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9話・3日目その1《動揺する心》

昨晩は、ほとんど眠れなかった。 「朝から撮影があるから寝なきゃ、寝なきゃ」と思えば思うほど、色々考えてしまって眠れない。 窓の外が明るくなってから、ようやくウトウトと微睡んだ。 「……マナト、おーい、マナト」 どこからか、僕を呼ぶ声が聞こえる。 夢の中の僕は、声のするほうへ手を伸ばした。 『BLは嫌?男同士は気持ち悪い?』 僕はブンブンと首を振る。 目の間にいる人の金色の髪の毛が風に揺れて、光が反射し、美しい。 『少しも気持ち悪くなんかない。僕は、僕は、ずっと恋をしてみたかったんだ』 『踏み出してみなよ、マナト。ほら、自分の気持ちに素直になって』 彼がニコリと笑って、僕の手を掴んでくれようとする。 僕の閉じていた心の扉に、一筋の金色の光が差し込んできた……。 けれど、その瞬間。 彼の顔が、母親の顔に擦り変わり、扉が「バタン」と音を立てて、閉まった。 辺りは真っ暗になる。 闇の中の母親は、恐ろしい声で僕に言った。 『ダメよ、マナト。貴方、まだ治っていなかったの?』 ビクンと慄き、目が覚めた。 全身びっしょりと寝汗をかいている。 「マナト、寝てるの?ねぇ、マナト」 ドアの向こうからミツバくんの声がした。 「ドンドン」とノックの音も聞こえる。 慌てて壁の時計を見ると、約束の7時を15分も過ぎている。 1時間くらいは寝たようだ。 僕はよろよろとベッドから下りて、部屋のドアを開けた。 「おはよう!」 ミツバくんは爽やかに挨拶をしてくれる。 「ご、ごめん。今、起きた……」 「大丈夫?なんか具合悪そうだよ?」 彼の手が伸びてきて、僕の髪に触れようとした。 思わずその手を払いのける。 「あ、汗かいちゃって、シャワー浴びるよ。先に、レストランに行ってて」 「わかった。でもシャワー浴びる前に何か飲んだほうがいい。ちょっと待ってて」 向いの自室に駆け込んだミツバくんは、自分の冷蔵庫からわざわざスポーツ飲料を持ってきてくれる。 僕の部屋の冷蔵庫にも入っていたけれど、ありがたく受け取った。 「慌てなくていいから。支度できたらレストランにおいで」 彼はそう言って、廊下の向こうへ消えていった。 — 急いでシャワーを浴び、レストランへ行くと、他のチームはおらず、ミツバくんだけが座っていた。 「ごめんね、待たせて。さぁ、行こう」 僕はキャップをかぶり、撮影機材を抱える。 「朝ごはん食べないと、倒れるよ」 「大丈夫。今ならスケジュールは、ほぼ変更無しでいけるよね」 「だけど……」 「じゃ、バナナだけ持って行く。僕、こう見えて身体強いから。寝坊したくらい良く眠ったし。さっ、行こう」 とにかく彼に迷惑を掛けたくなかった。 僕は強がったまま、ホテルのエントランスから外へ出る。 今日の赤樹島は、無風で太陽がギラギラと輝いていた。 — 1本目の男の撮影と同じで、島に上陸したシーンから撮り始める。 今日のミツバくんは、半袖Tシャツに半パン。 リュックサックを背負って、足元にはゴム草履を履いていた。 どのアイテムもカラフルなのは、モノクロの1本目との対比だろう。 カメラを回す直前に、彼に問う。 「そんな格好で、日焼け大丈夫?」 「あっ、マナト。その言葉、カメラ回してからもう一度、俺に訊いてくれる?ここからは、対話しながら進めたい」 「了解」 船着き場を歩くミツバくんへ、僕はカメラ越しに話しかける。 今日のミツバくんには、一目見てわかるピンマイクがついていたし、僕の胸にも同じマイクがついている。 「船で日焼け止めをたっぷり塗ったから大丈夫。それにしても、本当に手付かずの自然って感じの島だな」 彼の視線に合わせ、ぐるりと島を映す。 今度は灯台もしっかりと捉えた。 「まずは、あの短歌をもう一度確認するか」 男の手帖を、リュックから取り出す。 昨日よりボロボロに見えるのは、昨晩、ミツバくんがダメージ加工を施したのだろう。 「『夏至の日に 地蔵守りし 申の刻 頭隠して 尻隠さず』この地蔵っていうのを探すのが、今日の目標だ。小さいものかもしれないから、見逃さないように気をつけよう」 「わかった」 そこから僕らは島の中を歩き周った。 途中で休憩し、ペットボトル水を飲むところも今回は撮影する。 寡黙な男の演技とは違って、今日のミツバくんは、明るい。 珍しい花を見つけると「見てみろよ」とカメラに言い、小川に流れる水を触って「冷たい」と喜ぶ。 動画を見た人は、きっとこの島を歩いてみたいと思うだろう。 それにしても、暑い。 熱が身体に籠ってしまっているようだ。 だんだんと、前を歩くミツバくんのペースに、ついていけなくなってくる。 あれ? 見つめていた液晶モニターが、ぐにゃっと歪んだ。 目の前は暗く、足がもつれて前に出ていかない……。 ミツバくんはどこ?ねぇ、どこにいるの? 「おいっ、どうしたっ!」 ミツバくんの声が聞こえたけれど、彼の顔は見えないままで。 ……あぁ、ダメだ、倒れる。 けれど、地面に叩きつけられる衝撃は訪れず、僕は何かに抱き留められた……。

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