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斥候ルークの愚痴話

 冒険者御用達の酒場『竜のあくび亭』。  普段なら大広間のテーブルで、安いエール片手にバカ話に興じるところだが、今日の俺たちは違った。  わざわざ追加料金を払い、店の奥まった場所にある防音個室を借り切っているのだ。 「ええー……。わたし個室ヤなんだけど。なんか密会してるみたいで気分出ないし」  向かいの席で不満げに頬を膨らませているのは、ウチのパーティ『蒼き流星』の治癒術師(ヒーラー)、ハリュだ。  オレはジョッキの麦酒を一息に煽ると、ドンと乱暴にテーブルに置いた。 「仕方ないだろ。リーダーのせいで、外で飲むと絡まれるんだから」  オレ、斥候(スカウト)のルークは、ここ数日精神的に疲弊しきっていた。  原因は、我らがリーダー、Aランク冒険者のセルウィンだ。  あのクールでストイックだったはずの男が、ダンジョン監視員のドノバンさんに恋に落ち、あろうことか監視小屋に夜這いを仕掛け、ドノバンさんが翌日立てなくなるほどの大失態をやらかした。  さらに、それを隠すどころか公然と「恋人宣言」までしてしまったのだ。  その噂が広まってからというもの、オレの安息の日々は終わった。  本人に聞く度胸のない野次馬どもが、一番話しかけやすいオレをターゲットに、次々と質問攻めにしてくるのだ。 『おいルーク、あれマジなのか?』 『ドノバンさんって男だろ? リーダーはそっちのケがあったのか?』 『どんなプレイだったんだよ、詳しく教えろよ』  ……知るかボケ。  と言いたいところだが、オレは知ってしまっている。  オレの斥候(スカウト)としての自慢である、両目視力6.0という無駄に良すぎる目が、見てはいけないものを鮮明に捉えてしまっていたからだ。 「ホント! ねえあの人どうしちゃったの? 今までどんな美女と付き合ったって、別れ際もサッパリしてて淡白だったくせに」  ハリュがナッツをパチンと弾きながら愚痴る。 「監視小屋のあの時なんて、踏み込んだオレたちに向かってドヤ顔してたからな……。初めて見たよ、リーダーのあんな顔。『この男は俺が食った』って全身で主張してやがった」  あの朝の光景がフラッシュバックする。  マントからはみ出したドノバンさんの太腿。そこに刻まれた無数の鬱血痕。  あれは愛の営みじゃない。捕食だ。 「ドヤ顔がなによ。……わたしなんてうっかり職業病で状態解析(ステータス・チェック)かけちゃって、ドノバンさんの中まで見ちゃったんだから!」  ハリュが身を乗り出して声を潜めた。 「うわ……」 「ねえ、腸の中真っ白よ? 真っ白。容量オーバーであふれ出るくらい溜まってたわ。しかも内壁の広がり方がえっぐいの! ……あんのケダモノ」 「生々しい!」  オレは耳を塞ぎたくなったが、ハリュの暴走は止まらない。 「あの高い高純度ヒーリングポーションの空瓶も、床に転がってたじゃない?」 「ああ……四、五本あったな。あれ一本で金貨数枚は飛ぶ代物だぞ。オレたちの武器が新調できるレベルだ」 「正気? ただの潤滑剤代わりによ? ……それに、あれが初めてってことでしょ?」 「だろうな。ドノバンさん、素直な人だから恋人いたらすぐ顔に出るし」 「初めてのおじさん襲って、ポーション五本使って中に出しまくるとか……騎士団に突き出せばよかったかな」 「やめろ、オレらまで事情聴取で巻き添え食うだろ……」  オレたちは同時にため息をつき、新しい酒を注文した。  酔わないとやってられない。 「リーダー、そっちはあっさりしてる方だと思ってたんだよな。たまに付き合いで高級娼館行くこともあるけど、あの人すぐ終わらせて涼しい顔で出てきてるし」 「……早漏?」 「直球か! 違うよ、単に本番なしで一回出して終わりってだけだろ。……たぶん」 「不潔。というか仲間のシモの処理事情なんて知りたくないんだけど。……ちなみにルークはどのくらいよ」 「オレは一時間……ってバカ! 何聞いてんの!」 「あら元気ね。……ま、言いたいことは分かるわ。