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第1話不審な影
「来るな‼ 止めてくれ!」
スノウの手が、無情にも銀色に光る刃を振り下ろそうとしているように見えて、カイは後退った。
「カイ?」
「止めろ!! 俺に触るな! 止めてくれ!」
ガクガクと全身に震えが走り、カイの目に命を刈り取ろうとする狼獣人の姿が見えた。
「カイ! しっかりしろ‼」
壁際に追い詰められた、カイの両肩を掴んだスノウが、必死に声を張り上げる。
「カイ! 俺が分からないのか⁉」
「嫌だ……殺さないでくれ!」
スノウの手から逃れようと、カイは体を捩り必死にスノウの腕を振り払払った。
広大なガラハッド王国の中でも、一番賑やかできらびやかな王都。
夜になっても人通りの絶えない商店街で、最近奇妙な噂が囁かれていた。
大きな獣の群れを引き連れた男が、夜な夜な徘徊している。
国王のお膝元、貴族達も数多く住む国の中心街に、獣の群れ。
「魔物じゃないのか?」
「まさか王都に?」
にわかに信じられない話に商店主達は眉を潜めていたが、噂を気にして近頃は夕刻になると、早々と閉める店も増えてきていた。
「……獣の臭いがする……」
商店街で魔石店を営むカイも、近頃不穏な気配を感じていた。
幼い頃からこの町で暮らしているが、今まで感じた事のない臭いが、周辺を漂っているのだ。
噂を鵜呑みにするわけでは無いが、カイは念のため早めに店じまいする事に決めた。
「キキ、今日はもう閉店にするから。スノウは?」
「スノウさんなら、買い物に出ています。もうすぐお戻りになると思いますよ」
人間の少女の姿で、ケット・シーのキキが片付けを始めた。
キキはモフモフの白黒猫の幻獣だが、魔石店の看板娘として働いている。
「キュウ」
可愛いらしいリスのような姿をしたカーバンクルのララも、獣の臭いを感じているのか、カイの首元に隠れるように潜り込んでしまった。
「仕方がない。先に店のドアを閉めるから」
店の入り口のドアを閉めると、カイは裏口から店の外に出る。
ちょうどその時、大きな紙袋を抱えた銀髪の男が、歩いてくる姿が見えた。
月明かりに照らされた長い銀髪と、華やかで整った顔立ちが目を引く男だ。
頭部には獣人の特徴の大きな狼の耳が目立つ。
「カイ。遅くなってごめんね」
「今店を閉めた所だ。裏口は開いてるから、そこから入ってくれ」
早く店の中に入るよう促すカイに、スノウは曖昧な笑みを浮かべた。
「……今夜は隠れ家に戻るよ」
「スノウ?」
「しばらく俺は……店から離れた方がいいと思う」
突然何を言い出すのかと、カイは啞然としてしまった。
「何で?」
「カイも感じているでしょ? 妙な気配。しばらく前から感じていたんだけど……俺の追っ手かもしれない。カイに迷惑は掛けたくないからさ……」
スノウは困ったように微笑む。
一年ほど前まで、スノウはこの町の繁華街で、秘密裏に開催されていたオークションの護衛をしていた。
違法な品も扱っていたオークションは、警備隊の突入でその場にいた客ごと従業員は全員捕縛され、連行されてしまった。
取り潰されたオークション会場から、警備隊の突入で大混乱になった隙に、間一髪スノウはカイと一緒に逃げ出したのだ。
それ以来スノウはカイの店に身を寄せている。
捕まったオークションの関係者から、スノウの存在を知った者が、追っ手をかけたのではないか?
(迷惑を掛けるなんて……まだそんな心配してるのか? スノウは)
「店にいる方が安全だ」
「でも……」
言い淀むスノウにカイは言う。
「俺を誰だと思っている? 魂喰い の魔術師の二つ名は伊達じゃないぞ? 悪意のある者は店には入れない」
カイが口にした途端、店の上空に大きな魔法陣が浮かび上がる。
星明かりよりも強く輝く魔法陣は、カイの黒髪も明るく照らし出す。
「俺の店には常時守護結界を張り巡らせている。俺の側にいた方が安全だ」
紫水晶 の瞳を細めて、綺麗な顔でフフンと自慢気に微笑むカイに、スノウが「参ったな」と呟く。
「さすが冒険者ギルドの上級魔術師だ。俺のカイは格好いいなぁ~」
ぎゅっと抱きついてくるスノウを、真っ赤になったカイが慌てて引き離す。
「こんな所で抱きつくなっ」
「誰も見てないんだから、良いじゃない?」
悪びれないスノウに、カイはムッと顔をしかめる。
(スノウはこういう所、ふてぶてしいんだよな……まぁ、良いけど)
「……俺のあげた父のペンダントは持っているか?」
「もちろん、肌見放さず持ってるよ」
スノウは首から下げていたペンダントを取り出す。
昼と夜で色合いの変わる、アレキサンドライトによく似た宝石のペンダントだ。
「愛する恋人から初めて貰ったプレゼントだもの」
嬉しそうに微笑むスノウに、カイは恥ずかしそうに俯き頬を染める。
(どうしてこう……キザなんだ)
大げさな位カイへの好意を隠さないスノウに、カイはいつも振り回されっぱなしだ。
「スノウに匂い封鎖の魔法をかける。獣を追跡に使っているなら、効果がある。そのペンダントを補助に使うから、絶対に離さないでくれ」
カイが小さく呟くと、ペンダントが輝き出す。
「スノウより魔力の高いものには見破られるが、オークション会場で見かけた護衛達にそこまで魔力の高い者はいなかった筈だ」
「でも……俺に魔法をかけたら、カイの負担が増えるんじゃないの?」
心配そうに眉を潜めるスノウに、カイは大丈夫だと微笑む。
「俺の父のペンダントは魂魔石 だから。そのペンダントの魔力で魔法は維持できる。心配しなくて良い」
「やっぱり俺のカイは凄いなぁ~」
ニコニコ笑うスノウに、カイは再び抱きつかれてしまう。
「店の看板従業員が居なくなったら、売り上げが下がるからなっ。しっかり働いて貰う」
「愛するカイの為だもの。俺、頑張っちゃうよ」
「そういうところっ。恥ずかしい……」
「照れちゃって、可愛いな」
ふふっとスノウが顔を綻ばせると、まるで花が咲いたみたいで、その笑顔に惚れてるなんて、カイは絶対に教えないと心に誓った。
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