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第5話

「なん、……だと……?」  赤穂は呆然と聞き返した。  脳内で反芻してみても、どこから出てきたどういう意味の言葉なのか理解しかねる。  目の前の男の表情をうかがうが、先ほど「鍋最高!」と肉を頬張っていた時とほぼ変わらぬ笑顔からは、その心のうちは読み取れない。  絶句して数秒。突発的な驚愕が通り過ぎると、すぐに頭が冷えて、自分が捉えたのとは別の意味で言ったのでは? と思い直した。 「それは何か、人生の先輩として、尊敬できそうとかそういう」 「いや、性的な意味で」 「せ、………………」  言葉通りの意味でしかなかった。  趣味嗜好は人それぞれ、他人の好みのことなど仕事に関係なければなんの興味もないが、その矛先が自分となる場合は少しだけ受け止め方も変わってくる。  ただ、「好みのタイプ」と言われただけで何を要求されたわけではない。  まさかこんな女性向けファッション誌の表紙でカメラに向かって流し目を決めていそうな小顔の青年が、犯人どころか守るべき民間人からも恐怖の視線を向けられる目つきの悪いくたびれたスーツのおっさんに対して好みのタイプだなどと、悪趣味な冗談を言っているだけに違いない。  真に受ける方がおかしいのだと、赤穂は話の軌道を戻すべく口を開きかけたがしかし。 「ま、そういうわけで、背後を狙われてるのは娘さんではなくお父さんの方でした。安心した?」 「できるか」  余計な追い討ちに、思わず鋭くツッコミを入れてしまった。  目の前の男の脳内はどうなっているのか。ではなく、誤魔化されてはいけない。 「そんな言い分を、信じられるわけがないだろう」 「えっ……それは俺の愛を証明する機会をいただけるって、そういう……!?」 「言ってない! 乗り出すな!」  テーブルごしに前のめりになったアキラに、なんとなく身の危険を感じて椅子ごと後ずさった。  冷静に考えれば、警察官としての訓練を受けている自分が身の危険を感じるようなことはないはずだが、相手の容姿が整っているせいか、迫られると妙に迫力がある。  なんとか空気を変えようと、赤穂は咳払いをした。 「仮に……仮にだ。君の言葉が真実だと仮定しても、それで娘が安全だということにはならない」 「綾ちゃんを人質に関係を迫ったりするとか?」 「発想が犯罪者のそれなんだが。……そうではなく、君自身に需要がないからといって、安心はできないだろう。身元の不確かな若い男と小学生の娘の交流を喜ぶ親はいない」 「あれ、もしかして俺いま職質されてるの?」  警察官職務執行法第二条では、職務質問に該当するのは、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある場合とされている。『たまたま街で出会った女児の父親の自宅にカセットコンロを持ち込んで鍋パーティーを行う成人男性』というのは、赤穂の常識的には異常な挙動でまず間違いない。 「うーん、本当に尊斗さんへの下心以外は何もないんだけど、ないものは証明できないからなあ……」  そこは建前でいいから他の理由もあって欲しかったとちょっとだけ思ってしまった。  うんうん唸っていたアキラが、何か思いついたようにハッと顔を上げる。 「あっ、じゃあ、俺のこと見張ればいいのでは!?」 「……何?」 「昔はちょっとはしゃいでた時期もあったけど、ここ数年の俺ときたら真面目オブ真面目。可哀想なくらい職場と家の往復しかない私生活を見ていただければ、身元不明の不安も払拭されるし俺も役得!」 「いや……待て。勝手に決めるな。そんな時間はない」 「ちょっと、綾ちゃんが危険に晒されてもいいっていうんですか!? 仕事と私とどっちが大切なの!?」 「舌の根の乾かぬうちに娘が人質に取られているんだが!? あと二択が徹底的におかしい!」  要領を得ないやり取りに、赤穂は頭を抱えた。  ただ話をしているだけなのに、頭が痛くなってくる。  おかしい。もっと話の通じない犯罪者相手に長時間取り調べをしたりすることもあるのに心が挫けそうだ。  話が通じないのはジェネレーションギャップによるものか、アキラの生来の性格によるものか、わざと事態を撹乱しているのか……。  どちらにしても、これ以上は話をしても無駄なような気がする。  全てを額面通りに受け取るわけにはいかないが、こちらを騙すにしてもこんなに時間と手間をかけるのは非効率だ。  娘の方に、自分がいない時はアキラに声をかけないように言って、もう少し様子をみることにするか……。 「……信じていいんだな?」  アキラは「もちろん!」と薄い胸を叩く。 「俺ほど一途な男は他にいませんよ!」 「頼むから娘の身の安全を信じさせてくれ」  赤穂はどっと押し寄せる疲労感に肩を落とした。

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