6 / 6
第6話
せっかく署からの連絡もない静かな夜だったというのに、疲労感の残る目覚めだった。
ベッドで横になってからも、アキラが何者なのかについて考えてしまったせいだ。
一見してただの遠慮を知らないお調子者。しかしその印象と、カセットコンロごと大量の鍋の具材を的確に買い込み、それらの準備と片付けを完璧にこなす手際とは実にミスマッチだ。
どういう人物なのかを推測しようとしたが、相対していた短い時間の中、自分で見聞きした事柄だけでは情報が少なすぎることに思い到ったのは、考え始めて随分と時間が経ってからのこと。
赤穂は朝から、余計なことを考えて睡眠時間を浪費したという徒労感に襲われていた。
ついでに、鍋の具材代を払っていないことにも気付いてしまう。
仮にアキラがなんらかの目的を持って警察官の自分と近付いたのだとしたら、奢られたままにするのはあまり望ましいことではない。自分と娘の飲み食いした分は返しておかなくては。
『尊斗さん、めっちゃ俺のタイプなんだよね』
再び会うことを考えると、アキラの意味不明な言葉とキラキラした笑顔が脳裏をよぎって、赤穂は再び眠りにつきたくなった。
ふざけた冗談しか言わない相手に自ら連絡を取るのは気が重いが、やむを得まい。
出勤すると、昨晩当直だった花園がするりと寄ってきた。
花園は中性的ともいえるすっきりとした容姿の青年だ。階級は巡査部長で、見た目のシャープな印象を裏切らない有能な刑事である。
「おはようございます、係長。例の件ですが、またありました」
例の件? とわざわざ聞き返さずとも、赤穂には何があったのかわかった。
「私の方に連絡は入らなかったな。現逮か」
「いえ。通報を受けて最寄りの地域係が駆けつけたときには、被疑者、被害者共にいなかったとのことです。ただ、通報者の話が……」
『複数の若者が、一人の男性を取り囲んで暴行しようとしている』
しかし、その通報を受けて警察官が駆けつけるまでの間に、犯人だけでなく被害者もいなくなっていた。
何故、被害者は逃げたのか?
警察と関わり合いになりたくない、つまり後ろ暗いところのある人物だったのではないか。……そう考えることはできなくはないが。
「……それだけだと、これまでの暴行事件と同一とするには決め手に欠けるな」
「そうですね。ただの酔っ払い同士の喧嘩だったという可能性はあります」
予断は禁物だ。否定するような言葉を交わしながら赤穂は……そして恐らく花園も、昨晩の件もまた、これまでと同様の事件であると考えていた。
「加賀、梅ヶ枝、赤穂、ちょっと来てくれ」
席につき、あまり心楽しくないデスクワークに着手しようとした矢先、課長に呼ばれた。
一緒に呼ばれた梅ヶ枝は、生活安全係の係長だ。大きな警察署であれば、生活安全課と刑事課は別の部署になるが、小さな署なので統合され、生活安全課も刑事課の一班のような扱いになっている。
赤穂は無表情、梅ヶ枝はやれやれと一息吐いて、加賀は大義そうに、それぞれ課長の机の前に集まった。
「……ガキどもの暴行事件だが、似たような案件も起こっているようだし、どこかから何か言われる前に、色々調べておきたい」
書類やファイルが乱雑に降り積もったデスクの一番上には、自分たちが提出した報告書が置いてある。
課長は言葉ほどには覇気もなく、報告書をぽんと叩いた。
「報告書を読む限り、ガキどもの背後になんかありそうってのは一致してるんだろ。まずは奴らの共通の知り合いや溜まり場を改めて当たってみて欲しい。加賀は、マルガイの方を頼む」
マルガイというのは被害者のことだ。
加賀が頷き、赤穂と梅ヶ枝も素直に「洗い直します」と承諾した。
課長の前を辞すと、まずは担当を決めようということになった。
小さな所轄署では、大掛かりな捜査など望むべくもない。
本格的に調べるということになれば、他の署から応援を呼ぶ必要があるだろう。
課長の「何か言われる前に調べておきたい」は、応援を呼ぶような大きな事件とするべきかどうかを判断するための捜査をしてこいということなのだ。
「人手も足りないことだし、一旦昨晩の通報は置いて、既に身元のわかってる奴らから調べていくか」
赤穂は加賀に同意し、梅が枝を見る。
「梅ヶ枝さん、被疑者の中に、同じ学校や同じ職場同士というのはいなかったと思いましたが」
「いない。強制的にスマホを調べられれば手がかりがあったかもしれないけどね」
容疑者の少年たちは全員口を揃えて、一緒に行動していた仲間とはSNSで知り合い、近所に住んでいることがわかったのでつるむようになったと話した。
なんとも希薄な集まりに感じる。実際、彼らの話を聞いていても、友人と呼べるような間柄ではなさそうだった。
自白があり、被害者の証言で犯行は確定していたが、赤穂は彼らの態度にどうにもすっきりしないものを感じていた。
調べていいというのであれば、事件に至った経緯を知りたい。
「では、まずはうちで担当した四人の周辺を当たります」
赤穂の申し出に、梅が枝も頷く。
「よろしく。こちらは近隣の若者が集まる場所を当たってみよう」
「山ほど目撃証言が出てくることを祈ってるよ」
ぼやくような加賀の言葉が、解散の合図だった。
ともだちにシェアしよう!

