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第7話

 時刻は午後十九時三十二分。地下鉄の長い階段を早足で上がった赤穂は、指定された待ち合わせ場所に相手の姿を発見して、更に歩速を早めた。 「すまない、待たせてしまったな」 「ううん、俺も今来たとこ!」  どこかで聞いたようなセリフを躊躇いもなく言ってのけるキラキラした満面の笑顔が、胡散臭い。  仕事が押して、指定の時間よりも遅くなってしまったのだが、申し訳なく思う気持ちがやや目減りした。  げんなりする赤穂とは対照的に、アキラはにこにこ上機嫌だ。 「いや〜今夜は尊斗さんと同伴なんて嬉しいなあ」 「妙な言い方をするな」 「妙? 同伴は言葉通りの意味ですけど、他に何か妙な意味が?」 「………………」  赤穂は余計なツッコミを入れたことを、否、そもそもアキラに連絡を取ったことを激しく後悔した。  数日前、赤穂は綾に仲介してもらい、メッセージアプリでアキラに連絡をとった。  どうしても先日の鍋にかかった費用が気に掛かったからだ。ジュースや菓子程度であればここまでしなかったかもしれないが、食べたそばからアキラが皿に盛ってくるせいで食べすぎてしまった肉は、いくらでも入りそうなほど上質な味だったし、考えれば考えるほどほぼ見ず知らずの人間に馳走になるには高額な夕食だったと思えた。  メッセージを送ると、すぐに返信が来た。 『個別に連絡もらえるなんて超絶嬉しいんですけど!? あとアイコンかわゆす』  赤穂のアイコンは目つきの悪い猫だ。綾がもっと幼い頃、「パパにちょっと似てる」と勝手に設定したのをそのままにしている。それ以上のものではなく、特に思うところはないのでその部分は無視した。 『先日の鍋の具材代を払っていないことを思い出した』 『えっ、そんなこと? いいですよそんな、俺が勝手にやったんだから』 『そうはいかない』 『真面目だなあ。じゃあ、近日中に食事でも奢ってください。それでチャラってことで』  普通に考えれば妥当な案ではあるが、少し悩んだ。  アキラと二人で食事、というのが気が進まないというのはもちろんある。  しかしそれは個人的な感情なので置いておくとして、問題は、食事中だろうと事件が起これば早めに切り上げることになるというところだ。お礼ということで誘うのにそれでいいのだろうか。  そのことを正直に伝えたが、アキラはそれでもいいという。  そこまで譲歩されて更に「やはり金を渡すだけで」と主張するのも気が引けて、結局、会うことになってしまった。  日付を決めると、場所の希望を聞かれた。地元だと知り合いの同業者に会うかもしれない。しかし遠すぎても呼び出しに応じられない。考えた末、家からも職場からも数駅ほどのターミナル駅を指定し、店に関してはアキラに任せることにした。 「ここです」  飲食店が所狭しと並び、雑多な人の行き交う繁華街を何メートルも行かないうちに目的地に着いたようだ。  呼び出しがあるかもしれないと伝えていたからか、駅から近い場所を選んだところに気遣いを感じる。  そういう配慮ができるのに、どうして自分にはおかしな言動ばかりしてくるのか。  内心文句を言いつつ、店の看板を見上げる。 「……もんじゃ焼き?」 「もしかして、苦手とかありました? 違う方がよければ別の店でも」 「いや、何でもいいと言ったのだからもちろんいい。ただ、私は作れないぞ」 「ここは店の人がやってくれるから大丈夫」 「それは、助かるな」 「ついでに尊斗さんのスクランブル時は俺が全部食べますからご安心を!」 「配慮はありがたいが、そうならないことを願っていてくれ」  アキラとの会食も気が重いが、だからといって深夜まで犯罪者を追いかけ回したいわけではない。  予約はしてあるようだが、繁盛している店のようで、店の前で案内を待つ。  店の前に立っていると、道行く若い女性の視線がアキラの顔に一点集中しているのがよくわかって、その容姿が際立っていることを実感した。  人相が悪いことで悪目立ちする赤穂としては、自分より目立つ人間の存在はちょっとありがたい。 「……ごめんなさい、お待たせしてしまって」  赤穂の沈黙をどうとらえたのか、殊勝な謝罪に「いや」と小さく首を振る。  勝手に衆目の防波堤扱いしていたことが気まずくて、咳払いをして話題を変えた。 「もんじゃが好きなのか?」 「特に今まで好きとかなかったんですけど、ここのは美味しいんで」  そういう出会いはいいなと素直に頷く。 「あと、同じものをつつき合うもんじゃなら合法的に間接キッスかなって……!」 「気持ちの悪い表現をするな」  一体、どこから出てきたどんな発想なのか。  前言撤回。アキラとの食事よりも、深夜まで犯罪者を追いかけ回している方がましなのではという気がしてきた。  まさか先日の鍋も……などと勘繰ってしまいそうになる。  ……やめよう。  深く考えた方の負けだ。

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