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第2話 見つめ合う体感数十秒

だいぶ離れた所にいる拓海を見ると、俺よりも先に席に着き、にやにやしている。  俺は許さないぞ、と恨みたっぷりの睨みを送り、やっと席に着いた。  机に肘をつき、あえて窓の外に視線を向ける。   校庭の隅で風に揺られ、舞い上がる桜の花びらは俺のせわしない気分をそのまま映しているかのようだった。  本鈴の鋭い音が校舎全体に重々しく響き渡る。  それは新学年の始まりを示すと同時に、俺と先生の「二度目の一年間」が正式に幕開けする合図であった。 「……これから、2年最初のホームルームを始める」  先生の一寸の狂いのない正確で機械のような声が教室に響き渡る。   その一瞬で教室の空気が引き締まるのを肌で感じた。 「今から出席を取る。阿部」  「はい」 「よろしく」  先生は淡々とした声で名前を呼びあげては、「よろしく」という、そっけない一言を付け加えていく。  俺はそんな先生をただじっと、真っすぐ見つめる。  すると、先生は俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げた。その瞬間、視線がぶつかる。  いつもならすぐに目をそらすのだが、少しぼーっとしていたせいなのか、反応が遅れた。  じっと見つめあうこと、体感数十秒。本当はきっと一瞬なのだろう。しかし、スローモーションのように周りの音が遠ざかって聞こえた。  無機質な先生の瞳に俺の顔が映り込んでいるのが見える。  ……あ。  動かない鉄壁の表情にほんのわずかに見えた戸惑い。先生の喉仏が上下に大きく動く。  意外にも先に目をそらしたのは先生の方だった。  なんだよ、それ。調子狂うな。  俺は気恥ずかしさを感じ、机に勢いよく頭をつける。 「……矢島」   揺れる俺の名前を呼ぶ声。そこにいつもの芯の通った先生はいなかった。 「は、はい」   顔を上げるといつもの仏頂面で出席簿を睨んでいる先生が見える。 「きちんと座るように。……今年もよろしく」   いつもの小言。しかし、「よろしく」という声はか弱く、今にも消えてなくなってしまいそうであった。   俺は自分の心臓の鼓動が速く動き出すのを感じ、その動揺を隠すように顔を窓へ背けた。  冷淡な悪魔だと思っていたのに。先生に人の心なんてないと思っていたのに。俺と目が合うだけであんなに動揺するなんて。  拓海が言っていた「攻略」という響きが脳内で姿を現しては消えていく。  もしかして、あいつって……。  俺の頭の中に今までなら考えられなかった、あり得ない推測が次から次へ溢れ出てくる。  いやいや、そんなわけない。  俺は頭に浮かんだ馬鹿な考えを消すことに必死だった。  それからのホームルームは、全く頭に入ってこなかった。先生の声が耳を通過し、留まることなく、消えていく。   しかし、先生の姿を絶えず目で追っていた。  やがて、終了を告げるチャイムが鳴る。 「これでホームルームを終わる。1限目の準備をして遅刻しないように。……あと、急いでいても廊下は走らないように」  先生はこちらを一切見ることなく、いつもの凛とした姿で颯爽と教室を去っていく。名前は出さないものの、置き土産としていつもの小言を残して。  その背中は「男子高校生の流行」などを調べ、悩んでいる ようには到底見えなかった。 「……マジで調子狂う。俺もあいつもどうしたんだよ」   机に突っ伏し、全体重を預け、小さな声で毒づいた。  先生の、あの姿が妙にこびりついて離れない。

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