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第10話

スタジオに着くと、既に晴彦さんは真矢さんに引きづられてスタジオ入りしていた。前に見た時よりも、痩せてる晴彦さんがいて、その弱り具合をありありと表していた。でも、そこで立ち止まる俺ではない。俺は黙々とベースのチューニングをし始める。それを見て、察した真也さんもドラムを叩くための準備をする。ついでに、真矢さんは晴彦さんのギターも持ってきて、チューニングしていた。いつもは、晴彦さんのカウントで始める曲を、俺がカウントをとって始める。「1.2.3」それに、合わせて真也さんもドラムを叩く。俺は真也さんの音を聞こうとせず、晴彦さんに伝えることだけを目一杯考えて掻き鳴らす。いつもはミスらないとこで、ミスったりめちゃくちゃだ。兄の言っていたベースがバンドを締めるというのとは真逆の演奏をしている。それでも、聞けるものになっているのは、真矢さんがバランスを取ってくれているからだろう。伝われ、伝われ、俺は晴彦さんに感謝してるんだ、俺はあんたの歌声にギターに救われた、あんたはもっと強くてカッコいい奴だろ。弾きながら涙が滲んできたが、堪えた。ここで泣いたらカッコ悪い。俺たちの演奏を聴いていた晴彦さんがいきなりギターをかき鳴らして俺たちの演奏に入ってきた。俺を救ってくれた、いやそれよりも、もっと自由で力強い音が鳴ってる。主旋律も歌詞もない音楽が晴彦さんの演奏で、塗り変わってく。負けじと、俺も応戦する。真矢さんも、珍しく応戦してくる。ほとんど殴り合いみたいな音楽で聴けたもんじゃない。でも、俺はこの音よりいい音をこのバンドで聴いたことがなかった。一曲、演奏した後には、俺たちは汗まみれだった。それぞれの息遣いだけがスタジオにひびく。不意に、晴彦さんが口を開く。 「お前ら、最高だわ。お前らとやる音楽が一番好きだ。」 「俺、間違ってた。お前らの音は俺のもんだと思ってた。でも違う。お前らを俺のものにするより、殴り合うほうが楽しいわ。これからも俺と喧嘩してくれよ。」 晴彦さんは、まっすぐな目で俺らをみた。その目には、あの弱っていた晴彦さんの影はもうなかった。伝わったんだ。俺らの音が。俺はまた尊敬する人を失わずにすんだ。俺らは笑いながら「臨むところだ。です。」と返した。その後は、馬鹿みたいに練習して、明け方スタジオをでた。 俺と晴彦さんは、帰る方向が同じだから歩きながら帰った。 「キヨ、俺さお前のこと好きだったんだわ。」 晴彦さんが眠そうに言う。突然の告白に俺は固まってしまう。俺の本能がこれはメンバーとしての好きではないとわかってしまった。 「最近、お前の音が変わって俺らの方を見るようになったのが、多分、小野寺のやつのせいで俺は嫌だった。」 その指摘は俺の図星をついてビックリして目を見開く。すると晴彦さんは笑って続ける。 「お前、わかりやすいな。おもしろ。そんで俺はお前を取られたくないから必死に音を鳴らした。それこそ、自分を顧みないくらいに。でもさ、今日お前とシンの演奏聞いてさ、俺は思ったんだよ。音楽で殴り合えるのは、俺だけだって。それにお前の音、俺のことを尊敬してますみたいな音がして、俺はお前の恋人とのにはならないってはっきりわかった。」 俺は、晴彦さんの話を聞いて、俯く。その通りだ。俺は晴彦さんの思いに応えられない。こんなに俺を救ってくれて、尊敬している人なのに。さっき堪えてた、涙が今になってでてきた。 「ごめんなさい、俺、晴彦さんのこと、尊敬してるけど、恋人にはなれません。」 泣きじゃくる俺の頭を晴彦さんは、ぐしゃぐしゃと乱雑になでる。 「2回もふるなよ。傷つくだろ。おれはお前らと音楽できたら充分だから。俺は幸せ者だ。こんないいメンバーにあえてさ。」 晴彦さんが顔をくしゃりとして笑う。晴彦さんは本当にすごい人だと思う。だから俺はこの人のバンドメンバーとして恥じないように負けないようにしようと心に誓った。

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