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20話・6日目その2《いらない助言》

ミツバくんは少し前から起きていたくせに、たった今、目が覚めたかのような大きな欠伸をして、1階へ降りていく。 「おはよー」 「おはようございます」 「おはよう」 どのチームも今日が最後の撮影日だ。 皆、すでに出掛ける支度をしてラウンジにいた。 「じゃ、行こうか」 「俺たちも、そろそろ」 「いってらっしゃーい」 「気を付けて」 僕たちは、メイキングカメラと共に彼らを見送り、2人でレストランへ入っていく。 トレイと皿を持って、バイキング形式の食事を選び、窓際の席に座る。 昨日は、臙脂色のテーブルクロスがかかっていたテーブルも、すっかり元に戻っていた。 — 「ミツバさん、ちょっといいかしら」 リゾートホテルに相応しいとは思えないスーツ姿の支配人代理・藤原さんが、ヒールのある靴をカツカツと鳴らし、テーブルに近づいてきた。 彼女は、メイキングカメラのクルーに「あっちへ行っていろ」とでも言いたげに、追い払うような仕草をする。 「あー、おはようございます。今、食事中なんで後にしてもらってもいいですか?」 ミツバくんは白々しくポケットからスマホを取り出し、何かチェックしてるような素振りを見せた。 「食べながらで結構なので、聞いてください。あなた先日、私が撮っているBL仕立てのメイキングショートを否定して、自分がちゃんとしたBL動画を撮るって言ったわよね?」 彼は大きくため息をついて、スマホを置く。 「はい。今、撮ってますけど?」 「自分が撮るBL動画の方が成果が得られるからって、偉そうに言ったわ」 「ええ、言いました」 「私からアドバイスさせてもらえば、BLとして全然ぬるい。はっきり言えば、刺激が足りないの。世の中に数多ある動画より、目立たないと、強い引きがないと、視聴者に見てもらえないわよ」 「そういうとこ狙ってないんで。もっとエモーショナルな感情の積み重ねを撮りたいです」 「それじゃ数字が取れないでしょ?ねぇ、見て我が社秘蔵のこのデータを」 彼女はプリントしたA4の紙の束を「バンッ」とテーブルに置く。 けれどミツバくんは、そちらに顔も向けない。 「ねぇ、藤原さん。人の感情なんて、データに落とし込めない。俺がこれだけ気持ち作って、挑んでるんですよ。コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている。そんな動画、撮ろうと思って撮れるもんじゃないんです。こんな体張って撮ってるの、伝わらないですか?」 やっぱり気持ち、作ってたのか……撮影のために……。 「残念ながら、撮影してるところを見ていても、伝わってこないわ。昨日の夕方も、最高の夕陽だったのよ。あの夕焼けをバックにキスするくらいベタなシーン入れるとか、してもらいたかったわ」 キス、僕とミツバくんがキス……。 ダンッ。 彼は大きな音を立てて、箸を置いた。 「あんたフォロワー何人いるんだよ?俺は、自分の顔を世界にさらして、自分で良いか悪いか全て判断して、もう6年も動画上げてるんだよ。そうやってコツコツと20万人のフォロワーを獲得した。何かあれば会社が責任取ってくれるような広告屋に、何が分かるんだよ!」 ミツバくんはそのまま席を立ち、レストランを出て行ってしまう。 「チッ」 藤原さんは、残された僕に聞こえるよう舌打ちをし、違う方向から出ていった。 僕はどうしていいかわからず、放心状態でただ座っている……。 「マナト、あの人、どっかいった?」 ミツバくんが様子を伺いながら戻ってきてくれた。 「あぁ……よかった。戻ってきてくれて……」 ミツバくんはテーブルに置きっぱなしのスマホを手に取り、何か操作をする。 「見てこれ、ばっちり撮れてる!」 「え?今の会話、撮ってたの?」 「これは、使えると思うんだよね」 「じゃ、怒って席を立ったのもフェイク?なんだよ、もうーーーー、心配したじゃん」 僕は怒って、彼のことをポカポカと叩く。 「悪い、悪い」 ミツバくんは笑って、僕の頭をクシャクシャと乱暴に撫でてくれた。 だけど、さっき言っていた「コップの水が溢れるか溢れないか、ギリギリのところで揺れている」とは何を指しているのだろう。 それはまさに、僕がミツバくんに抱く感情のことだ。 言い当てられたようで気まずかった。 もしかして、全て見透かされているのだろうか……。 — 「ほら、早く食べて、次の撮影をするよ」 箸が止まってしまった僕に、食事を再開するようミツバくんが促す。 「この企画の撮影は12時までなんだよね?次はどこで撮るの?」 「俺の部屋」 「部屋?」 「そう。マナトの背後に固定カメラ置いて、2人でジェンガでもやろ」 「う、うん。いいけど」 部屋でジェンガなんて、藤原さんが言うように引きも刺激も足りないように感じる。 ただ、恋というコップの水が溢れる寸前の僕には、ミツバくんと部屋で二人きりという状況が、少し息苦しく感じてしまいそうで、不安だった。

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