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1話

「リオ、お菓子あげる〜」 「ありがと! 全部はいらねぇって、後は自分で食べな」 「リオ、お昼一緒に食べよう」 「昼は用事あるから、ごめんな!」  今日も遠野の周りは賑やかだ。女子たちから話しかけられて、それににこやかに対応している。昼を断ったのが僕と一緒に食べるためだと思うと、優越感を感じずにはいられない。  遠野と友達になってから何をしたいかと聞かれ、一人で弁当を食べるのがさみしいから一緒に食べてほしいとお願いして、それから本当に毎日一緒に食べている。  遠野はこうして誰かしらから昼を誘われているのに、必ず僕を優先してくれる。それは優越感と同時に、申し訳なさにもつながる。 「遠野。僕との約束、負担じゃない?」 「何のこと?」 「昼を一緒に食べたいってやつ」 「大智は気にしいだよな。俺だって普通に友達と食べたいだけだよ」  昼休みの化学準備室。遠野と化学の教師が仲良いので、授業の準備を手伝うことを交換条件に貸してもらっている。 「あの女子たちも友達だろ?」 「んー? ちょっと違うだろ」 「そうなのか?」 「まぁ、知り合いみたいな感じ」  友達のいない僕には分からない線引きだ。  お互いに持って来た弁当箱を広げると、食欲をそそる香りにお腹がぐうと鳴る。 「あ、大智の唐揚げうまそう」 「あげる」  そう言うと、僕の弁当箱に三つ入ってる唐揚げの一つを箸でひょいと掴んで、もぐもぐとよく味わって食べてから穏やかに笑う。 「うまい! 代わりに好きなの食え」 「玉子焼き食べたい」 「いいぜ、やるよ」 「ありがとう!」  二切れのうち一つを頬張ると、出汁がじゅわっと染み出して、ふわふわの玉子焼きは最高だった。 「おいしい!」 「もう一個も食っていいぞ」 「いや、それは悪いよ」 「何だよ、遠慮すんな」  遠野は自分の箸で玉子焼きを掴むと俺の口に運んだので、そのままぱくりと食べてしまう。おかずを一つ減らしてしまったと思いながら、そのおいしさには勝てなかった。 「大智の笑顔、好きだよ」 「⋯⋯⋯⋯」  僕は無意識に笑っていたらしい。それを好きと言われて、うまく言葉を返せなかった。 「と、遠野。もう一個何か食べて」 「そんなに食ったら、大智の分なくなるだろ」 「平気」 「平気じゃありません。午後の授業中に腹鳴るぞ」  こうしてごく普通に接してくれるのがとても不思議で、今でも友達になれたのが信じられない時がある。僕はたいしておもしろい人間じゃないし、女子でもない。おまけに、伝えてはいないけど遠野のことが好きだ。  遠野には何かメリットがあるのだろうか。少しでもこの時間を楽しんでくれていればいいな、そう思いながらいつも昼休みを過ごしている。 「ごちそうさま! あ、大智。今日の放課後って用事ある?」 「えっ、何もないけど」 「じゃあさ、映画観に行かねぇ?」 「映画?」  放課後に誘われたのは初めてで、どうしても浮かんで来るデートの文字を引っ込めるのに必死になる。落ち着け、そもそも遠野には彼女がいるんだから。 「俺ホラー映画が好きで、最新作の公開が今日なんだよな。もし嫌いじゃなければ、一緒に行けたらと思って」  ホラーはあまり詳しくないが、遠野と行けるなら何でもいい。 「うん、行きたい」 「よかった! じゃあ決まりな」  にかっと笑う顔が眩しい。  放課後、僕たちは駅前の複合施設に入ってる映画館に来ていた。 「何か食べるか?」 「うーん、飲み物だけでいいかな」 「じゃあまとめて買ってくるよ。何がいい?」 「アイスコーヒーがいい」 「おっけー、待っててな」  遠野は人混みをかき分けてレジに並ぶと、数分して二人分の飲み物を持って戻って来た。もしかしたら、人の多いところが苦手な僕を気遣ってくれたのだろうか。その話はしたことがないので、本当のところは分からないが、密かにキュンとしてしまった。 「こっちがアイスコーヒーな」 「ありがとう」  代金を渡そうとすると、俺が急に誘ったからと受け取ってもらえなかった。  