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52.確かめる決意
結局俺は、尚輝くんに本当の事が言えなかった。
あの後「何でもない」って言って黙ると、尚輝くんはしつこく聞いてこようとしなかった。
だけど、明らかに俺の態度が変わったのに気付いて気遣うようになったのが良く分かった。
やたら話し掛けて来るし、俺の気を引こうと居酒屋へ行こうと言い出したりもした。
だけど俺は断った。今は楽しく飲めなそうだからな。
こんな事、この仕事をしていてやってはいけない事の上位に入るような行動だろ。
客の前で機嫌を悪くして、空気を悪くさせ、客に気を遣わせるなんて、キャストとして失格だ……
でもどうして客に嘘をついただけなのにこんなに後悔してるんだろ。
一生懸命に場を盛り上げようとしてる尚輝くんを見てるとどんどん罪悪感が込み上げて来て今すぐに帰りたくなった。
「伊吹さん」
「ん?」
尚輝くんの呼び掛けに薄く答えると、尚輝くんは少し寂しそうに笑ってこう言った。
「そろそろ20時です。今日も楽しいデートありがとうございました」
「え、嘘?もうそんな時間?」
慌ててスマホを開いて時間を確認するとまだ19時を回った所だった。
いや、それにしても俺ってば何時間こうしてるんだって話だよ。はぁ、さすがに愛想尽かされたかな。
「まだ1時間あるじゃん」
「いえ、今日は早く帰って休んで下さい。伊吹さんの体調が心配です」
どこまでも俺を気遣う言葉に、もう限界だった。
今すぐに謝らなきゃいけない。なのに言葉が出て来ない。
何を言えばいい?
何て言えば尚輝くんを傷付けなくて済む?
あ、そうか、俺は尚輝くんを傷付けたくないのか。
「尚輝くん、もう少し一緒にいて欲しいんだ。お願い出来る?」
「っもちろんです!」
「ちょっと真面目な話したいからさ、んー、俺んち来る?」
「い、いいんですかぁ!?」
自分でも驚くような事を言ってると思うよ。
だって客には家は勿論、連絡先だって絶対に教えた事がないんだ。
これからもそれは継続させるつもりだった。でも尚輝くんなら信じられると思ったんだ。
それに、尚輝くんにはそれぐらいしてもいいと思うんだ。
「一人暮らしだから気遣わなくていいよ。あ、無いとは思うけど、この事は秘密な?」
「嬉しいです!ありがとうございます!」
見て分かるぐらい喜んでる尚輝くんを見たら、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
客である尚輝くんを招くのには、俺もこの気持ちを確かめたかったんだ。
尚輝くんに対する他の客とは違った感情は何なのか、きっとこのままじゃダメな気がするんだ。
場合によってはもう店を通して会うのは辞めるべきだと思ったからだ。
俺は尚輝くんを大切にしたいんだ。
それから俺はタクシーを呼んで、尚輝くんを住んでるマンションに連れて行く事にした。
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