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1話 Side:S

 私はセラフィーノ・バックス。とある組織に属する、いわゆる悪者である。  しかし三十一にもなるのに、見た目も身長も十代半ばの頃から変わりなく、良くも悪くも潜入の際に目立ってしまう。  仕事の情報を得るために女を抱こうにも、素性を明かすことのできない私は、年齢を言っても信じてもらえず逆に可愛がられてしまい、思うように進ませてくれない。  そして最大の秘密は、夜尿症が治っていないこと。アジトでは隠れておむつを使っているが、女とベッドを共にする日は、朝まで起きている他に方法がない。    いつものように荒っぽい仕事をこなしていた時のこと。不意に後ろから頭を硬いもので殴られ、気を失った。  次に目を覚ます時、私は―― 「目が覚めた?」 「????」  広いきれいな部屋のふかふかのベッドに寝かせられていて、お尻の下がぐじゅっといやな音を立てた。 「っふ、ぅえぇー」 「どうしたの?」  目の前の金髪にヘーゼル色の瞳の大柄な男は、困ったように身体をさすってくれるけど、こっちも困っているのだ。 「あ、もしかして。布団めくっても良い?」 「ぃやー!」  無常にも布団はめくられ、惨状があらわになる。 「大丈夫だよ、きれいにしようね」 「ぅうー、ふぇー」  男はパジャマを手早く脱がせて下半身を拭くと、また新たなパジャマを穿かせてくれる。 「おむつ買った方が良かったかな?」 「⋯⋯⋯⋯」 「ところで、名前は?」 「⋯⋯⋯⋯」  困ったこと。それは、自分の名前が思い出せないのだ。それとここに来る前に何をしていたのかも。 「もしかして、思い出せない?」 「うん⋯⋯」 「そうか。俺はリナルド・ジョフロワ。君のことは何て呼ぼうか」  その名前に、思い当たる節もない。 「ヒスイ。瞳の色がきれいだから、ヒスイはどう?」 「ヒスイ⋯⋯?」 「そう。君のような瞳の色を、東の国の言葉でそう呼ぶそうだよ」  ヒスイ。今日から自分の名となるのか。すごく響きが良い。 「うん、気に入った!」 「良かった。ヒスイ、君は何歳?」 「⋯⋯⋯⋯?」  自分は何歳だっただろうか。そもそも、着替えた時に見えたそこから男であるのは分かったが、それすらも記憶になかったので、年齢なんて見積もることもできない。 「わかんない」 「そっか。十歳くらいにしとこうか」 「⋯⋯うん?」 「大人にしては身体が小さいし、おねしょもするし、そのくらいがちょうど良いんじゃない?」 「⋯⋯⋯⋯」  これでとんでもなく外していたら、すごく失礼なことを言われてる気もするけど、正解が分からないのだからしかたがない。 「今日からヒスイは十歳ね」 「うん」  十歳はたぶんきっと子ども。名前も年齢も、生活も全て忘れた自分にはお似合いかもしれない。  それから広い部屋の中を案内され、途中で見つけた鏡で自分の顔を見てみたが、肩にかかる長い黒髪に、黄緑色の瞳、耳に光るいくつものピアス、そして大人と言うには幼い顔。  その情報だけは頭に入って来たが、それが自分の顔だとは認識できなかった。そして、記憶にも全くない。 「どう? 何か思い出した?」 「ううん、全然」 「まぁ、頭も打ってるようだし、気長にいこう」  そう言うと、怪我したところを避けて頭を撫でられる。不思議とくすぐったくて、温かな気持ちになった。 「リナルドは何してる人?」 「俺? 普通の会社員」 「ふーん」  リナルドが作ってくれたご飯を食べながらその仕事を聞くが、かわされたような気がする。  そもそも普通の会社員がこんな良い暮らしできるものだろうか。残念なことに比較対象が思い浮かばないので、諦めてその回答を受け入れることにする。 「これ食べ終えたら、おむつ買いに行ってくるけど、ヒスイお留守番できる?」 「で、できる!」  お留守番をしたことがあるのかどうかも分からず、何となくできると言ったが、自信はない。 「俺が鍵を持ってるから、絶対に鍵は開けないこと。誰か来ても、開けちゃだめだよ」 「うん」  鍵を開けないことがミッションなのか。それなら、たぶんできる。    リナルドが買い物に行って十五分。ずっと玄関先に座って、扉を凝視していた。誰か来ても、開けちゃいけない。それを頭に呪文のように唱えながら、帰宅を待つ。  ――本当に帰ってくる⋯⋯?  ふと、妙な考えが頭をよぎり、それを振り払う。ここはリナルドの家だ。帰って来ないわけがない。  そして、下腹にじくじくと欲求が生まれ始めたのに気付く。トイレに行きたい。でも、自分はミッションの最中で、勝手に行くことはできない。  ぎゅう、とそこを握って堪える。尿意に気を取られて、何分経ったか忘れてしまった。あと何分待てば良いのかも分からない中、ぎちぎちと握る手に力を込めて、我慢する。  不意に、じわっと股間が濡れる。水色のパジャマは段々と色を濃くしていき、しゃーっと一筋の水流が生まれ、玄関に流れ落ちる。足元に小さな水溜りができてしまい、そこにポロポロと涙がこぼれる。我慢しているのに、次から次へと涙はあふれて、ひっくひっくと声も止まらない。  泣いてそこの力が緩んだのか、握った手に勢い良くおしっこがあたり、脚をびしょ濡れにして、玄関に溜まっていく。 「ただいま、うわっ!」 「リナルド!」  それからしばらくして、リナルドが帰って来た。ずっと鍵は開けないで待っていた。だからリナルドが扉を開けて入って来た瞬間に、その身体に飛び付いた。 「どうした、ってあー、おもらししちゃったの?」 「ふぅ、うぅー」 「一人でトイレ行けなかった?」  抱きしめられて、やっとほっとする。でも、一人だからトイレに行けなかったわけじゃない。ミッション中だから、行かなかったんだ。  だから、抗議の意味を込めて頭をブンブンと横に振る。 「違うの? ああ、そんなに頭動かさないの。痛くなるよ」 「だって、だって、」 「うん?」 「ミッション、だから」 「そうか、ヒスイのミッションだったんだね。だから我慢したのか」  頭を撫でられ、その手にすり寄る。もっと撫でてほしい。おもらしはしたけど、ミッションは成功したんだから。 「良く頑張ったね、いい子」 「へへっ!」  だけど上機嫌は長くは続かなかった。濡れたパジャマを玄関で脱がされ、リナルドが買って来たおむつを穿かされたのだが。 「これ、子ども用⋯⋯?」 「そうだよ。サイズもぴったりじゃないか」  水色を基調としたキャラクター柄のおむつは、明らかに小さな子ども用で、自分は十歳とはいえ幼すぎるような気がする。 「子ども用じゃいや? でも、おもらしもしちゃうヒスイには似合ってると思うけどな」 「ううっ」  リナルドは、わざといじめるようなことを言ってくる。でも、何も間違っていないので我慢する。 「夜には早いけど、このまま穿いてたら? またもらすかもしれないでしょ」 「もらさないっ!」 「ははっ、ヒスイは可愛いね」 「⋯⋯⋯⋯?」  今度は意味不明なことを言われ、反応に困る。  すると、ぽんぽんと頭を撫でられたので、まぁ良いかと思った。  

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