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第1話 最悪な新学期

「げっ……マジか」  学校の前の掲示板。桜の匂いが混じる春の生暖かい風が吹き抜ける中、そこに集まるたくさんの人は新学年の始まりに期待や希望で胸をいっぱいにしている。しかし、ただ俺一人が絶望の声を上げた。  見間違いじゃないよな、いや、見間違いであってくれ。そんな願いを込めて、人をかき分け、掲示板の前に進む。何度も何度も、自分の名前を見つけては、担任の名前を確認する。    2年1組。その横に書いてある一番見たくない人の名前。『担任 望月玲』。    嘘だろ?!やっと解放されたと思ったのに!!  完全に浮き足立っていた俺にとって、この変わりようのない事実は、重くのしかかってきた。    おぼつかない足取りでふらふらと、今にも意識を失ってしまいそうな心地で人混みの中を抜ける。すると、群衆の少し離れた所にいた、ニヤニヤとしている男、佐藤拓海が小走りで近づいてきた。 「侑李!俺達また、同じクラスだな」  ガシッと拓海の重い腕が肩にかかる。俺はその手を掴んでおろした。 「そうだな!それはめっちゃ嬉しいんだけど、担任が……」 「あぁ。今年もモッチーだな。お前、実は気に入られてるんじゃね?」 「はぁ?!そんなわけないだろ。あいつにとっては俺は全然指導しても直らない不良で、気に入られてるんじゃなくて、目をつけられてるの、間違いだよ」 「あはは!!確かに、侑李、いつも指導されてるもんな。それも小さいことで。でも、俺この間、見ちゃたんだけど」  拓海は今からいたずらをする子供かのように、口角をピクピクさせ、俺の方をチラチラと見てくる。 「もったいぶらなくていいから、早く言えよ」 「実は、1年のテスト期間中に俺、クラスみんなのノートをモッチーに出しに行った時、モッチーのパソコンの画面に『反抗期 高校生』とか、『男子高校生 流行』とか、調べてたの見ちゃって……!先生、お前を攻略するのに必死なんじゃね?いや、そう考えたらモッチー可愛くね?」 「……攻略って、俺はラスボスか?先生もそんなことするんだな」  1年間、担任だったのに、先生の人間らしさに初めて触れたような気がして、好奇心が湧いてくる。  あの綺麗な全く変わらない表情の下に何を考えているのだろう、知りたい。  拓海は「これが萌え?萌えってやつなのか?!」と指ハートを作り、それをそのまま、俺の胸にぶつけてくる。  俺はそんな拓海の腕を捕まえ、校舎へ駆け込んだ。そして、2段飛ばしで階段を駆け上がる。  2年生の教室は4階にある。  4階の一番手前の教室のプレートには、確かに『2-1』という文字。 「侑李、速いって。めっちゃ疲れたんだけど」  扉の前で乱れた息を整えるのに、数秒。自分の身だしなみを徹底的に確かめ、扉に手をかける。 「行くぞ」 「うん」  勢いよく教室の扉を開けた。  教室の中は、ガヤガヤとしていて、新しいクラスメイトの声があらゆる所から聞こえてくる。しかし、俺の視界は窓からの春の暖かな光に照らされた、教卓に立つ人物に完全に固定された。  望月玲。  一糸乱れぬ黒髪に、シワ一つないスーツ。凛とした姿勢で教卓に立つ姿は綺麗で、先生の周りだけ温度が下がっているかのようだった。  先生の、何を考えているのか分からない、冷たい瞳が俺の姿を捉える。 「おはようございます。……今年もお願いします」  真っ直ぐ見つめられる視線に、去年のあらゆる場面が思い起こされ、気まずさに声が小さくなる。  早歩きで先生の前を通り過ぎようとした時、「矢島」と呼び止められた。 「な、なんですか?」 「廊下を走ってはいけない。シャツの一番上のボタンは止めるように。あと……今年もよろしく」  低く、抑揚のない声で、先生はいつものように小言を連発させていく。  前言撤回だ!!この人を知りたいと思った自分がどうかしていた!この人はやっぱり俺のことが気に入らなくて、小言を言いたいだけであって、この崩れない綺麗な顔の下には、冷淡な悪魔が潜んでいるに違いない。  俺は、空気を肺一杯に吸い込んで、気持ちを落ち着かせた。そして、「はい」と返事をして、教室の後ろの指定された席に向かう。  後ろの方から教卓を見ると、何事もなかったかのように、いつもの何を考えているのか分からない、無表情で出席簿を確認している先生がいた。  今さっきまで、先生に興味を抱いていたせいなのか、注意をされた苛立ちなのか。正体不明の感情がふつふつと湧いてくる。  あいつが男子高校生の流行を調べているなんて、嘘だろ。よくもガセネタを掴ませやがって!!

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