今までがそんな『とりあえず出しとくか』みたいな態度だったから余計にね。ドノバンさん相手のあの食いつきよう、今まで溜まってた分が一気に決壊したみたいでゾッとするわよ」  ハリュが呆れ顔でジョッキを揺らす。 「しかもド変態でしょ。この間、ドノバンさん行きつけのパンケーキ屋に行ってた知り合いの娘から聞いたんだけど」 「それって……リーダーが遠征先の竜騎士団脅して、飛竜強奪して帰ってった日のことか?」 「そう。店の中で衆人環視の中ディープキスかまして、『これから帰ってセックスします』って宣言したらしいわよ」 「うわあ……」  店の中で公開プレイ宣言とか、もはや正気の沙汰じゃない。  ハリュが顔をしかめる中、オレの脳裏には、その「遠征」の始まり――つまり出発日の朝の惨劇が蘇っていた。 「……ていうかさ、そもそもこの間の遠征の出発日のことからしておかしかったよな。覚えてるか?」 「忘れたくても忘れられないわよ。あんな地獄絵図」  ルークが遠い目をして、ジョッキの縁を指でなぞる。  あの朝の空気の重さは、今思い出しても胃がキリキリするほどだ。 「あの朝、リーダーが宿舎にいなくて、オレが魔力探知かけたら案の定ドノバンさんの家だっただろ? あの時点で嫌な予感しかしなかったんだよ」 「わたしだってよ。どうせ最中だろうなーって察してたわ」 「だからオレ、わざと足音立てて、ノックも大袈裟にして『迎えに来ましたよアピール』したんだぞ? なのに……」  二人の脳裏に、鮮明な記憶がフラッシュバックする。  ドノバンさんの家の玄関前で繰り広げられた、聞きたくもない情事の実況中継が。  中からは、明らかに「激しく腰を打ち付ける音」と、ドノバンさんの苦しげな喘ぎ声が漏れ聞こえていた。 『あんッ! あ、あ゛ッ! やめ、外に……っ!』 『聞こえてますか? 彼らが呼んでますよ』 「リーダー、絶対にオレらが来てるの気づいてたよな。その上で、あえて無視してドノバンさんを貪ってたんだ」 「しかも『行け』って言われたのを都合よく解釈して中に出すとか……。玄関越しにあんな会話聞かされる方の身にもなってほしいわ」 「ほんとな……。あの時の空気、一生忘れないと思う」 「しかも最後、玄関開けたときよ。わたしの位置からは暗くてよく見えなかったけど、ルーク、あの時固まってたじゃない」 「ああ……見えちまったんだよ。オレの無駄に良い目が」  ルークが顔を覆う。 「玄関から真っ直ぐ奥の寝室が見えたんだけどさ。……事後のドノバンさんが、アレな液体まみれで、全身キスマークと歯型だらけで気絶してて。……あんな光景、一生のトラウマだ」 「うわあ……。あ、そうよわたし、その前にリーダーに提案したことがあったのよ。『ドノバンさんが辛そうだから、治癒魔法かけましょうか?』って」 「ああ、お前そんな殊勝なこと言ってたな」 「そしたら『余計なことをするな』って凄まれたわ。『ドノバンさんに刻み込んだ私の愛の痕跡を消す気か?』って」 「……治癒魔法に性欲減退効果があれば、リーダーにかけてやるのにな」  ルークが同情するように頷いた。  リーダーの歪んだ独占欲は、もはや仲間の善意すら「敵」と見なすレベルに達しているらしい。 「ドノバンさんが可哀想すぎる……!」 「オレたちも可哀想だよ! 恥ずかしいったらないぞ! 『蒼き流星』のリーダーが性豪の変態だなんて!」  オレはテーブルに突っ伏した。  ハリュはまだいい。一応女性だから、男連中も下世話な話は振りにくいのだろう。  だがオレは男だ。酒が入った野郎どもは容赦がない。 「ハリュはまだマシだろ。セルウィン本人に言えないからって、あちこちでオレに質問してくるんだぞ。マジで面倒臭い……」 「こっちだってジロジロ見られてギルドに行きにくいのよ、クソリーダー……!」 「それに、ドノバンさん目当てだった男共がしつこいんだよ! 『男もイけるなら俺にもワンチャンあるのか』ってな。ねえわ!」  ドノバンさんはガタイがいいし面倒見がいいから、昔からそっちの気がある男にはモテていたらしい。  セルウィンという前例ができてしまったせいで、諦めていた連中が色めき立ってしまっているのだ。 