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第8話

 それからそう待つこともなく二階の席へと案内された。  フロアは、よく言えば活気があり、悪く言えば騒々しい。客層は若年から中年まで、それなりに広いようだ。  メニューを見ていると、オーダーをとりにきた若い男性の店員が、アキラを見て嬉しそうな顔をする。 「アキラさん、来店ありがとうございます!」 「ちわっす、美味しいからまた来ちゃった」 「あざっす。もりもり食ってってください」  オーダーは、飲み物以外はわからないので任せた。アキラは慣れた様子であれこれ頼んでいく。  ごゆっくりどうぞ、と親しげに笑って、店員は踵を返した。  二人があまりに打ち解けた様子だったので、思わず聞いた。 「……知り合いなのか?」 「ああ、前回ここきた時にもんじゃ作ってくれた店員です」  それだけで、名前まで……、という疑問が言葉にせずとも漏れてしまっていただろうか。アキラは苦笑して付け足した。 「俺目立つらしくて、どこの店でもすぐ覚えられちゃうんですよね」  それはもう、少し一緒にいただけでもよくわかる。  席は背もたれの高いボックス席で、座っている客からの見通しは悪いためそれほど注目を浴びていないが、頼んだビールを持ってきた女性店員は、やはりアキラの顔に釘付けだった。 「さ、乾杯しましょ! 尊斗さんの瞳に」 「…………乾杯」  妙なものに乾杯をするなというべきか迷い、面倒臭くなってそのままビールのグラスを掲げた。  雑談を挟む間もなく、オーダーを取った店員が、具材が山と積まれたどんぶりを持ってくる。 「明太もち、お持ちしましたー」 「待ってました!」  鉄板の火加減を確認し、具材を載せて焼き始めた。具材が焼けてくると、輪の形にしていわゆる土手を作り、生地となる液体を流し込む。  刻一刻形を変える鉄板上のもんじゃ焼きとその手際を、つい興味深く眺めていると、同じく目をキラキラさせて鉄板の上を見ていたアキラが口を開いた。 「いい匂い〜。この間家でも作ってみたんだけど、いまひとつ美味しくなくて」 「家で作ってうちにも通ってくれてるんですか? もんじゃ大好きっすね」 「ここでやってくれるみたいに、家でもうまいこと焼けたら楽しいかなって思ってさ」 「なるほど? そっすね、うちは生地の味もこだわってますからね。あとは広い鉄板でやるのとは火の入り方も変わってくるだろうし」 「そう簡単にお店の味になったら苦労はないか。ここで短期バイトして技術盗んで、更にこのテーブル一揃え買えば極められるかな」 「そこまでして!? お客さんおもしろすぎ」  雑談のうちに、もんじゃ焼きは焼き上がった。……ようだ。どうなると完成なのかがよくわからない食べ物ではあるが、店員が「ごゆっくり」と言い残して去っていったことでわかった。  アキラはうきうきとへらを手にする。 「食べましょっか。あっ、ちゃんと陣地分けますからご安心を!」 「それは言わなくていい」 「えっ……、分けずに俺と同じ部分をつつきあいたいってこと……?」 「違うそうじゃない一旦つつき合う発想から離れろ」  食べ物に罪はないのでひとまずアキラを頭から追い出し、食べてみる。  食べたことのない具材だったので作っている時は味を想像できなかったが、なるほどこういう味かと納得した。 「大丈夫そうです?」 「ああ、美味い」  出汁の風味がよく、ビールと非常に合う。 「よかった! 俺も美味いです。こういうのはやっぱ一人で食べてもね〜」 「この店でもそうだが、いろいろなところで顔が利くようだし、一緒に食べる仲間はいるんじゃないのか」 「顔が利く……?」  アキラが不思議そうな顔をしたので、綾から聞いた話をした。 「ああ、初めて会った時の……。俺、地元ではなんか喧嘩強いみたいに誤解されてるから、それで勝手に逃げてってくれたっていうか」 「誤解なのか?」 「強そうに見えます? 勝てない勝負をしない。勝てない奴を相手にする場合は負けないようにする。ってのを徹底してるだけで、無双できるような腕前は持ち合わせてないですって」  確かに、荒事よりも要領よく立ち回る方が得意そうに見える。  赤穂は何をするにもただ努力するしかできない不器用なタイプなので、遊んでいるように見えるのに何でも要領よくこなしてしまうタイプには、昔からちょっとコンプレックスがある。  今はもう開き直ったが、学生時代、同級生にアキラがいたらかなり苦手な相手だったことは間違い無いだろう。 「誰かとつるむのもあんまり好きじゃなかったんで、一人でいたら孤高の一匹狼みたいに言われて、いつしか伝説に……」  誰かとつるむのが好きじゃないというのは今日の様子を見ても信じがたいし、それだけで伝説になるとは思えないので、鵜呑みは禁物だが事情は分かった。  目立つ容姿なので、トラブルも多いのかもしれない。 「……今でも、伝説だとかそういうコミュニティがあるんだな」  喧嘩上等、なんてのは赤穂のもっと上の世代の話だ。  警察官になってから、まだそういう文化も残っていることを知ったが、学生時代に絡まれたりした経験は一度もない。 「あ〜、まあ、古き良きヤンキー漫画に出てくるような感じではないかもしれないけど、血の気の多い奴はいつの時代もいますからね。あとは、そういうちょっとヤバい奴がかっこいいみたいな感じで周りで盛り上がって、宗教とか推し活の延長みたいになってる集まりとか」 「宗教に……推し活?」 「兵隊になってみんなで喧嘩するっていうより、自分たちがかっこいいって思えるヘッドを崇めるっていうか推すっていうか、今地元ではそういうのがちょっと流行ってるかも」 「正直、どういう集団なのか想像ができないが……推し活か」 「俺は尊斗さん推しです」  アキラから聞かされた話に何か引っ掛かりを覚えて、思考を巡らせようとしたがしかし、アキラの余計な一言で霧散した。  店員とはまともな会話をしていたのに、どうして自分と話をしているとこうなのか。 「……もんじゃが焦げてるぞ」 「つれないなあ」

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