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第3話

 課長の(さかい)に報告すると、現時点でこれ以上の捜査は不要とのことだった。  境は必要以上の(と彼が考える)捜査をあまり好まず、根拠のない『刑事の勘』などでは動かない人物だ。実務能力がことさらに低いと感じたことはないが、事なかれ主義とも取れる発言の数々に士気を削がれることは多い。  課長にも事件にも思うところはあったものの、早く片づけばそれだけ早く帰れるのだから、よしとすることにした。  直近の事件が片付いたところで、調査中の事件や目を通す資料、報告書などはいくらでもある。だが、今回の件でしばらく帰りの遅くなる日々が続いていたため、当番以外の者には早めに帰るように言って、赤穂自身が模範となるべく、いつもより早い時間に帰宅した。  自宅までは、勤務先の最寄り駅から五駅。徒歩の移動時間も込みで片道二十五分程度だ。  地下鉄の改札を出たところで、目の前の女性がスマートフォンを落とした。 「どうぞ」  反射的に拾って差し出すと、女性は受け取りながらパッと顔を上げる。 「あ、ありがとうござ、……」  言葉の途中で女性の笑顔が凍りつき、すぐにはっとして小声で礼を言い直しそそくさと去っていった。  こういった反応に赤穂は慣れきっていて、今更腹を立てたり落胆したりすることはない。  こんな風に敬遠されてしまうのは、この生まれ持った鋭い目つきと険しく見える表情のせいだ。  別段不機嫌なわけではなくても、顔が怖いと言われてしまう。  学生時代も、真面目にしていても反抗的な態度と捉えられて、何かと損をすることが多かった。  警察官になろうと思ったのは、反社会的なことなど考えていないと、己の潔白を証明したかったからというのもあったかもしれない。  実際、制服を着ている間はその効果はあったが、刑事に、つまり私服警官になった途端に、元の木阿弥だった。  聞き込みなどの際、警察手帳を見せると、年配の人からは「あんた、マル暴の人?」と言われることがある。  マル暴、つまり主に暴力団を担当する刑事のことだ。かつては刑事部の捜査第四課、現在は組織犯罪対策課、地域の警察署では暴力犯係である。  赤穂は一課に該当する強行犯係だが、「マル暴なのか」と聞く人は、別に赤穂の所属を当てたいわけではないだろう。  遠回しに人相が悪いと言っているのだ。  暴力犯係はヤクザへの対策のため、もちろん人によるがヤクザのような見た目の者が多いのである。  赤穂が住んでいるのは、賃貸マンションの三階にある2DKの部屋だ。  鍵を差し込み、玄関ドアを開けると、室内が明るい。電気がついている。  まず消し忘れを疑ったが、さっと目を走らせた三和土には、白地にピンクのラインの入ったスニーカーがある。  それは見覚えのあるもので、特に連絡はなかったが、娘の綾が来ているのだとわかった。  問題は、その隣に見覚えのある男物の白いスニーカーが並んでいることだ。  もちろん、自分のものではない。  赤穂は慌てて靴を脱ぐと、楽し気な声の聞こえてくるキッチンへと急いだ。 「あっ、お父さん! お帰りなさい」 「尊斗さん、お帰りなさい」  赤穂は、目の前に広がる光景に絶句した。  ダイニングテーブルには見慣れないカセットコンロが置かれ、火のついた五徳の上には溢れんばかりの具材が投入された鍋が乗っている。綾は椅子に座り、ノートを広げていた。  そして、テーブルのそばに立っているのは、やはりというべきか、アキラだ。  マイクでも握っている方が似合いそうな手に菜箸を持ち、赤穂に向かってへらりと笑いかけてくる。 「いや〜早く帰ってきてくれてよかった。ちょうど第一陣が煮えたところで……」  呑気すぎる様子に、そんなことどうでもいいと詰め寄る。 「なぜ君がここにいて、鍋を囲んでいるのか説明してくれないか。あとカセットコンロなんてどこから……?」  アキラより先に、シャープペンシルをことんと置いた綾が口を開く。 「だって、この前アキラが来るなら大人と一緒にって言ったでしょ。でも一緒に来てくれる大人の人なんていなかったから、アキラに連絡したの」 「で、もう夕方だし、綾ちゃんも夕飯食べなきゃじゃないですか。寒いから鍋とかやりたいね~って話になって、カセットコンロごと買って来たんだよね」 「ね~」  仲のよさそうな様子に、頭を抱えたくなった。  あの時連絡先なんて交換していたのか。  寒いからといってわざわざカセットコンロを買って鍋をやろうなんて発想にはならないだろう。  言いたいことがありすぎて言葉にならず口をパクパクさせていると、アキラがニコニコしながら綾の対面の椅子を引いた。 「とりあえず、お腹減ってません? 煮詰まらないうちに食べましょ」

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