「そういえば昨日なんて、ドノバンさんの元教え子だっていうBランクの男にまで絡まれたぞ」 「ああ、あの……。ドノバンさんのこと『師匠』とか呼んで付きまとってる、ちょっと目つきの悪い男?」 「そう、そいつ。オレの胸ぐら掴んで、『師匠が食われたって本当か!?』って血走った目で迫ってきやがって」  思い出すだけで胃が痛い。  あの男、ドノバンさんを尊敬している風を装っていたが、その実、虎視眈々と師匠を食おうと狙っていたらしい。 『夜這いが許されるなら、俺だって……! いっそ力ずくで師匠を俺のものに……!』  酒場で俺に向かって、そんな危ない独り言を呟き始めたのだ。  目は完全にイっていた。セルウィンと同じ、獲物を狙う獣の目だ。 「必死で止めたよ。『やめとけ、ウチのリーダーに消されるぞ』って。……物理的にも社会的にも、リーダーに勝てる要素ないだろあいつ」 「まあね。でも、そんなのがウロウロしてるって知ったら、リーダーの発狂具合が悪化しそうで怖いわ」 「その話がリーダーの耳に入ったら、またドノバンさんが大変な目に遭いそうね……」 「嫉妬で発狂して、マーキングの上書きとか言ってまた夜通し……うわ、ドノバンさんが不憫だ」 「せめてオレらで堰き止めてやらないとな」 「そうね……。またハーブの軟膏を大量に贈ろうかしら」 「そうしてやってくれ。ついでに湿布も山盛りでな」 「はあ……全然お酒がおいしくないわね」 「でも飲まないとやってられない」  オレたちは顔を見合わせ、苦い酒をあおった。  ◆  数時間後。  愚痴を吐き出し、少しだけスッキリしたオレたちは店を出た。  夜風が心地よい。 「あーあ。明日は休みだし、クソリーダーのこと忘れて遊びたいわ」 「オレは家でゆっくりするかな……って、ん?」  帰り道。  路地裏の角を曲がろうとした時、オレの無駄に良い耳と目が、ある異変を捉えた。 『やめろ……っ! こんな所で! あゥッ……!』  押し殺したような、けれど隠しきれない切迫した声。  オレとハリュは顔を見合わせ、恐る恐る声の方へ視線を向けた。  路地の暗がり。建物の影になった死角。  そこには、買い物袋を地面に落とし、壁に押し付けられている大柄な男――ドノバンさんの姿があった。  そして、そのドノバンさんに覆いかぶさり、逃げ場を塞いでいるのは、見紛うことなき俺たちのリーダー、セルウィンだ。 「ねえ、あれって……」 「はぁ……勘弁してくれ」  オレは天を仰いだ。  なんでこんな所でも遭遇してしまうんだ。 「……ドノバンさん。いい声だ」 「ば、馬鹿……ッ! 人が通るだろ……!」 「通りませんよ。……それに、通ったとしても見せつければいい」  セルウィンは、ドノバンさんの厚い胸板に顔を埋めながら、その手をズボンのベルトへと伸ばしている。  カチャリ、と金具が外れる音が、静寂な夜道に妙に響いた。 「ひッ……! 待て、ここで出す気か……!?」 「我慢できないんです。……あんたが、こんな無防備な格好で出歩いているのが悪い」  セルウィンはドノバンさんの抵抗など意に介さず、強引にズボンの中に手を滑り込ませたようだ。  ドノバンさんの体がビクン! と大きく跳ね、喉から甘い悲鳴が漏れる。 「あ、んぅ……ッ! そ、そこ……指、入れ……ッ!」 「力が抜けてますよ? ……ここでシちゃいましょう、ね?」  チュプ、という水音。  路上だぞ? 正気か?  だが、セルウィンの瞳は爛々と輝き、ドノバンさんの羞恥に染まった顔を見て、さらに興奮を高めているのが遠目にも分かった。 「軟膏と湿布、今すぐ届けた方がよさそうね」  隣でハリュが、死んだような目で呟いた。 「……そうだな。特大サイズで頼む」  オレたちは、見てはいけないものから逃げるように、足早にその場を立ち去った。  背後から聞こえる「んっ……! ダメだ、声が……ッ!」「もっと鳴いてください」という会話を聞かなかったことにして。  二人(と、俺たち『蒼き流星』のメンバー)の受難は、まだまだ終わりそうにない。 (了)

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