上演時間が近付き、入場して席に座る。平日のためか、ホラーというジャンルのためか、中はそれほど混んでおらず、中央のいい席を取れた。 「一応シリーズものだけど、単体でも楽しめるやつだから、気楽に観てな」 「うん、楽しみ」  遠野と一緒に映画を観るというシチュエーションに緊張して、アイスコーヒーをごくごく喉を鳴らして飲みながら、隣の遠野をちらりと見る。こんなイケメンが僕の友達なんて、本当に信じられない。  僕がもし女子だったら、ほんの僅かでも可能性があっただろうか。いや、そんな仮定をしても無駄だ。僕は男で、遠野には彼女がいる。どんなに足掻いても変えようのない事実は、心に鋭く刺さるけれど、友達であればまた遊びに誘ってもらえるかもしれない。それで満足しなければ。  考え事をしていたら、予告が終わり本編が始まっていた。スクリーンを観るとかなり話も作り込まれているし、映像も凝っている。これはなかなかにおもしろいなと見入ってしばらくした頃、隣でじっとしていた遠野が少し体勢を変えて、そこから頻繁にもぞもぞと動くようになった。遠野はあまり集中できなかったのだろうか。心配しつつも、上映中なので声をかけることもできず、僕は再び映画に熱中していた。  映画が終わって場内が明るくなり、感想を言おうと隣を見ると、遠野の顔色は真っ青だった。 「えっ、遠野!? 具合悪い?」 「⋯⋯いや、大丈夫」  よろりと立ち上がった遠野は、明らかに調子が悪そうで、十センチほど背の低い僕は肩を支えることもできず、そわそわしながら廊下へ出た。 「ちょっと、便所」 「ああ、大丈夫か?」 「大丈夫。ロビーで待ってて」  言われた通りロビーで待とうとしたが、あまりにも心配でトイレまで戻ると、長い列に並ぶ遠野の姿があった。 「遠野っ!」 「大智、待っててよかったのに」  平気そうに喋る遠野だが、さっきより顔色も悪いし、脂汗もかいている。  周りの状況を確認すると、女子トイレが故障したため男子トイレが削られ即席で女子用となり、数少ない男子トイレが行列になってしまっているようだった。次の上映時間も迫っているし、混むのも仕方がないかもしれない。  しかし、遠野が気分が悪くてトイレを利用したいのか、本当に催してるのかまでは分からないが、別の場所を探した方がよさそうだ。このまま列に並んでいても、最悪この場でぶち撒けてしまうかもしれない。 「遠野。この下の階なら、混んでないと思うからそっちに行こう」 「ん、分かった」  映画館が複合施設の中にあることが幸いして、別の階にもトイレがある。この時間ならそれほど混まないだろう。  遠野はポタポタと汗を流しながら、辛そうに僕の少し後ろを歩いている。 「大丈夫だよ、僕がついてるから」 「っ、」  歩幅を合わせて隣に位置取り、肩は難しいが背中に腕を回して支える。ブレザーにまでしっとりと汗が染み込んでいて、かすかに震えも感じ取れる。どれだけ無理したんだよと若干の怒りも湧いてくるが、それだけ僕との映画を楽しみにしていてくれていたのかなと思うと怒れない。 「もう少しだからね」 「んっ、」  遠野はもうはっきりと喋ることもできないようで、人気のない通路に入ったところで歩みが徐々に遅くなって、やがて立ち止まってしまった。 「遠野? 無理そうならしちゃっていいよ」 「っ、ふっ、う、」  背中をさすりながら様子を伺うと、琥珀色の瞳からポロポロと涙が床に落ちる。漏れ聞こえる嗚咽は、遠野の苦しみそのもので、早く楽にしてあげたくなる。  それでもスラックスの太ももをきつく握って我慢している姿に、失敗はできるだけ見られないようにしなきゃなと気を引き締め、ゆっくりと歩き出したので、僕も支える手に力を込める。 「着いたよ」 「ふっ、ぅう〜」  トイレの扉を開けた瞬間、便器に向かうこともできずに股間を鷲掴みにした遠野は、その場にピチャピチャと尿をこぼし、やがて掌の隙間を突き抜けて太い水流になり、数分をかけて大きな薄黄色の水溜りを作った。紺色のスラックスは黒色になり全体がテカテカと光っている。  遠野がおしっこを我慢していることは背中を支えた頃から気付いていたし、ここまでよく我慢したと思う。 