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第4話
「(なぜ私は、他でもない自分の家で、得体の知れない青年から椅子と鍋を勧められているのか……)」
現状を受け止めきれずにいる赤穂に、アキラがにこにことたたみかけてくる。
「さあさあ、肉も野菜も五人前くらい買ってきたからたーっぷり食えますよどうぞ! あと味変用の調味料やら薬味やらも取り放題!」
言われたように、そう大きくないダイニングテーブルの上には、ぐつぐつと煮える鍋の他にも薬味の盛られた小皿や調味料の類がずらりと並ぶ。どれもこれも見覚えのない容器なので、カセットコンロとともにアキラの持ち込んだものだろう。
一度会っただけの他人の家に、家主に無断で食材を持ち込み鍋をつつく……。赤穂にはその感覚が理解できなかったが、娘の方は何の違和感も感じていないらしく、鍋を堪能している。
「わーい今度はキムチ入れよっと。お父さんも早く食べなよ。美味しいよ!」
「いや、……ああ、……」
「ささ、とりあえずおビールでも」
飲むとも言っていないのに、アキラは勝手にグラスにビールを注いだ。その缶も、普段買っている銘柄ではないので、用意したもののようだ。
赤穂は奇妙な夢でも見ているような心地で席についた。
「それじゃカンパーイ」
「カンパーイ!」
「かんぱ……待て、君はいくつだ」
アキラもビールを手にしており、さすがに見過ごせないので突っ込んだ。しかし。
「二十四ですけど?」
「………………」
思わぬ自己申告に、まじまじと整った顔を見返す。
慣れているのか、アキラは諦めたように笑い、財布から身分証を取り出した。
そこには確かに、本人の言った通りの生年が記されている。
信じられない思いで、身分証の写真と目の前の顔を見比べてしまった。
高校生か、大学生だとしても一年生だろうと思っていたのに。
礼を言ってカードを返しながら、職業柄、人相風体を見る目には自信があった赤穂は、内心ショックを受けていた。
「懸念事項も無くなったところで、乾杯2回目〜」
「カンパーイ」
楽しそうな二人に、赤穂はもう抗う気力もなく、力なくグラスを掲げた。
カオスなメンバーではあったが、鍋に罪はない。赤穂もつい箸が進んで、三人でかなりの量を食べ尽くした。
綾は宿題の続きをしていて、アキラは大きくないシンクで手際よく皿を洗っている。
その背中を観察しながら、野郎二人で立つと狭いからとキッチンから追い出された赤穂は、アキラの図々しさと如才なさとのミスマッチに困惑していた。
どちらが本当の姿なのか、前述の二択ならば答えは決まっている。馬鹿のふりは出来ても逆はできない。
だとしたら、こんな真似をして娘に近付こうとする目的は一体何なのか。
素直に話をするかはわからないが、確かめる必要があるだろう。
「これから娘を送っていくが、その後時間はあるか? 少し話がしたい」
声をかけると、ぱっと振り返ったアキラは、真意を探るようにじっと赤穂を見つめた。
腹の底を探ることは日常でも、探られることはあまりない。
赤穂は居心地の悪い思いがしたが、それを表情に出さないようにつとめる。
「都合が悪いようなら後日でも構わないが」
「や、大丈夫! 家に帰っても一人で暇オブ暇だし、お話、いつでもオッケー」
「そ、……そうか」
身分証を見た時、習慣で住所も確認したところ、同じ市内でも地価の高い豪邸の立ち並ぶ高級住宅街に住んでいるようだった。
普通の学生が一人暮らしをするような物件はなさそうなので、家に一人というのは、今夜は家族が不在だという意味だろうか。
アキラとは一旦別れ、アキラも一緒に来てくれればよかったのにと残念がる綾を電車で送っていき、母親に引き渡すとすぐに地元に戻った。
話をする場所は、色々考えたが同じ赤穂のマンションの部屋にした。
駅前にカフェでもあればいいが、残念ながら八時を過ぎるとどこも閉店してしまう。
部屋から一度出てもらうことを少々申し訳なく思ったが、アキラは「適当に時間潰して集合しまっす」と気にした様子もなかった。
問題なく合流し、先程と同じようにダイニングテーブルで向かい合う。
「で、話ってのは?」
「娘に近づく理由を聞かせてくれないか」
赤穂は単刀直入に切り出した。
「……理由? っても、今日は綾ちゃんから呼び出されたから一緒にいただけですけど」
「先日娘を助けてくれたことはもちろんありがたいと思っている。だが、連絡先の交換をしたのはなんのためだ」
「ん〜、それも聞かれたから教えただけなんだけどな〜」
困ったような笑顔は、どうにも胡散臭い。
「聞かれたら誰にでも教えるのか?」
「見るからに自分にとってデメリットにしかならない相手以外には教えてますよ。どんな人脈が役に立つかわからないから」
「幅広い人脈を何に役立てているのかを知りたいんだが」
アキラは「つっこんでくるなあ」と呑気に笑っている。
相手の反応に違和感を覚えるのは、赤穂の眼差しに怯まないからだ。
それがまた、どうにも気にかかる。
「娘さんを心配する親心はよ〜くわかりますよ。俺が尊斗さんの立場でも、こんなんと絡んでたら心配するだろうなって思うし」
「その『尊斗さん』と言うのはなんだ」
「綾ちゃんも『赤穂』でしょ? 紛らわしいよねって話になって」
「文脈からどちらに声をかけているかは明らかだと思うが……」
「あはは。ま、俺が呼びたいだけなんだけど」
言葉の意味を測りかねたが、次の発言により、直前の疑問は吹き飛んだ。
「でも、そう、実は今日は綾ちゃんをいう人脈を利用させていただいたと言えなくもないかも」
「な」
「尊斗さん、めっちゃ俺のタイプなんだよね」
・・・・・・・・・
「!?!?!?!?」
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