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番外編 ギルドマスター・コバムの誤算 1
ギルドマスター室の重厚な机の上で、私は頭を抱えていた。
こめかみがズキズキと脈打つ。胃の腑には鉛を飲んだような重苦しさがある。
原因は、目の前に置かれた一枚の報告書と、これから呼び出すことになっている「ある男」の存在だ。
「……ワシは、とんでもない化物 を野に放ってしまったのかもしれん」
重い溜息が、執務室の空気を濁らせた。
事の発端は、ほんの数日前。
私が、ギルドのエース冒険者・セルウィンに、ちょっとした「お節介」を焼いたことに始まる。
セルウィンは、見目麗しく、実力もAランク筆頭。浮いた噂一つなく、常に冷静沈着な男だった。
そんな男が、私の古くからの友人である監視員・ドノバンに懸想 していると気づいた時、私は膝を打って喜んだのだ。
ドノバンは、不器用で損ばかりしている男だ。
図体はデカく、顔には凶悪な傷があるが、中身は驚くほど繊細で家庭的。
だというのに、奴は長年、色恋沙汰とは無縁の生活を送っていた。
――いや、正確には「無縁にならざるを得なかった」と言うべきか。
私は、執務椅子に深く沈み込み、友人の不遇な過去を回想した。
ドノバンは、十八歳で冒険者になった頃から、ある「特殊な環境」に身を置いていた。
彼が組んだパーティメンバーは、全員が十歳近く年上の、既婚者女性三人組だったのだ。
彼女たちは、新人で大型犬のように人懐っこいドノバンを、それはもう可愛がった。弟のように、あるいはペットのように。
だが、可愛がり方は尋常ではなかった。
彼女たちは知っていたのだ。ドノバンの、あのむっちりと筋肉の詰まったガタイと、頼まれると断れない性格が、「その手の男たち」にとって垂涎 の的であることを。
『ドノバンちゃん、アンタは隙だらけなんだから気をつけなさい! ダメよそんなに胸出しちゃ!』
『昨日誘ってきた男? 今ごろ魔物の餌にでもなってるんじゃないかしら』
彼女たちは鉄壁のガーディアンとなり、ドノバンに近づく男を片っ端から牽制 し、物理的に排除した。
さらに、彼女たちの教育は私生活にも及んだ。
『イイ男ってのはね、家事ができて当たり前なのよ』
そんな徹底的な躾 ――実質的な調教により、ドノバンは料理、洗濯、裁縫に至るまで、ハウスメイドも裸足で逃げ出すほどの家事スキルを叩き込まれてしまったのだ。
もちろん、ドノバンの性格の良さに惹かれる女性もいた。
だが、そこでも小姑と化した三人が立ちはだかった。
なんと彼女たちは、自分たちの旦那(そこそこイケメン)を刺客として送り込み、ドノバンに近づく女を誘惑させたのだ。
それで目移りするような女は、ドノバンの嫁には相応しくない。
そんな理不尽極まりないテストにより、女たちは次々と脱落させられた。
合格した女も、小姑三人がもれなく付いてくる状況に慄 き、諦めた。
結果、ドノバンは「俺は女にモテない」と思い込み、男からの視線には鈍感なまま、朴念仁 として完成してしまったのである。
引退して、ようやくガーディアンたちから解放されたドノバン。
だが、すぐにハイエナが寄ってきた。
ドノバンの元教え子、Bランクの青年だ。
奴は以前からドノバンを狙っていたが、あの三人に妨害されていた。彼女たちがいなくなった今、再び接触を図り始めていたのだ。
だが、こいつは頂けない。ドノバンを本命視してはいるようだが、鉄壁のガードに守られ、男の手垢がついていないドノバンを身体の快楽で籠絡するために、「練習」と称して他の年上男性を食い散らかし、テクニックを磨いているという、救いようのないクズだった。
そこへ現れたのが、セルウィンだ。
銀の髪を揺らす涼しげな美貌と、卓越した剣技を持つ若きエース。
その圧倒的な実力ゆえか少々傲慢で、鼻持ちならない自信家なところはあるが、冒険者としての姿勢は極めてストイックだ。
女性との恋愛経験はそれなりにあるようだが、別れ際もスマートなのか悪い噂は一切聞かない。かといって男色というわけでもなく、最近は恋愛そのものに興味を失っているようにすら見えた。
その身持ちの良さを見て、彼なら……いや、彼こそが、ドノバンを大切にしてくれる唯一の相手だろう。そう信じて背中を押したのだが……。
「……まさか、あんな猛獣 だったとはな」
私は机の上に積み上げられた、頭の痛くなる報告書の束に視線を落とした。
一番上にあるのは、『蒼き流星』の治癒術師 と斥候 が、先日、顔面蒼白で提出してきたものだ。
内容はおぞましいものだった。
『監視小屋の簡易ベッドが、物理的に破壊され使用不能』
『現場には、高純度ヒーリングポーションの空瓶が複数本散乱。本来の用途(治療)ではなく、粘膜保護のための潤滑剤として浪費された形跡あり』
『リーダーが、監視員ドノバンに対し、過度かつ一方的な性交渉を行ったことが確実』
『ドノバン氏は衰弱し、腰部の機能に著しい障害が見られる』
これだけでも胃に穴が空きそうだが、その下にある若いギルド職員からの始末書が、さらに追い打ちをかける。
彼は昨夜、ドノバンの小屋に立ち寄り、メモを残して去った者だ。
『その後、見回りに出たがドノバン氏と一向にすれ違わないことが気になり、不審に思って気配遮断を使って小屋へ戻った』
『そこで、Aランク冒険者セルウィン氏が、ドノバン氏に対し激しく、その、結合部を打ち付けている場面を目撃してしまった』
『助けに入ろうかと思ったが、セルウィン氏の放つ「邪魔する者は殺す」という覇気と実力差に圧倒され、恐怖で逃げ出してしまった。ドノバンさんを見捨てて申し訳ありません』
さらに、朝番の交代監視員からの困惑しきった業務連絡まである。
『ベッドが破損している上、予備を含めた寝具一式が消失しています』
『現場の状況から、二人の体液等で酷く汚損したため、セルウィン氏が証拠隠滅……あるいは自分たちの匂いがついた記念品として回収・持ち去ったものと思われます。至急、寝具の手配をお願いします』
部下からの報告を読み終えた時、私は耳を疑うと同時に、天を仰いだ。
あの完璧主義なセルウィンが?
だが、部下たちは震えながら言ったのだ。「セルウィンは、マーキングしたドノバンさんを見せつけるように笑っていました」と。
コン、コン。
その時、ドアがノックされた。
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