「よく頑張ったね」 「うぅ、ひっ、ふっ、」  泣きじゃくって震えている身体を抱き締め、背中をゆっくりとさする。 「落ち着いたら、着替え買ってくるから心配しないでね」 「ごめっ、ごめんなさい」  震えた声で謝る姿に、可愛くてつい頭も撫でてしまう。 「よしよし」 「たいち」 「うん?」 「おれのこと、きらいになった?」 「これが嫌いな人にする仕草だと思うの?」 「⋯⋯⋯⋯」  確かにびっくりはした。どうして途中で席を立たなかったのかとか、泣いちゃうんだとか、遠野でも弱気になるんだとか。  でも、それを僕だけが見たのだと思うと不思議とうれしい。 「僕は遠野を嫌ったりしないよ」 「⋯⋯かっこ悪い俺でも?」 「それでも好きだよ」 「俺も好き⋯⋯」  最大限気持ちを抑えて、友達として好きだよと伝えたのに、何かおかしな言葉が返ってきた。 「ん?」 「大智とは違うかもしれないけど、俺は恋愛感情として好き」  なぜそうなったのだろう。いやいや、待ってほしい。 「でも、遠野には彼女がいるでしょ?」 「えっ、いないけど⋯⋯」 「あのキスしてた彼女は?」 「⋯⋯キスはされたけど、付き合ってないし、断った」  あれはキスしてたんじゃなく、されてたのか。モテる男は大変だな。 「えっ、えっ、でも! いつも色んな女子に囲まれてるし、遠野はかっこいいし、僕が好かれるわけ⋯⋯」  何だか自分で言っていて悲しくなってきた。僕も涙腺が緩んでしまい、ズビと鼻を鳴らす。 「大智、落ち着いて。一年の頃から好きだった。だから、あの日キスを見られて焦って追いかけた。でも、自信がなくて友達としか言えなかった」 「う、そ⋯⋯」  だって、僕のどこに好かれる要素があっただろう。いつも明るい遠野とは違って、普段喋らないし外見だって地味だ。 「俺は大智のいいところたくさん知ってるよ。優しいし、真面目だし、一年の頃不登校気味だった佐藤くんの様子を小まめに見て気にかけてただろ?」 「何でそんなこと知ってるの⋯⋯」 「大智が好きだから、何でも知りたいんだよ」  佐藤くんは結局自主退学してしまったので、僕のやり方が合っていたかも分からないし、友達にもなれなかった。  まさか、遠野がそのことに気が付いてるとは思わなくて、驚きと共に、そんなに前から好きでいてくれたのかと信じられない思いがする。 「大智、俺と付き合ってほしい」 「本当に、僕なんかでいいの?」 「大智だからいいんじゃないか」 「⋯⋯うん、僕も遠野が好きだよ」 「よかった」  いつもの自信に満ちた表情ではなく、不安そうに揺れる瞳が、遠野の気持ちが本当なのだと証明していた。  濡れた制服のまま思わず話し込んでしまって、冷え切って再び催した遠野を個室に押し込み、できるだけ違和感のないように紺色のチノパンと黒のスニーカーを買って戻ると、遠野に手渡して着替えてもらう。 「大智、色々悪かった」 「もう謝るのはなし! それに、僕たち付き合ってるんでしょ? 困った時はお互いカバーしていこうよ」 「本当に、大智はかっこいいよな」 「え、初めて言われた⋯⋯」 「初めて? うそだろ。俺が出会った中で、一番かっこいいのは大智だよ」 「それは遠野の方だろ?」 「⋯⋯本当にかっこいい奴は初デートで漏らしたりなんかしない」  つい、ふっと笑ってしまう。 「ねぇ、遠野。僕は、今日のことで遠野がもっと好きになったよ」 「えっ、何で」 「優しくて、気を遣ってくれて、リードしてくれる。そんな遠野はもちろん好きだけど、さっきの遠野は可愛くて、愛おしいと思った」 「あれは、あんまり覚えててほしくないんだけど⋯⋯」 「僕になら、どんな姿を見せたっていいよ。でも、他の誰にも見せちゃだめだからね」 「⋯⋯うん。大智、大好き」  その広い背中を抱き締めながら、すごい一日だったなと思う。僕にとっては正真正銘の初デートで、初めての恋人ができて。かっこいい遠野も、可愛い遠野も知った。今夜は興奮で絶対に眠れないだろうなと考えていた。  

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