1 / 2
1話 Side:S
私はセラフィーノ・バックス。とある組織に属する、いわゆる悪者である。
しかし三十一にもなるのに、見た目も身長も十代半ばの頃から変わりなく、良くも悪くも潜入の際に目立ってしまう。
仕事の情報を得るために女を抱こうにも、素性を明かすことのできない私は、年齢を言っても信じてもらえず逆に可愛がられてしまい、思うように進ませてくれない。
そして最大の秘密は、夜尿症が治っていないこと。アジトでは隠れておむつを使っているが、女とベッドを共にする日は、朝まで起きている他に方法がない。
いつものように荒っぽい仕事をこなしていた時のこと。不意に後ろから頭を硬いもので殴られ、気を失った。
次に目を覚ます時、私は――
「目が覚めた?」
「????」
広いきれいな部屋のふかふかのベッドに寝かせられていて、お尻の下がぐじゅっといやな音を立てた。
「っふ、ぅえぇー」
「どうしたの?」
目の前の金髪にヘーゼル色の瞳の大柄な男は、困ったように身体をさすってくれるけど、こっちも困っているのだ。
「あ、もしかして。布団めくっても良い?」
「ぃやー!」
無常にも布団はめくられ、惨状があらわになる。
「大丈夫だよ、きれいにしようね」
「ぅうー、ふぇー」
男はパジャマを手早く脱がせて下半身を拭くと、また新たなパジャマを穿かせてくれる。
「おむつ買った方が良かったかな?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ところで、名前は?」
「⋯⋯⋯⋯」
困ったこと。それは、自分の名前が思い出せないのだ。それとここに来る前に何をしていたのかも。
「もしかして、思い出せない?」
「うん⋯⋯」
「そうか。俺はリナルド・ジョフロワ。君のことは何て呼ぼうか」
その名前に、思い当たる節もない。
「ヒスイ。瞳の色がきれいだから、ヒスイはどう?」
「ヒスイ⋯⋯?」
「そう。君のような瞳の色を、東の国の言葉でそう呼ぶそうだよ」
ヒスイ。今日から自分の名となるのか。すごく響きが良い。
「うん、気に入った!」
「良かった。ヒスイ、君は何歳?」
「⋯⋯⋯⋯?」
自分は何歳だっただろうか。そもそも、着替えた時に見えたそこから男であるのは分かったが、それすらも記憶になかったので、年齢なんて見積もることもできない。
「わかんない」
「そっか。十歳くらいにしとこうか」
「⋯⋯うん?」
「大人にしては身体が小さいし、おねしょもするし、そのくらいがちょうど良いんじゃない?」
「⋯⋯⋯⋯」
これでとんでもなく外していたら、すごく失礼なことを言われてる気もするけど、正解が分からないのだからしかたがない。
「今日からヒスイは十歳ね」
「うん」
十歳はたぶんきっと子ども。名前も年齢も、生活も全て忘れた自分にはお似合いかもしれない。
それから広い部屋の中を案内され、途中で見つけた鏡で自分の顔を見てみたが、肩にかかる長い黒髪に、黄緑色の瞳、耳に光るいくつものピアス、そして大人と言うには幼い顔。
その情報だけは頭に入って来たが、それが自分の顔だとは認識できなかった。そして、記憶にも全くない。
「どう? 何か思い出した?」
「ううん、全然」
「まぁ、頭も打ってるようだし、気長にいこう」
そう言うと、怪我したところを避けて頭を撫でられる。不思議とくすぐったくて、温かな気持ちになった。
「リナルドは何してる人?」
「俺? 普通の会社員」
「ふーん」
リナルドが作ってくれたご飯を食べながらその仕事を聞くが、かわされたような気がする。
そもそも普通の会社員がこんな良い暮らしできるものだろうか。残念なことに比較対象が思い浮かばないので、諦めてその回答を受け入れることにする。
「これ食べ終えたら、おむつ買いに行ってくるけど、ヒスイお留守番できる?」
「で、できる!」
お留守番をしたことがあるのかどうかも分からず、何となくできると言ったが、自信はない。
「俺が鍵を持ってるから、絶対に鍵は開けないこと。誰か来ても、開けちゃだめだよ」
「うん」
鍵を開けないことがミッションなのか。それなら、たぶんできる。
リナルドが買い物に行って十五分。ずっと玄関先に座って、扉を凝視していた。誰か来ても、開けちゃいけない。それを頭に呪文のように唱えながら、帰宅を待つ。
――本当に帰ってくる⋯⋯?
ふと、妙な考えが頭をよぎり、それを振り払う。ここはリナルドの家だ。帰って来ないわけがない。
そして、下腹にじくじくと欲求が生まれ始めたのに気付く。トイレに行きたい。でも、自分はミッションの最中で、勝手に行くことはできない。
ぎゅう、とそこを握って堪える。尿意に気を取られて、何分経ったか忘れてしまった。あと何分待てば良いのかも分からない中、ぎちぎちと握る手に力を込めて、我慢する。
不意に、じわっと股間が濡れる。水色のパジャマは段々と色を濃くしていき、しゃーっと一筋の水流が生まれ、玄関に流れ落ちる。足元に小さな水溜りができてしまい、そこにポロポロと涙がこぼれる。我慢しているのに、次から次へと涙はあふれて、ひっくひっくと声も止まらない。
泣いてそこの力が緩んだのか、握った手に勢い良くおしっこがあたり、脚をびしょ濡れにして、玄関に溜まっていく。
「ただいま、うわっ!」
「リナルド!」
それからしばらくして、リナルドが帰って来た。ずっと鍵は開けないで待っていた。だからリナルドが扉を開けて入って来た瞬間に、その身体に飛び付いた。
「どうした、ってあー、おもらししちゃったの?」
「ふぅ、うぅー」
「一人でトイレ行けなかった?」
抱きしめられて、やっとほっとする。でも、一人だからトイレに行けなかったわけじゃない。ミッション中だから、行かなかったんだ。
だから、抗議の意味を込めて頭をブンブンと横に振る。
「違うの? ああ、そんなに頭動かさないの。痛くなるよ」
「だって、だって、」
「うん?」
「ミッション、だから」
「そうか、ヒスイのミッションだったんだね。だから我慢したのか」
頭を撫でられ、その手にすり寄る。もっと撫でてほしい。おもらしはしたけど、ミッションは成功したんだから。
「良く頑張ったね、いい子」
「へへっ!」
だけど上機嫌は長くは続かなかった。濡れたパジャマを玄関で脱がされ、リナルドが買って来たおむつを穿かされたのだが。
「これ、子ども用⋯⋯?」
「そうだよ。サイズもぴったりじゃないか」
水色を基調としたキャラクター柄のおむつは、明らかに小さな子ども用で、自分は十歳とはいえ幼すぎるような気がする。
「子ども用じゃいや? でも、おもらしもしちゃうヒスイには似合ってると思うけどな」
「ううっ」
リナルドは、わざといじめるようなことを言ってくる。でも、何も間違っていないので我慢する。
「夜には早いけど、このまま穿いてたら? またもらすかもしれないでしょ」
「もらさないっ!」
「ははっ、ヒスイは可愛いね」
「⋯⋯⋯⋯?」
今度は意味不明なことを言われ、反応に困る。
すると、ぽんぽんと頭を撫でられたので、まぁ良いかと思った。
ともだちにシェアしよう!

