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番外編 ギルドマスター・コバムの誤算 2

「入れ」  私の許可と共に、重厚な扉が開かれる。  入ってきたのは、噂の渦中にある男、セルウィンだった。 「お呼びでしょうか、マスター」  その姿を見た瞬間、私は背筋が寒くなるのを感じた。  美しい。  整った顔立ちはそのままに、肌は内側から発光するようにツヤツヤとしており、全身から「満ち足りた雄」のオーラが(あふ)れ出している。  だが、その瞳の輝きが異様だった。  理性のタガが外れ、欲望のままに獲物を食らい尽くした獣だけが浮かべる、底なしの満足感と、なお消えぬ飢餓感。 「……おう、来たか。座れ」  私が重々しく椅子を勧めると、セルウィンは優雅な動作で腰掛けた。以前の堅苦しさは消え、どこか不敵な余裕さえ漂わせている。 「ご用件は分かっています。監視小屋の件、でしょう?」 「……自覚はあるようだな。部下から報告があったぞ。お前、数日前の夜……仮眠室でドノバンに何をした」  私が単刀直入に問いただすと、セルウィンは悪びれる様子もなく、とろけるような笑みを浮かべた。 「愛し合っていただけですよ。……お互い、少しばかり燃え上がりすぎましたが」 「ベッドを壊すほどか! 公共の器物を破損させておいて、よくも抜け抜けと!」  私が机を叩いて怒鳴ると、セルウィンは涼しい顔で「弁償しますよ」と肩をすくめた。  その反省のない態度に、私のこめかみが引きつる。 「それだけじゃないぞ。ドノバンから今朝、休みを取るという連絡があった。『腰が爆発した』とかいう意味不明な理由でな! ……まさか、貴様」 「ああ、やはり動けなくなりましたか」  セルウィンは心配するどころか、嬉しそうに目を細めて恍惚とした表情を浮かべた。 「……動けなくなるまで愛した甲斐がありました。これで、今日は誰にも会わず、家で私の残り香に包まれて寝ているしかない」  ゾクリ、とした。  監視小屋での一件だけでなく、どうやら昨晩もやってきたらしい。  会話が通じない。こいつの思考は、すでにドノバンを中心にしか回っていない。 「貴様な……ワシが手助けしたのは、ドノバンにまともな恋愛をしてほしかったからだぞ。あいつの身体を食い物にするためじゃない!」 「心外ですね。私は、彼を心から愛していますよ。……もちろん、あの極上の身体も含めて」 「お前……」  私がさらに説教しようとしたその時、セルウィンがふと真剣な眼差しで切り出してきた。 「ところでマスター。一つ、解せないことがあるんです」 「なんだ」 「ドノバンさんです。……あの年齢で、あれほど魅力的な肉体と人柄を持ちながら、なぜ『手つかず』だったのですか?」  セルウィンは、不思議でたまらないといった様子で首を傾げた。 「抱いてみて確信しました。あの身体は、男を狂わせるためにあるようなものだ。……締め付けも感度も、あんな名器を放っておくなどあり得ない。誰かが手を出していてもおかしくないはずなのに」  その言葉には、純粋な疑問と、自分以外の誰かが触れていた可能性への(くら)い嫉妬が混じっていた。 「……それに、あのBランクの男。ドノバンさんに馴れ馴れしくしていた奴ですが……あれは、明らかに『狙って』いましたよね?」  セルウィンの目が、獲物を狙う肉食獣のように細められる。  私は、重い溜息をついて答えた。 「……お前の目は節穴じゃなかったようだな。いいだろう、教えてやる。ドノバンがなぜ今まで無事だったのかを」  私は、先ほど回想していたドノバンの「ガーディアン」たちの話を、セルウィンに聞かせた。  彼がいかにして三人の女性たちに箱入り息子のように守られ、近づく男たちを物理的に排除し、手つかずのままここまできたのかを。  それを聞いたセルウィンは、真剣な表情で頷き、やがて感動したように口を開いた。 「……素晴らしい」 「あん?」 「その三人の女性には、最大級の感謝と贈答品(ギフト)を贈らねばなりませんね」  セルウィンは、恍惚とした表情で自分の指先を見つめた。 「彼女たちのおかげで……あの熟れた果実のような身体が、誰の手垢もつかないまま、私の元へ回ってきたわけですから。……あの年齢で、あんなにウブで、開発のしがいがあるなんて、奇跡としか言いようがない」 「お、おい……」 「ちなみに、そのBランクの男については、私の手で社会的に、物理的に、再起不能になるまで潰しておきます。……ドノバンの視界に入ることすら許さない」  その声の冷たさに、室内の温度が数度下がった気がした。  私がけしかけたのは、恋心だ。執着心と独占欲の塊ではない。  だが、セルウィンは私の戦慄など意に介さず、冷徹な殺意を浮かべた表情を一瞬で崩し――今度はとろけるような、粘着質な笑みを浮かべた。 「邪魔者が消えれば、あとは存分に注ぎ込むだけだ。……数十年の間、守られ、誰にも触れられずに熟成された彼の中身を、私の色だけで塗り潰す」  セルウィンは、まるで目の前にドノバンがいるかのように、空中で何かを愛おしげに握りしめる仕草をした。 「空白だった時間の分まで……いえ、それ以上に。彼が他のことなど考えられなくなるくらい、私の全てを刻み込んであげなくては」  ……ダメだ。この男のスイッチは、もう戻らないところまで入ってしまっている。  私は、目の前の美しい青年が、理性的な冒険者ではなく、ただの飢えた捕食者に見えて背筋が凍った。 「……お、おい。待て、セルウィン」  私は引きつった声で、暴走する怪物を止めようと口を開いた。

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