
「私たちみたいなのはね、堂々としているように見えて、やっぱり臆病に生きているものなのよ。特に初恋が実ることなんて、まずないわ。昔よりは今のほうがパートナーに出会いやすいけど、ゲイだからってどんな相手でも好きになるわけじゃないしねぇ」
「はい……」
「だから私たち、ずっとこのコの恋を応援してたの。この通りのイケメンでしょう、このコ狙いの男も多くて、追い払うのも苦労したのよ?」
「それは、すみません……?」
思考をフル回転させてこの従業員さんの話を噛み砕こうとすれば、まるで巳雷が前から僕のことを想っているように聞こえてしまう。
「だから、もし豊くんが少しでもこのコのことを考えてあげているなら、その気持ちを真っ直ぐに伝えてあげて欲しいの」
僕はカウンターに突っ伏したままの巳雷の顔を見下ろした。
いつだって太陽みたいに笑っていた巳雷。
巳雷が臆病だなんて、考えたこともなかった。
「嫌だったら、思い切りフってあげて。ここにはこのコを慰めるつもりの男ならわんさかいるから」
好きだと伝えれば、今の関係すら維持できなくなる。
それは嫌だと思った僕と同じで、巳雷も身動きできなかったのか。
「……そんなこと、させません」
「まぁ、それなら良かったわ」
「巳雷、僕たちの家に帰るよ」
僕は巳雷の肩を揺すり、本格的に起こしにかかる。
おいくらですか、と僕が問えば、従業員さんはにっこり笑い、「今回は奢ってあげる。次は二人で遊びに来てくれればいいわ」と言ってくれた。
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