3 / 3
第3話 晴れの日
大学時代の女友達のユリが結婚した。僕が所属していたゼミは奇跡的にみな仲が良く卒業後もよく集まっていた。とりわけユリとは気が合い、三十を過ぎても独身組だった僕らは最低でも年に一、二回は近況報告と称して会っていた。昔から気が強く、男なんていらない……というタイプで時折恋人ができてもすぐに別れていた。四十過ぎてもお互い独身なら結婚でもするか、と半ば本気の冗談を言い合っていた仲で、僕が恭平くんと結婚した折には文句を言いながらも祝福をしてくれた。そんな彼女がこのたび結婚するという。しかも出会って半年でのスピード婚。人のことを言えた身ではないが、人生何が起きるか分からない。明日は結婚式と披露宴だ。
僕がリビングで持ち物の最終チェックをしていると、ソファで寝転びながらスマートフォンを眺めていた恭平くんが声をかけてきた。
「明日は雨降らなそうだな」
「そうだね、暑くなりそうだけども」
僕は窓を見る。関東は今週初めに梅雨入りをしたばかりで今日も朝から雨が降っていた。
天気ごときでユリの幸せが左右されることはないが、やっぱり晴れの方がいい。湿気が多いと髪も決まらないし。
僕はカバンの中身に視線を戻す。招待状、袱紗にご祝儀袋、モバイル充電器。会場に着いてから羽織るスーツのジャケットにネクタイ。うん、完璧だ。ティッシュとハンカチもポケットに入っている。
ご祝儀袋はすっきりしたミントブルーにした。金色の水引がかけられていて高級感はあるのだが華美すぎない。ユリに似合う。
「明日は二次会にも出ると思うから遅くなるけど、ご飯ちゃんと食べるんだよ」
くれぐれもカップラーメンなんかで済まさないように。と念を押す。恭平くんは、スマートフォンに顔を向けたまま、へーいと気の抜けた返事をした。
「あー、やっぱり行く前に何か作っておこうか」
「母ちゃんかよ。それくらいちゃんとやるって」
「もしかしたら三次会くらいまでいくかもだから、先に寝てていいからね」
「いや、いつも待ってねぇし」
「夫夫っぽいセリフ言いたかっただけだよー」
僕と恭平くんは結婚しているものの、友情婚のようなもので恋愛感情はない。ゆえに寝室も別だ。相手の帰りを待ってから眠る、なんて気の使い合いはしない。
「久しぶりに会うんだろ。羽目外してくりゃいいじゃん。別に朝帰りでも気にしないし」
「旦那様にそう言われるのちょっと複雑だな」
「…………」
軽い冗談のつもりだったのだが恭平くんは黙ってしまった。
「え、ごめん、別に深い意味ないから」
僕は慌てて謝る。この結婚生活はあくまで互いにメリットがあるからで
「いや、違くて。昔のこと思い出してさ」
「昔?」
僕は恭平くんが寝そべるソファの端に腰かけた。恭平くんはスマートフォンをテーブルに置くと過去を回想するように遠い目をしはじめた。
「んー、いやー、俺、彼女とかがそうやって遅くまで遊んできますってなると大体、えーとかいつ帰んの?とかダル絡みしてたなって」
「あー、なるほど。それはだるいね」
「そっから喧嘩になったこともあったなと」
「うん、まあ出かける時は気持ちよく『楽しんできてね』って送り出して欲しいよね」
「それはそう。でもあの時はそれが普通っていうか愛情表現のつもりだったな。今思うとキモイな俺」
僕は「今、そう思うってことは成長できたってことじゃない?」と言いかけてやめた。正直、僕はその件に関しては偉そうなことが言えない。何を隠そう、昔の僕は最後の恋で痛い目にあっている。いや、痛い目というより僕自身がたいそう痛い男だった。まだ若くて未熟だったということを差し引いても馬鹿だった。
「いや、ごめん、俺も人のこと言えないや」
「え?」
「昔、めちゃくちゃ束縛してた。追跡アプリとか入れてたし」
「え」
恭平くんの顔が引きつる。
「相当嫉妬深くてさ、俺、あはは」
ドン引きの気配を感じ、慌てて自分を茶化す。
「マジで?それって元カレに?」
しかし恭平くんは笑わずに深堀りしてくる。
「うん、まあ。黒歴史です」
「うわははっ、信じらんねぇ!はじめってそういうことしちゃうんだ、マジウケる」
恭平くんは失礼なほどけたけた笑っていた。恭平くんは僕のことをスマートな男だと思っている節があり、その分可笑しいのかもしれない。
「昔の話だよ。間違っても恭平くんにそんなことしないから」
「そんなことされたら即離婚だわ」
と言って、恭平くんはさらにゲラゲラ笑った。この記憶は封印していたのに、なぜ掘り起こしてわざわざ暴露してしまったのだろう。まあ、恭平くんが大笑いしてくれたからいいけれど。
「ま、話戻すけど。はじめだとあんまり気になんないなって」
「それ、俺のこと好きじゃないからでしょ」
「それもそうなんだけどさ、はじめがどこで何してても別にいいなって思う」
「…………」
「やっぱ、これくらいの距離感の方が結婚って上手くいくのかもな」
「というと?」
「恋愛感情抜きってこと」
「まぁ、それは一理あるよね」
と言いながら、でも僕は恭平くんがどこで誰と何してるって気にならなくなくもないよ?と思う。束縛だの監視だのなんて真似、もう絶対しないけどね。
翌日、支度を整えた僕は出かける前に恭平くんの前に立つ。
「どう?」
いつもより髪型もフォーマルにきめてみた。
「いいんじゃない?」
どうでも、と付け足しそうな口調である。まぁ、そんなことはいつもなので気にしないけれど。
「そう?ありがとう、じゃあ行ってくるね」
「あー、うん。じゃ、楽しんできて……」
やや決まりが悪そうな顔で恭平くんはぶっきらぼうに言い放つ。昨日、僕が言ったことを忠実に実践する恭平くんにちょっときゅんとしてしまった。なのでついつい軽口を叩いてしまう。
「……行ってきますのちゅーする?」
「するか!」
恭平くんに追い出され、僕は親友を祝福するために家を出た。空は梅雨を無視したスカイブルーだった。
ともだちにシェアしよう!

